誓いの日(1)
よく晴れた青空の下、人一倍精悍な体躯を持つ女性と一人の少女が向かい合ってる。二人とも、互いに真剣な眼差しでにらみ合い、一歩も引かない決意がありありと見て取れた。
腕組みをして自分を見下ろす女性に向かい、少女が一歩踏み出して叫んだ。
「私、リュウメイ様の跡を継ぎます! 跡をついで鍛冶師になる、そう決めたんです!!」
少女の言葉に、リュウメイと呼ばれたその女性は驚いたようにうつむき、そして顔を上げた彼女を見た少女は恐怖に全身が竦んでしまった。
そこにあったのは、待ち構えた獲物を見つけた獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべた義母リュウメイの姿だった。
「……そうかい、嬉しいことを言ってくれるじゃないか……。それじゃあ……!!」
… … …
「うわぁっ!」
「きゃぁっ!」
二人の声が同時に重なり、飛び起きたリュウレイの顔に柔らかい感触の何かが覆いかぶさる。
「あ、あれ、ここどこだ? 今のは夢??」
全身に嫌な汗をかいて起きたリュウレイは荒い呼吸を整えながら、周囲を見渡す。いつも遠駆けで上る鍛冶師の村の東にある頂だ。
「もう、何なのよ――。せっかく膝枕してあげてたのに! リュウレイのバカ!!」
すぐ近くで同じリュウ家の養女リュウフォンの怒声が聞こえた。冷たくひんやりとした風が頬を撫でる中、ようやく落ち着いてきたリュウレイはリュウフォンを驚かせてごめんと詫びるしかなかった。
「驚かせて悪かったな、フォン。昔のことを、夢に見てたんだ。悪夢と言っていい内容だったけどな……」
「いきなりで驚いたよ! それでリュウレイがあんな風に驚くなんて、どんなことだったの? どうせまたリュウシュンかメイシャンに怒られた夢だったんでしょ!?」
「いやぁ――、そっちの方が千倍はましだったな」
首を振りながらリュウレイが答える、本人たちが聞けば激怒しそうな気もするが。
「――じゃあ、なんなの?」
多少興味を覚えたのか、心配そうな様子で白い布に全身を包んだリュウフォンが尋ねて来る。彼女の温もりと鼓動、吐息を近くに感じながら、リュウレイは遠く東の空から昇る朝日の眩しさに顔をしかめる。
「義母さんの夢……だよ」
「リュウメイの……夢?」
首をかしげたまま、繰り返すリュウフォンにリュウレイは苦笑いを浮かべる。あれはまだリュウフォンや姉姫様たちがこの村に来て間もない頃のことだ。知らなくても当然のことだろう。
「私がさ、義母さんに鍛冶師になるって宣言した時のことを思い出したんだよ。ちょっと違ってたけど」
「そういえば、リュウレイってどうしてリュウメイの跡を継いで鍛冶師になろうとしたの? 私はリュウ家の養女だからそれが当たり前だと思っていたんだけど……」
「まあ、普通に考えればそうなるよな――」
リュウレイは立ち上がり、差し込める日の光に照らされていく鍛冶師の村の全景を眩しそうに眺めた。
「私がもともと、義姉さん……姫巫女様の侍女見習だったことは教えたよな?」
「うん、リュウシンとメイシャンが出会って間もなく当ての無い流亡の旅に出た先で二人に会ったってメイシャンとリュウシュンから聞いたよ」
リュウオウの父、リュウシンの名を聞いたリュウレイは不意に泣きたくなる気持ちを抑えつつ、頷いた。
「そう、私が今こうしていられるのもすべてはリュウシン様が私とリュウシュンを拾ってくれたからなんだ。あの旅の先に、こんな人生が待っているなんて、あの時は思いもしなかったな――」
リュウレイはもう戻ることのない6年以上前の短くも驚きに満ち溢れた旅路に思いを馳せる。大陸の中原、その西方に広がる荒野の寒村にリュウレイとリュウシュンは生を受けた。
その村に逃亡の途中、立ち寄ったリュウシンたちに連れられてただひたすらに北の地を目指した。リュウシンの生まれ故郷、白の山嶺に抱かれたこの鍛冶師の村へと。
多くの苦難を乗り越えたその旅で、様々な出会いがあった。今のふもとの町の領主、フェリナ主従に出会ったのもその時だ。
「そして、最後に出会ったのがリュウシン様の怖い姉さんだった鍛冶師リュウメイ。私の尊敬する大好きな義母さんなんだよ――」
… … …
「リュウレイ、やっぱりリュウメイのこと大好きなんだね――」
とうとう堪え切れずに流した涙を拭うリュウレイをふわりと浮かび上がったリュウフォンが優しく抱きしめた。リュウフォンの温かい胸元に顔をうずめたリュウレイは泣きながら笑っていた。悲しいのではなく誇らしい、けど寂しい。義母リュウメイに今すぐ会いたい、そんな気持ちが心の中で混ざり合い、どうしたらいいのかわからなかくなっていた。
――ああ、私義母さんのこと大好きなんだな。誰よりも私のこと心配してくれてる人だからな。
その大きな背中を追いかけ、その大きな手にどれほど安らぎを覚えたか、わからない。
リュウレイは寂しかった、義母リュウメイの跡を継ぐために頑張ってきたのに肝心の母から何一つ鍛冶に関することを教えてもらえなかったことが。
彼女のいない空白を埋めるかのように母の弟分である親方リコウや鍛冶師の先輩たち、女衆を束ねるリシンたちや村長、大先生リュウゲンたちが代わる代わるリュウレイに手を差し伸べてくれた。そうして今の自分があることに深い感謝の念を抱かずにはいられない。一人の人間がここまで大きくなるのにどれほどの人たちが思いを寄せてくれたのか、考えるだけで頭が下がる思いがする。
けれどそこに一番そばにいて欲しかった人の姿はなかった。その理由はわかっている、義母は鍛冶師を目指したリュウレイのために、村を留守にしていたのだと。
それは幼い自分の決意を伝えたときに、義母の口から直接リュウレイに語られたことだった――。
リュウレイの誓い後編もいよいよ後半に突入しました。
ここまで書き続けられたのも読んでくれる皆さんのおかげです。
最後までもう少し、お付き合いいただければ幸いです。




