誓いの日(9)
澄んだ金属音が響き渡り、根元から折れた切っ先がカンショウの足元に突き刺さる。一瞬のやり取りでカンショウの短剣をへし折ったリュウレイの技量とリュウメイが鍛えた剣の鋭さに誰もがその勝利を確信する。
しかし、カンショウは素早く振り返り、手にした短剣の柄を投げ捨てると今度は腰を落として徒手空拳の構えを取る。
「私は負けられないといったはずです! 同じ女としてあなたのようなものに負けてたまるものですか!!」
「お嬢様!」
男たちが制止する声より早くカンショウが動き出し、リュウレイに迫る。しかし、その時、構えを解いて立ち上がったリュウレイが静かに呟いた。
「――つまらぬものを切ってしまった……」、と。
――何をほざいている!
リュウレイに殴り掛かろうとするカンショウ、その刹那に起きた変化にその場にいた誰もが呆然とした。激しい体捌きをするカンショウの身体を包んでいた重い外套と丈夫な旅人の服。その二つが幾重にも切り裂かれ、その重みで剥ぎ取られていく。
「きゃぁああああああ! な、何よこれぇえ!!」
振り返ったリュウレイが見たものは白い素肌に年相応に育ったカンショウの肢体。驚きうろたえるカンショウは胸元を隠して、その場に座り込むしかなかった。
「ひどい! まだ嫁入り前なのに……」
消えりそうな声で泣きじゃくる年下の少女の姿にリュウレイは戦いのむなしさを悟っていた。互いに武器を構え、交差した瞬間リュウレイにはカンショウの動きが丸見えだった。一撃で、その武器を破壊した後勢いそのままに悪乗りして、彼女の纏う衣服に薄く幾重にも切れ込みを入れまくった。あの短い間によくそれだけの芸当が出来たものだと自分でもその匠の技に感心するほかない。
恐らく、カンショウは直接素肌の上に冷たい風のようなものを感じたはずだ。しかし実際の彼女はそれに気づくことなく、武器を捨てて無謀な素手の戦いに移行しようと試みて、あの悲劇に見舞われたわけだ。
リュウレイはきっかけを作っただけ、結果は無残だった。ただそれだけのことだ。
カンショウを取り囲む男たちは視線を外して、泣いている彼女をどうして慰めたものかと相談しているようだった。
「お前はいつもやりすぎだ!」
「痛デエ!!!」
親方リコウが手に持った槍の石突の部分でリュウレイの頭を殴りつけた。そのあまりの痛みにリュウレイは頭を押さえて、しゃがみ込む。脳天に火花が散り、思わず涙が出そうになる。
リコウは持ってきた布をカンショウにかけてやりながら、声をかけた。
「うちのバカ弟子が無茶をしてすまんな。こいつはちょっと特殊な性格でな、野良犬にかまれたと思ってあきらめてくれ。それに女同士だしな」
「相手が女だから問題なのよ! せめて、男なら……」
諦めがつくのだろうかと思うがちょっと違うような気もする。
「またやらかしてくれたのう、この愚か者が……!」
呆れた様子で姫長メイシャンが額を抑えていた。彼女は気を取り直すと、男たちに向かい沙汰を下す。
「そなたたちの言い分は聞いた。それにはまず、何より我が神の神殿の再建から始めよ! しかる後に、この地より神官を派遣して遣わすこともやぶさかではない。左様他の者たちにも伝えるのじゃ、よいな!」
「ハハ――――!!」
ようやく一件落着と思いきや、立ち上がった男たちに囲まれて歩いてゆくカンショウの後姿はどこか悲嘆に暮れていた。彼女はリュウレイの方を睨んで、絶対に許さないとか、責任とってほしいとかいろいろ言っていたような気もするが、もう会うこともあるまい。
「なんだか、蚊帳の外に置かれていたような気が……」
リュウシンのことで頭に血が上っていたとはいえ、やりすぎたかなと思っていると姫長を中心とした村人に周りを囲まれていた。
「リコウよ! このうつけを一晩岩牢に閉じ込めておけ、精々頭を冷やしておくのじゃ!! リュウ家の恥さらしめ!!!」
「……返す言葉もございません」
「これで南麓の奴らと争いになったら、お前の責任だからな!!」
「その時は私も武器を持って暴れるよ!」
「お前がその気になったら、単なる虐殺になるだけだろうが! 少しは自分を律しろ!! 今日のことは姐さんに報告しとくからな!!」
義姉に叱られ、親方からは大目玉をくらう。正直この場に、リュウフォンがいなくて助かったと思う。この前は、相手がナルタセオということもあり何とかなったが、もしカンショウのような見ず知らずの女にあんなことをしたとバレたら、どうなるか。
怖い想像を打ち消すように、岩牢を管理するカイユウという鍛冶師に声をかける。
「ねえ、カイユウさん! 牢屋に入るのはいいけど、時間を無駄にしたくないから、私の部屋から細工用の仕事道具持ってきてくれるかな?」
リュウレイの頼みを聞いたカイユウは親方リコウに視線を向けて確認する。
「……そうだな、今日はもう仕事になりゃしないだろう。反省の意味も込めて、岩牢の中で一晩じっくり細工を仕上げてみろ! どっちにしろ、お前にも経験は必要だからな」
「ありがと、親方! 恩に着るよ!!」
頷く親方に片手を上げて答えたリュウレイは、カイユウに連れられて村を見下ろす岩山の高台にある岩牢へと向かう。
――ああ、リュウフォンや子供たちに後で謝らないといけないな。
余計な心配をかけてしまうのは家族として心苦しい。義姉の方を見て謝ろうと思ったが、そこまで甘くはなく彼女はもう社の出口に差し掛かるところであった。
――義姉さん、ごめん。
その背に心の中で詫びていると、思いが通じたのか姫長は一瞬だけこちらを横目で見た後、再び歩き出した。彼女の進みゆく先には風に流れる雲の階が見え隠れしていた――。




