誓いの日(5)
それは半年くらい前のことだった。リュウオウとリホウが二人きりでいたのを見たリュウフォンは後ろから声をかけようとした。その時、リホウがリュウオウの耳元で囁くのを聞いた。
「私、リュウオウのこと、大好き――」
途端にリュウフォンは固まり、動けなくなった。
「うん、僕もリホウ大好きだよ!」
「よかった――!」
無邪気に言い返すリュウオウはリホウの本当の気持ちに気づいていないだろう。しかし、その日からリホウはリュウフォンにとって油断できない競争相手の一人となったのだ。
もっともその後、大人げないリュウフォンは偶然を装って二人の間に割って入り、リホウたちを抱きしめて空の散歩に誘ったそうな。リホウは思いっきり不機嫌になり、それ以来二人の冷たい戦いは続いている――。
… … …
「だから、リホウと私の戦いは決して負けられない神聖なものなんだよ!」
そう力説するリュウフォンにリュウレイは再び頭を抱えた。そうだった、忘れていたがリュウフォンはリュウオウを男として好きなのだ。長命を誇る風の民は強い力を持つ男子を求め子をなすという。
王都での短い安らぎの間、父リュウシンと母メイシャンに抱かれた赤子だったリュウオウ。その強い力を受け継いだリュウオウを一目見たときから自分の夫はリュウオウしかいないと確信したらしい。
こういうと、リュウフォンがちょっと危ない思考の持ち主に見えるから説明すると、長く生きる種族にとっては大して珍しいことではないらしい。要は相手の成長を待ち、結婚できる年齢になったら、嫁にしてもらう。ただそれだけのことだ。
そういえば、義姉から聞いたところによると父君、アレンダール王と母レイフェリア王妃もまたそうした関係にあったらしい。王陛下より50歳ほど年上であったレイフェリア王妃は、王女であったころ、王族一の美男子として知られたアレンダール王をものにしたものが次の王妃、すなわち姫巫女となる賭けを同じ姫巫女候補の姉妹たちと楽しんでいたらしい。
妹の気持ちを知り、密かにその恋を応援する姉君、ともに同じ相手に思いを寄せその恋に身を焦がした妹君。結局、若き日のアレンダール王の心を射止めたレイフェリア王女がのちの姫巫女となった――。
… … …
人間であるリュウレイからすれば気の遠くなるような話だが、それもまた現実。それとともに密かに目を背けていたもう一つの問題も心に重くのしかかる。寿命の短い人間と長命の種族。その二つがともに過ごせる時間は短いものだ。
いつか、私がリュウフォンを置いて先に死ぬことになる――。
今はまだ想像もつかないことも、やがては現実となる。そんな思いがリュウレイの心に大きなとげとなって刺さることがある。義姉の眷属であるリュウレイは多少長く生きるかもしれないと、聞いた。
けれど、同じくらい生きていたいと思う。それがかなわないのは残念だ。けどどうしようもない、だからこそ今を必死に生きようと思うのだ。
――止めとこ、深刻になったっていいことはありゃしない。
それよりは笑顔でリュウフォンと一緒にいたい。それがリュウレイの偽りのない気持ちだった。
「リュウレイ、どうかした? なんだか寂しそうな顔してたよ」
「いや、何でもないよ」
案外鋭いリュウフォンの指摘にリュウレイは無理に空元気を装い、笑顔を見せた。
「ならいいけど……」
こんな気持ちをリュウフォンに知られるわけにはいかない。彼女にはいつも笑っていてほしい。それがリュウレイの願いであり、その笑顔を守ることが誓いなのだから。
「あれ? 工房前の広場に人が集まってる――」
「どれ?」
目を細めたリュウフォンが指さす先を見てみると、親方たち工房の職人と見慣れない風体の男たちが向かい合っている。親方の表情は固く、あまり和やかとは言い難い雰囲気だ。
「――またか」
彼らの正体とその目的に思い至り、リュウレイの声がすっと低くなった。
「フォン、他の人たちに風で知らせろ。よそ者が村に入った、女子供は外に出るな。動ける男は炎神の社に集まれってな」
「わかった、気を付けてね――」
「任せとけって、厄介ごとはいつものことだからな」
リュウフォンの心配が、リュウレイの身を案じてのことかそれとも別のことなのか。考えるまでもなさそうだ。
リュウフォンは静かに心を研ぎ澄ませる、彼女には普段から自分と心を通わせる村人たちの耳に自分の意志を風の精と解して言葉として伝達する力がある。元は風の民同士の会話に用いられた方法ではあるが、かなり実用性は高いためこうして緊急時にはよく利用されていた。
それが終わると、今度は大急ぎで姫長メイシャンのいるリュウ家の母屋を目指し飛んでいく。
恐らく姫長のことだ、この村にやってくる人のことは周囲に満ちる炎の精を通してすべて把握していることだろう。それにこの村を囲む白の山嶺には恐ろしい力を持った数多くの守護者がいる。それらはすべて姫長とその一族を守るためにのみ行動する。
あのよそ者たちが村に入っている時点で、害意を持っているわけではないだろうが念には念を入れておく方が確実だ。
「リュウレイと言い、メイシャンと言い、村の人たちと言い、争い事には目がないから大丈夫かな?」
少し心配しながら、今日はこのままリュウオウを独り占めしてしまおうと思いほくそ笑む。もちろん、リュウサンも一緒だがリュウ家の母屋でゆっくりできる。リホウの悔しがる顔を思い浮かべると少し胸が痛むが、勝負に情けは無用だ。それより――、
「何事もないといいけどな――」
洗濯籠を抱えて外に出てきたメイシャンを見つけたリュウフォンは、表情を改めてメイシャンの名を呼ぶ。名を呼ばれた姫長はため息とともに浮かない顔を見せていた――。




