誓いの日(2)
「私、リュウメイ様の跡を継いで鍛冶師になります! あなたの跡を継いでこのリュウ家にふさわしい鍛冶師になって見せます、そう決めたんです!」
六年前のあの日、白き峰々がよく見えるリュウ家の母屋の裏庭で、幼い一人の少女が自分の運命を選択した。その少女の名はラナ、姫巫女メイシャンに仕える侍女としてこの鍛冶師の村にやってきた彼女はその後、鍛冶師リュウメイの娘となりリュウレイの名を授かった。
王都の戦いが終わり、この村に戻ってきたリュウメイはどこか以前の覇気を失い、無気力な日々を送っていた。それは弟リュウシンが生死不明であり、また生まれ育った鍛冶師の村を取り巻く環境が大きく様変わりしていったからだとその時のリュウレイは思っていた。
ラナの決意を聞いたリュウメイはどこか呆気にとられた様子だったが、その複雑な内心を反映してかしばしの間無言であった。やがて口を開いた彼女の言葉はラナの決意を否定するものだった。
「……やめときな、アンタみたいなか細い子供がおいそれと成れるようなもんじゃないんだよ、鍛冶師はねえ! それに、この村はもうダメさ。肝心の鉄が採れなくなった。それはアンタ達も良く知っていることだろう?」
そばにいた姉のセラ、のちのリュウシュンやラナの方を見ながらリュウメイは言った。
大陸全土を巻き込んだその戦いを支えたものは鍛冶師の村を中心とした北の地の鍛冶師たちが作り出した武器の数々だった。今まで先祖代々細々と蓄えてきた鉄をすべてつぎ込み、鍛冶師を束ねるリュウレイはその自慢の腕を振るい、多くの武器を戦場へと送り出したのだ。そしてそれは、多くの戦場で使われ、最後の戦いとなった王都の戦いに勝利をもたらした。
村の周囲を取り囲む、雄大な白の山嶺に目を向けリュウメイは苦渋を滲ませていた。この地に鍛冶が興ってより千年余り、先祖代々守り受け継いできた鍛冶の技を自分の代で止めねばならない。その諦めにも似た表情が幼いラナの心を奮い立たせた。
――それではダメ、絶対にダメ! 私は絶対に諦めない、だってそれが私の誓いだから!!
あの日、見送った今はもう帰らない背中を思い出し、ラナは声を張り上げてリュウメイを睨みつけた。
「私は諦めません! リュウメイ様が教えてくれなくたって、他の人から教えを受けます! そして、村長様やリュウメイ様に負けないくらい立派な鍛冶師になってみせます!! それが……それが、私の誓いです!!!」
いつしか、視界が滲んでいたように思う。気がつけば、ラナは泣いていた。それでも、諦めきれずにリュウメイを見上げていた。
いつになく強情なラナの姿に、リュウメイは呆れたように笑いを浮かべ、そして天を仰いだ。それはここにいない誰かに語りかけるようでもあり、喜びをかみしめているようでもあった。
しばしののち、ラナに視線を戻したリュウメイは大きく頷くと、力強い声でラナを叱咤する。
「いいだろう、そこまで言うならあたしは止めやしないよ。ただし、途中で逃げ出してもあたしは知らないからね。ちょうどいい機会だ、うちの工房はラナ、アンタにくれてやろう。いや、もうアンタはあたしの娘リュウレイだったね。レイや、うちの工房を潰すも続けるも皆これからのアンタ次第だ。それを肝に銘じておきな、分かったね!?」
「はい、わかりました。……お義母さん!」
涙をぬぐい、リュウレイは笑顔で頷いた。この日この時より、自分はリュウレイとなった。
本来なら、記念すべき思い出の日となったであろう。しかし、そうはならないのがリュウ家のしきたりだった。
うんうんと頷いたリュウメイは相好を崩すと背の低いリュウレイの顔を覗き込んだ。それはリュウレイが初めてみる、獰猛な義母の本性だった。
思わず後ずさるものの、その逞しい腕に掴まれ、肩に担ぎあげられてしまう。そうこうしているうちに、リュウメイはリュウレイに笑顔で声をかけた。
「それじゃあ、かわいい娘をうちの跡継ぎに鍛え上げる楽しい修行の開始と行こうかね!」
「え、今すぐに行くんですか!?」
「当たり前だろう? 善は急げってな、リュウ家の家訓だよ! しっかり覚えておきな!!」
――そんなの初めて聞きましたよ!
心の中でリュウレイが絶叫すると、そこにリュウメイの父でありリュウ家の先代リュウゲンがやってきた。彼は傍らに黒い装束を身に着けた、緑髪緑眼の女の子を連れている。
「皆で騒いでどうしたんだ?」
のんきに尋ねる父親に向かい、リュウメイは肩に担いだリュウレイを目の前に立たせて宣言する。
「父さん、あたしは今日二人の母親になると決めた! リュウレイとリュウシュンさ、それからリュウレイにはあたしの跡目、リュウ家の工房を継がせる。文句はないね!」
「お前が決めたなら、文句はない。俺もできることは協力する、頑張れよリュウレイ」
「は、はい、よろしくお願いします! リュウゲン大先生!!」
咄嗟に言った大先生という言葉にリュウゲンは珍しく苦笑いを浮かべる。そんなやり取りの中、リュウゲンのそばにいた女の子に視線を向けたリュウメイが聞いた。
「その子は王都にいた子だね? 父さんが引き取るのかい?」
「ああ、俺の義娘リュウフォンだ。フォン、みんなにあいさつしなさい」
「うん、わかったよ、お父さん。私はリュウフォン、みんなよろしくね……」
まるで人形のように白く透き通る素肌を持つその少女の笑顔にリュウレイはなぜか顔が赤くなるのを感じていた。
「この子は確か、元の名前はエルカオネだったね。父さんの義娘ならあたしの義理の妹ってわけだ。今日からよろしく頼むよ、リュウフォン!」
「うん、よろしく」
まだ人に慣れていないのか、少しぎこちなさの残る笑顔で微笑む彼女にリュウシュンが声をかけた。
「私はリュウメイ様……、お義母さんの娘のリュウシュンよ。よろしくね。あそこにいるのは妹のリュウレイ。ちょっと騒がしいけど、悪い子じゃないから仲良くしてあげて」
何気なくこちらを下げてくる姉に軽い殺意を覚えながら、リュウレイも笑う。
「私はリュウレイ、よろしくね。リュウフォン!」
「う、うん。よろしく……」
なぜか、うつむきリュウゲンの後ろに隠れる彼女にリュウレイは少し気落ちする。
――何か悪いことしたかな?
けれど彼女はこちらと視線が合うとまたすぐにうつむいてしまう。これではどうしたらいいのか、リュウレイにはわかりかねた。
「さ、みんなの自己紹介が終わったところで、あたしはリュウレイと東の頂に上ってくるよ! シュンや、昼の残りと水を少し持ってきておくれ、帰りはリュウレイ一人になるからねえ!!」
「ええ、それ本当ですか!?」
「うん、そうだよ! なんだい、もう怖気づいたのかい? あたしは悲しくなるねえ、せっかくやる気になったていうのにさ……」
本当に悲しそうな顔をされてはさすがに嫌とは言えなかったリュウレイだった。
「だ、大丈夫です! 私、頑張ります、お義母さん!!」
「それじゃ、はい! 頑張ってね、リュウレイ!」
とびっきりの笑顔で、こちらを送り出すリュウシュンにリュウレイは生まれて初めて心の奥底から湧きだすドス黒い感情を感じていた。
――いつか必ず、あいつ殺す。
そんな思いもむなしくリュウメイに抱えられたリュウレイは鍛冶師の村を遠く離れ、東の山の頂を目指し、上っていくことになる。
それは今に続く苦難の道のりの、ほんの始まりに過ぎなかったのだ――。




