誓いの日(3)
ひんやりとした風が雲と共に流れていく、鍛冶師の里より若干寒い頂の上にリュウメイとリュウレイはいた。
「さ、着いたよ! 今日からここがあんたの修行場さ。しっかり頑張るんだよ!!」
「えーと、何をでしょうか?」
わかり切っている現実、認めたくないその選択肢から目を背けながらリュウレイは問いかけた。そんなことはお見通しとばかりにリュウメイはにやりと嫌な笑顔でリュウレイの肩を抱き、鍛冶師の村の外れにあるリュウ家の母屋を指さして断言した。
「今から一人でふもとの母屋まで戻っておいで! 今日からしばらくの間は、それの繰り返しだ。しっかりやるんだよ!リュウレイや!!」
「…………はい?」
返事なのか疑問符なのか、自分でもよくわからなかったがとにかく返事をしたリュウレイにリュウメイは笑顔で頷いた。
「よしよし、それでこそあたしの跡取りだ! それじゃあたしは向こうの谷に鉄の残りがないか見回ってくる。これでお別れだ、夕方までには戻るんだよ!!」
「あ、リュウメイ様!」
いうが早いか、リュウメイは自慢の脚力を生かして、村とは反対側の険しい渓谷へと消えていく。これで本当に一人、どうやってここまで登ってきたかすら定かでは無いのに目の前が真っ暗になるリュウレイだった。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
しばらく頭を抱えて一人蹲っていると、耳元に鈴のなるような美しい音色の旋律が聞こえてきた。驚いて顔を上げると、その先にはふわりと岩場に降り立つ黒装束の少女リュウフォンの姿があった。
「あなた、リュウフォンじゃない! どうやってここまで来たの?」
驚いたリュウレイが声をかけると、リュウフォンは若干もじもじしながらか細い声で答えた。
「……お父さんが、リュウレイ一人だと心配だからついていってやりなさいって……」
それはありがたいが、彼女一人が来てどうにかなる状況だとは思えなかった。それより先ほどの清んだ旋律は何だろうか。
「フォンはどうやってここまで来たの?」
「私? 私は風に『乗って』きたの」
「風……? もしかしてあなたって……」
リュウレイの抱いた疑問にリュウフォンははっきりと答えた。
「うん、私は暁の歌姫リュウフォン。風の精に旋律を乗せて、ある程度自由に操ることが出来るの」
こんな風にと彼女の手のひらの上で小さな風の渦が生まれ、すぐに消えた。
――リュウフォンに頼めばすぐにふもとまで連れて行ってもらえるのでは……。
そんな甘い考えが一瞬頭をかすめる。しかしすぐにそんな弱気を振り払い、リュウレイはリュウフォンに頼んだ。
「ねえ、お願いがあるんだけど、私でも降りられそうなところを教えてくれない?」
「いいよ、でも危なくないの?」
「…………」
その一言に、岩場の先に進んでそこから下の景色を堪能する。
……うん、死ぬ。落ちたら確実に死ぬ!
けれども、リュウメイの期待に背きたくはなかったし、それから逃げ出そうとする自分の弱い心にも負けたくはなかった。
「うん、大丈夫! なんとか頑張るからよろしくね、リュウフォン!」
「うん、わかった……」
両手を握り、ぶんぶん振り回すリュウレイにリュウフォンは少し怖気づいた様子で頷いたのだった。
それからしばらく時間をかけて二人である程度降りやすい道筋を見つけて、何とかふもとについたの時にはもう夕食の時間だった。
… … …
「今から考えても、何で私リュウ家の跡取りになろうって思ったのかな――?」
我ながらそのあたりがよくわかりかねた。一見矛盾しているようにも思えるがあの時は与えられたことを必死にこなすので精いっぱいだったのだ。
「リュウレイは頑張っていたよ、近くで見ていた私がよく知っているもん」
リュウレイのすぐ後ろをついていくリュウフォンが笑って答えた。それはありがたいのだが、一緒に過ごした6年で一番大きな変化が目の前にある。……あるのだ。
まあ、ついでに言うと、リュウフォンも王都からこっちに来たばかりのころはまともに服を着ていた。それがいつの間にか、今のように布を体に巻き付けるだけの服装に変化していた。
本人曰く、風を素肌で感じた方がうまく風詠みが出来るんだとか……。
ああそうですかと、目の前の大きな塊に納得してしまうリュウレイ。ああ、こんなことではいかん。義母さんとのことを思い出していたのに、いつの間にか普段通りになっていた。
「結局のところ、義母さんが中原や南麓の連中取引しているのは、この村のため、何だよな……」
朝風呂にはいるために、いつの間にか二人は村の中心にある広場へとたどり着いていた。
「リュウメイも忙しいみたいだって、この前ナルタセオが言っていたよ」
「そりゃそうだろうな、南麓で獲れる質のいい鉄を何とか多く手に入れようとしているんだから。厄介ごとも多いのに、忙しいに決まってるさ」
以前からきな臭い噂の絶えない、中原に面した南麓、青の山嶺付近では以前の戦争辺りから、質のいい鉄の取れる鉱脈が見つかり、多くの人々がその付近に移り住んでいた。
この村の鍛冶師も数人がそちらに移っていったくらいだ。
けど、彼らの便りは途絶えがちになることが多い。以前、中原からの介入が彼らを苦しめているからだと商人組合の者たちが言っていたのを耳にした。
「北の地もいつまでも平穏でいられない、か」
フォンに聞こえないように、リュウレイは小さくつぶやくしかなかった――。




