誓いの日(7)
背の高い木々に囲まれた静かな石造りの社の前。普段なら神聖にして静謐なこの空間に今は武装した村の男たちと姫長への陳情に訪れたよそ者たちがおり、物々しい雰囲気に包まれていた。社の石段の上に用意された椅子の上に坐した長い銀髪と深い泉のような深緑の瞳を持つ一人の女がいる。
普段ならどこか、自由気ままに振舞う姫長がこの時ばかりは別人に見えた。
「わらわに話があるそうな。遠慮なく申してみよ」
その声音はどこか冷たく、この世の全てを焼き尽くさんとする力に満ち溢れているかのようだ。いやそれは単なる比喩ではない、義姉の感情に反応したこの赤の聖地に満ち溢れる炎の精が色濃くこの場に集い始めている。それを肌で感じるのは、リュウレイのような眷属か、もしくは義姉と同じ炎の始祖の血を受け継いだ旧王国の民だけであろう。
その王国の名は初代の姫巫女と同じ名であったという。
義姉の視線を受けた男たちの中で、代表者と思しきひげを蓄えた男が一歩進みでて恭しく首を垂れて、口上を述べる。
「……恐れ多くも尊き炎神に連なる姫巫女様に拝謁賜ります。我らは青の山嶺に抱かれた南麓の鍛冶師の集まりにございます。すでに聞き及びのことと存じますが、中原は今、辺境より入り乱れた勢力が乱立し、群雄割拠の態をなしております。今まで、比較的平穏に過ごしていた我ら青の民も中原よりの度重なる侵入に手を焼く始末……」
義姉のすぐ脇に立ち、男たちの挙動に注意を払うリュウレイは、ナルタセオやほかの旅人から聞いた中原に関する情報を思い起こす。
そのどれもが、争いに次ぐ争い、血で血を洗う人間同士の醜い抗争の顛末ばかりであった。
「偉大なる神の血筋に守られた時代は終わり、我らはその加護を過去のものとして歩んでまいりました。かつては緑濃き雄大なる自然に守られた青の山嶺は今危機に瀕しているのでございます」
それを聞いた男たちはうつむき涙をこらえるものさえいる。簡単なことだ、製鉄には莫大な熱がものをいう。そして一番手っ取り早い方法は森の木を切り出して火を起こすこと。
この村の奥に広がる緑濃き森、それがいかに異常なものなのか、鍛冶に深く携わるものなら、よくわかることなのだ。
かつて流浪の旅の終わり、深い渓谷を抜けた村の入り口にあたる高台から、鍛冶師の村のある盆地の全景を初めて目にしたときの感動が思い起こされる。あの時、リュウシュンの旦那マクレベの父で、行商人をしていたとんがり帽子の小男セグレべが不思議そうに呟いていたものだ。
「おかしいですねぇ、鍛冶には多くの薪を使うって聞いてたもんですが……」
人間との混血とはいえ、神に連なる血を持つ彼をしてその程度の認識なのである。久々に故郷にたどり着いた感動に打ち震えていた当時のリュウシンが笑っていた。
「それは炎神の加護を受けているからに決まっているだろう?」
それが答えの全てであることは普段から炎神の加護である炎の精を利用しているリュウレイたち村の鍛冶師が一番よくわかっている。
実を言えば、リュウレイがよく使っているカンテラ。あれも炎の精が集まり生み出された精霊なのである。精霊とは力あるものが炎の精を集めて、使役する僕のようなもの。
簡単な命令を実行してはすぐに消え去るはかない存在だが、義姉のように王族に近いものになれば、その存在を維持して同じ作業を繰り返し実行させることもできるらしい。
特に義姉が生み出すものは姫巫女の種火と呼ばれ、その加護はかなりの歳月、永続するらしい。
村について間もなく、新築なった工房の炉に集まった村人や商人組合の職人たちが見守る中、まだ身重だった義姉が、炎神に祈りをささげその生み出した種火をともした時のことは昨日のことのように覚えている。
義母や若かりし頃の先輩たち、とくに村長の喜びようは天を衝くばかりであった。それもそのはず、この地に鍛冶が根付いてより千年余り。炎神の加護を受けて細々と続いてきた鍛冶師の村に炎の王族の加護が宿ったのだ。
それは何よりも誇らしく、北の地に新たな時代が始まった瞬間でもあったのだから。
… … …
「……ゆえに我らはこうして再び神の加護を得るべく、この地に参った次第! 何卒、姫巫女様のご英断を仰ぎたく存じます!! 何卒、お慈悲を!!」
「お慈悲を!!」
代表の男が地に頭をこすりつけるかのように跪き、周囲の男たちもまたそれに倣うかのように這いつくばる。見ていて、これほど滑稽で芝居じみたものはないとリュウレイは思った。彼らに二心はないだろう、溺れる者は何でも掴みたがるものだ。
問題は、彼らが頼ったその先だ。親方たちの方をちらりと見れば、案の定皆静かな怒りを心に抱き始めているのが見て取れた。
特に中原からこの地にわたり、苦労に苦労を重ねてきた者たちは軽蔑の念を隠してすらいない。
「……言いたいことはそれだけか?」
義姉の感情を含まぬ冷たい声だけが響いた。男たちは驚いたように顔を上げ、姫長の方を見る。しかし、先ほどと変わらぬ姫長の顔がそこにはあった。
「貴様らは我が神の加護を何と心得る? この力は我が祖先を生み出し、この世界にすべての命を与えし原初の火より始まったもの。我らはその微々たる力を使役しておるだけにすぎぬ。されど、貴様ら中原の民は、なぜその加護を失った? その理由を申してみよ」
「そ、それは偉大なる神の国が滅び去り、中原より神の加護が消えうせたからにございます!」
義姉の迫力に恐れをなしたひげ面の男が、再びひれ伏して言い放つ。
――そんなことじゃねえだろ!!
思わずリュウレイは横から口をはさみそうになった。しかしこれは審問ではない。れっきとした事実を明かすだけなのだ。この北の地に今だ炎の加護があり、中原がそれを失った理由はただ一つ。
「愚か者が、わらわが申しているのはそのようなことにあらず! 何ゆえ、貴様ら中原の民は我が神の神殿を壊し、置き去りにした!?」
「そ、それは……!」
この一言がきっかけとなり、社の周囲に赤く大きな火の渦が沸き起こり、男たちを取り囲む。義姉の両眼は赤く妖しい輝きを湛えて、ますます煌きを増していく。
「火、火だ! こんな火を操れるなんて、化け物だ!!」
「だ、だから嫌だって言ったんだ! 今更力を無くした神の一族に頼るなんて虫が良すぎたんだよ!!」
「落ち着け、落ち着け、お前たち! みんなで決めたことだろうが!!」
炎の熱と風にあおられた男たちが狂乱状態となり、代表者の男が必死に皆をなだめるがさして効果はない。リュウレイも熱は感じるが、恐れはない。
なぜなら、義姉の操る炎は神の炎。自らを敵と為すもののみを亡ぼす力を持っているからだ。彼らが義姉に刃向かう意思のない以上、これは単なる試練以上の意味を持たなかった。
「ふん、やはり口ほどにもないのう……」
義姉の言葉とともに、荒れ狂う炎の渦は幻のごとく消え去った。
「バ、バカな……」
ひげ面の男が呆然とした様子で崩れ落ち、荒い息を繰り返す。周囲の男たちはさらに惨めな態を成している。このままこの話も終わりになるか、そう思われた時だった――。




