誓いの日(11)
「まったくあの愚か者め、余計なことばかり仕出かしおって……」
そうつぶやいてから、姫長メイシャンは手にした盃を一思いにあおった。その酒はふもとの町でも指折りの酒造が作る高級品の一つ。酒にはとことん貪欲なリュウメイの追及をかわすべく、リュウ家の離れの床下にリュウレイが密かに設けた隠し場所から没収したものだ。すでに3本ほどが空になり、残りは2本だけ。後ほど、これを見たリュウレイがどんな反応をするのか、考えるまでもあるまい。
リュウ家母屋の一階にある食堂で酒を飲む姫長の視線の先では、これまたリュウシュンの売店からいろいろ仕入れてきたリュウフォンとお菓子の山と格闘するリュウオウ、リュウサンの姿がある。
子供たちと留守番していたリュウフォンが、炎神の社での顛末をメイシャンから詳しく聞いた結果がこれだ。その後、すぐに姿を消した彼女は戻ってきたとき、一抱えもある布の包みを持っていた。メイシャンが入手先を問うと、今日は客足がさっぱりなリュウシュンの店からありったけ買い付けてきたと胸を張った。
「そなた、どこにそんな金があるのじゃ?」
金銭感覚に疎いのは同じのメイシャンが問うと、リュウフォンは一言。
「リュウレイにツケてもらった!」
とすかさず答えた。どこでそんなことを覚えたのかと首をかしげていると、リュウフォンは物珍しさから近づいてきたリュウオウたちの頭を撫でながら、笑う。
「リュウメイがよく言ってたから。私も言ってみたら、何とかなったよ」
「……リュウシュンも踏んだり蹴ったりじゃな」
最近、いろいろと仕出かしているリュウレイへの同情はないに等しい。そこに来て、リュウレイのことで迷惑を被る姉のリュウシュンをいたわる気持ちが強くなるのは人情というものだ。
それもそのはず、リュウシュンの店でリュウフォンが払ったのはこの前、ナルタセオの仕事を手伝ってもらった銀貨一枚だ。この大陸では銀貨の価値も高く、10枚で金貨と同じ価値を持つ。共に滅びた旧王国が鋳造した信用の高い通貨で、今も大陸中で流通している。
これは炎の精を用いた特別な精錬法で作り出された精巧なもので、時を経ても色あせることなくその輝きを保っている。
それゆえ、偽の貨幣を作ろうというものは存在せず、取引においては商人たちの信用と社会的地位は保証されていた。
リュウ家の財産は家宰であるふもとの町の商人セグレべが管理している。リュウシンやメイシャンと苦楽を共にしたこの商人は先に述べたようにリュウシュンの旦那の父親で、彼女にとっては恩人でもあり、岳父でもある。
かつて滅び去った大陸西方の黄昏の都出身の彼はいかなるものも作り出すといわれた職人たちの業を受け継ぐ人物だった。短い旅の最中、その持ち前の根性と技術でいろいろなものを作り出しリュウシンたちを助け、幼い侍女見習であったセラとラナ。今のリュウシュンとリュウレイに料理やその他もろもろを教えてくれた師匠のような存在。
彼は村で店を営む息子夫婦に、姫長一家の世話を委ねている。そして自分はふもとの町に念願の店を構え、リュウ家の先代リュウゲンを世話しながら商人組合の会所の手伝いまでこなしているのだ。
普段は金銭のことなど気にも留めない、姫長だがさすがにリュウシュンやリュウレイには荷が重すぎるかもしれないと思いなおす。
「またとんがりに命じて、少し融通させるかのう」
「母上、どうかしたの?」
お菓子を手に持ったリュウオウが不思議そうに母親を見つめている。メイシャンは息子の頭を撫でてやり柄、首を振った。
「何でもないぞ、ちと考え事をしていただけじゃ」
「そうそう、リュウレイなんてほっとけばいいんだから! メイシャンもお菓子食べたら? まだたくさんあるよ――!」
「やれやれ、ならわらわも相伴にあずかるとするかのう」
「お菓子――!」
楽しそうなリュウサンの声にメイシャンの顔も思わず綻んだ。ちなみについ先ほどまで、遊びに来ていた隣のリホウも子供たちと一緒にお菓子を食べていたものの、二人の勢いにはついていけず、弟たちの分をもらってあっさり引き上げていった。
その際のリュウフォンとのやり取りはここでは述べる必要もあるまい。
ふもとの町でよく飲む甘い果実酒を飲みながら、リュウフォンはちらりと窓の外を眺める。その先にはリュウレイが籠る岩窟があった。
――あとで様子を見に行こう。
密かに決意して、リュウシュンにも夕飯は自分が運ぶと伝えてある。あまりメイシャンには心配をかけたくないのはリュウフォンも同じことだ。
「フォンも、どうかした?」
「ううん、何でもないよ。これおいしいね、リュウオウ!」
「うん、そうだね!」
人の気持ちには敏感なリュウオウに笑顔で答えながら、リュウフォンが笑う。リュウレイ不在であってもリュウ家の食卓は賑やかであった――。




