誓いの日(8)
「お待ちください! 姫巫女様、なにとぞ我らをお見捨てくださるな!! 我らがここにやってきたのは神をないがしろにしたことへのお詫びを述べるため! 決して今すぐに神の加護を取り戻そうなどと、虫のいいことを言うわけではありませぬ!」
「ならばなんという」
男の一人は姫長メイシャンの射抜くような鋭い視線を受けてもひるむことなくその言葉を続けた。
「先だって、我らは中原よりの攻撃を受けました。優れた鉱脈を持つ地の利を狙われたのでございます。我らとて鍛冶師の端くれ、自ら打ち上げた武器を手に侵入者どもを撃退しました。しかし、街は戦いで大きな被害を受け、我らの家族もまた巻き添えになり多くが死んだのでございます……」
「何で、俺の家族があんな目に遭わなきゃならなかったんだ……!」
男たちは込み上げる涙を我慢することすら忘れて、嗚咽し始めた。
「そんなとき、ある方の助けを受けた我らは皆で話し合い熟慮の末にこの地を訪ねることを決めた次第。我ら中原の民は須らく流帝の民! 彼のお方が再び我らを救うその日まで我らは神の加護に縋り生きるしかないのでございます。その思い、ご理解いただけませぬか?」
流帝――、男のその言葉にリュウレイの心は激しく逆立った。
それは少し前に、この村を訪れたナルタセオから聞いたのが始まりだった――。
… … …
「流帝――、なんだいそれは?」
お昼時、リュウシュンの作る料理に舌鼓を打っていたリュウレイがナルタセオから中原の話を聞いていた時のことだ。
「聞いての通りだ、炎神への信仰が途絶え拠り所を失った人々の間に広がった新たな教え。それが流帝らしい」
「それってまるで……」
最後の大陸の覇者となったリュウオウとリュウサンの父、義姉メイシャンの最愛の人にして義母リュウメイの弟リュウシンのことではないか――。
リュウレイが皆まで言い終える前にナルタセオは無言でうなずいた。彼女とて、王都を開放する戦いの最中、リュウシンとは轡を並べて共に戦った仲であると聞く。
「おそらくはそうだろうな。王都でリュウシンが王となり人間に中原の全てを与えると宣言したのを目の当たりにした者たちはまだ多くいる。その者たちが王であるリュウシンを神のごとく崇めていてもおかしくはない。そのリュウシンは炎神に選ばれた炎の王だったのだからな――」
… … …
「俺はもう旅立つ、セラとラナ。お前たちに頼む、メイシャンと生まれてくる子供を守ってやってほしい。それができるのはメイシャンが妹のように思うお前たちだけだ」
「はい! お任せください、リュウシン様」
「私たちが、姫巫女様とお子様をお守りします! だから、必ず帰ってきてください、リュウシン様!!」
幼い姉妹と旅立つ青年リュウシンとの約束。その時のことがまざまざとリュウレイの脳裏によみがえる。
「お前たちなら大丈夫だな、あとのことは任せたぞ」
「「はい!」」
そして時は流れ彼はまだ戻らない――。
… … …
「ふざけるな……何が流帝だ! あの人のことを何も知らない奴らが、好き勝手ほざくんじゃねえ!!」
「リュウレイ!」
突然吠えたリュウレイが、男たちの方を睨みつけて激高する。そのただならぬ様子に親方リコウは彼女の名を叫ぶ。
「義姉さんの思いを踏みにじりやがって……! おまけに私たち北の民が代々崇めてきた偉大なる炎神の加護が簡単に得られると勘違いしているのか!?」
――そんな奴ら、私が目指す鍛冶師じゃねえ! テメエら全員、この場でぶち殺してやる!!
怒りに我を忘れたリュウレイは男の一人の襟首をつかみあげ、今にも殴り掛からんとする。
「おやめなさい!」
その言葉とともにリュウレイの首筋に鋭利な刃物が突き立てられる。
「お前は……!」
一番後ろで薄汚い外套の頭巾をかぶっていた小柄で華奢な一人が飛び出し、リュウレイと男の間に割って入っていた。
「おやめください、お嬢様!」
男たちは驚いたように声を上げて、少女を制す。黒髪と意志の強い光を内に秘めた眼差しの少女はリュウレイを睨みつけて、叫ぶ。
「私はこの者たちの長を務めていたカンレイの娘、カンショウ! 必死の訴えを無下にして、私たちの悲しみを踏みにじるのはあなたの方でしょう! そんなことを許すわけにはいかない!!」
「おもしれえ、ちょうどムカついてたところだ! 私が相手になってやるぜ!!」
腰元から短剣を引き抜き、少女と同じように構えて腰を落としたリュウレイが叫んだ。二人の体格さは歴然だったが、カンショウと名乗る少女もそこそこ鍛えているのか動きに無駄がない。
対するリュウレイは動くことなく最小限の剣裁きだけでカンショウの繰り出す攻撃を次々と捌いて、機を窺っていた。
壇上のメイシャンは二人の争いに目を細めるだけで、止める気配はない。子供のじゃれ合い程度にしか見ていないのだろう。
リコウはいまだ不安定な、弟子の不甲斐ない姿にため息をつくしかなかった。
その間も二人の戦いは続き、動き疲れが目立ち始めたカンショウが立ち止まる。呼吸を整えつつ、リュウレイの動きを誘うように構えを落とし誘いを仕掛けてくる。
「私相手にいい度胸だ。望み通り、とどめを刺してやる――」
小声でつぶやいたリュウレイの脳裏に悲し気なリュウフォンの顔が浮かんでは消えた。小さく舌打ちしたリュウレイは心の中のリュウフォンに答えた。
――わかったよ、お前の悲しむ顔は見たくない。けど、そうなるとただでは済まないぞ。
今度は怒った表情を浮かべるリュウフォンに背中を押されるようにリュウレイは滑るように滑らかな加速で、カンショウに迫る。
余りに自然なその動作に一瞬、拍子を外されたカンショウは一息遅れて動き出した。
両者の交錯した後、すべての決着は一瞬で着いたのだった――。




