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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~後編~
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古の調べ(15)

 服を脱ぎ終えたリュウレイが湯煙香る浴室に入ると、湯に身を浸してくつろぐナルタセオと少し離れたところにいるリュウフォンがいた。二人とも、それほど怒ってはいないようだ。もっともナルタセオは照れていただけだし、リュウフォンもやきもちを爆発させただけで話せばわかるだろう。まあ、手間はかかるだろうが。


「ああ、いい湯だな――」


 のんびりとしたナルタセオの声が聞こえてくる。今の彼女は本当に無防備で心の底からゆったりしているように見えた。


「リュウシュンが言ってたけど、この後はリュウ家で朝ご飯一緒に食べようって」


 リュウフォンの近くに腰を下ろしながら、ナルタセオに声をかける。


「そうか、ならリュウ家の好意に甘えるとしよう。私も半ば身内のように思っているからな――」


 その一言に思わずリュウフォンと顔を見合わせる。叔母であるナルタセオの何気ない一言にどこかリュウフォンもうれしそうだった。


「そうしてくれるとみんなが喜ぶよ、特にうちのチビたちとかね」


 もっと喜ぶのがあと一人いるけどと言いかけてやめた。


「これなら、あの事を皆に伝えることが出来そうだ……。そうだろう、エル?」


「…………!」


 昔の名で呼ばれたリュウフォンの肩がびくりと震える。思い当たることがあるのか、リュウレイが尋ねようとしたその時、ナルタセオが湯の中から立ち上がり、こちらの方に歩み寄る。


「もう気づいているはずだ、私たち風の民は身内の死を風に乗せて伝えるのだから――」


「誰か、死んだのか――?」


 震えるリュウフォンの肩を抱いてやりながら、リュウレイが問いかける。ナルタセオもまたリュウレイとリュウフォンの肩に手を置き、はっきりと答えた。


「十日ほど前、行商を終えて風の谷に戻ったその翌日。私のもう一人の姪が世を去った。

 

 お前たちが終の歌姫と呼んだあの子が――」


 その名を聞いたリュウレイはしばらく身動きできずにいた――。



 … … …



「ああ、私はこれからいったいどうすれば――」


 動揺しながらもリュウ家の厨房で姫長メイシャンの朝食の手伝いをするリュウシュン。その不甲斐ない姿にメイシャンもため息をつくばかりだった。


「まったく、そなたも情けないのう。少しはリュウレイを見習ったらどうじゃ。心にわだかまりがあるとつらいのは自分じゃぞ?」


「それはそうなんですが……」


 深いため息をつくリュウシュンにメイシャンはやれやれと首を振るばかりだった。メイシャンとて、リュウシュンの抱えた孤独と寂しさを察しないわけではない。そんな彼女があこがれと親愛を抱く相手がナルタセオというのもうなずける。ナルタセオはリュウフォンの叔母であり、そのリュウフォンはリュウレイと切っても切れない仲だ。


 性格がまるで違うように見えるリュウレイとリュウシュンは根底でよく似ている。義理とはいえ、強いきずなで結ばれたメイシャンとリュウレイ、リュウシュンの姉妹。


 彼女たちのことは嫌というほど理解できる。


「そなたにはちと酷なことになるであろうが、ナルタセオを招く意味は別にある――」


「なんですか、それは?」


 思い当たることがないリュウシュンは首をかしげる。


「わらわの過去に関係することじゃ――」


 切り終えた野菜を火にかけた鍋に放り込みながら姫長メイシャンは静かに答えた。それを見ていたリュウシュンは息を飲んだ。


「それってまさか――」



 … … …



「シレルレオネ――、かつてメイシャンの故郷を滅ぼした我が姪は王都が解放されてから間もなく体調を崩した。王であったリュウシンの情けもあって、力を封じられたままこの白き山嶺の険しい谷の一つに住み着いた私たち風守りの一族はそれから6年の間、何事もなく静かに暮らし続けた。その間にあの子は二人の娘を設け、そして若くして亡くなったのだ。あの子が犯した罪は私たち一族全てが償うべきこと。本来ならば、仇であるはずの私たち風の民が生き延びていられるもの、エルカオネが人質としてリュウ家にいてくれるからなんだ――」


「そんなことはない!」


 ナルタセオの言葉を遮り、リュウレイの声が浴室内に響き渡る。


「だが、それはある意味真実なんだ。西方に消えたもう一人の姫君アリステロアは私たちの一族への憎悪を決して忘れてはいないだろう」


 姫長メイシャンと姉姫アルスフェローのもう一人の姉の名を告げるナルタセオは苦しげにつぶやいた。かつて王宮に捕らわれていたアリステロアとアルスフェローは全く正反対の性格の持ち主だった。王家に生まれたことを誇りとしていたアリスと逆境にめげず周囲の人々を励まし、ともに交流し続けたアルス。


 王都が滅び、北の地に帰還したのちもアリステロアは自らのうちに宿る王家の誇りと決別することなく結果、二人の妹や北の地に住まう一族と決別してまで西方の地に向かい戻ることはなかった。


「でも、義姉さんや姉姫様は違う。少しでも、北の地が豊かになるように願い努力している。だから私たちは二人を守り支えているんだ。それが私たちの心意気ってもんだからな」


「お前の言いたいことはわかる。だが、流れた血と失われた命は戻らない。それは故郷を滅ぼされた私たちが一番よく知っていることなんだ。私はこのことを長としてメイシャンに伝えねばならない。たとえ命を奪われることになろうとも――」


「その時は私も一緒だよ……」


 叔母であるナルタセオの決意にリュウフォンが追随する。二人のけなげな姿にリュウレイは心をかきむしられる思いがした。義姉が何を思うかはリュウレイにもわからない。しかし、リュウシンの思いを大事にする姫長メイシャンが二人に害をなすとは思えなかった。


 それにその時は、リュウフォンと心を一つにするリュウレイとて運命を共にする覚悟くらいはできている。


「ああ、もう! 二人とも落ち着け!! 私たちの義姉さんがそんなことするわけないだろ! 何かあったら、私が二人を守る!! それにリュウシュンだって思いは同じのはずだ!! それは忘れるな、わかったか!!!?」


 ナルタセオの手を振り払い、二人の風の乙女を強引に抱きしめたリュウレイ。あまりの力強さにリュウフォンは顔をしかめたが、ナルタセオは驚いたようにリュウレイを見るばかりだった。


「私だって、義姉さんの力の加護を受ける眷属だ。それが主には向かえば、どうなるか私と同じリュウフォンならわかるだろ?」


「うん、それはわかるよ。でも――」


 神の力を操る姫長の加護を受けるということは半面、絶対服従であるということ。刃向かえば内に宿る炎の力がその身を焼き尽くすことになる。家族と思えばこそ、義姉や村人のために力を得たリュウレイやリュウフォン。彼女たちの深い思いを知り、ナルタセオはその瞳に涙を浮かべていた。


「そうだな、私はどうも思い違いをしていたらしい。ただ信じたかったんだ、死んだシレルにもこんな未来があったのだと――」


 リュウレイの胸に顔をうずめたまま、静かに泣くナルタセオ。リュウレイの方を見たリュウフォンもまた、苦しみを抱えた叔母に寄り添いながら涙を流し続けた。


「大丈夫だよ、二人とも。義姉さんだってきっとわかってくれる。なんていったって私たちの義姉さんなんだからさ――」


 リュウレイの言葉がリュウフォンたちの心に静かに響いていた――。



 … … …



「それじゃ、もう行くんだな――」


「ああ、三日とはいえいろいろ世話になったな。また取引に来たときは手土産を持ってくる、期待してくれ」


 翌日の昼過ぎ、旅支度を整えたナルタセオを見送るべく村の人々が寄り合い所の近くに集まっていた。ナルタセオの旅の無事を祈るリュウシュンは手ずからの弁当を持たせその旅立ちを見守る。意外に深い姉のナルタセオへの思いに触れ、リュウレイはそっとリュウフォンの手を握った。


 リュウ家に招かれたナルタセオは姫長メイシャンに終の歌姫の死を告げた。メイシャンはただ静かにその安らかな死を神に祈るとだけ告げた。王都で両親を失ったメイシャンにとってそれがどれだけ覚悟のいることであったのか、周囲の人々はその決断の重さに涙した。


 その後は、暗い気分を吹き飛ばすように楽しい時間だけが過ぎ、旅立ちの時を迎える。


「それでは、私はこれで失礼する。皆も元気でな――」


「ああ、ナルタセオもな!」


 人々に別れを告げた後、静かな音色だけを残し漂泊の歌姫は消えていった。


「また、会おうね。ナルタセオ――」


 リュウフォンはナルタセオの消えた先に広がる青空を見上げながら、そっとつぶやく。彼女に胸には、蒼く輝く蒼穹のように澄み切った思いがあるのみだった――。


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