古の調べ(12)
少し距離を取って向かい合う二人、それぞれ同時に風と旋律が周囲を包み込み、次の瞬間遥か上空に二人の姿が移動していた。
「私を本気にしたナルタセオが悪いんだからね……!」
「無駄口をたたいていないで、さっさとかかってきたらどうだ?」
あくまで態度を変えないナルタセオに業を煮やしたリュウフォンが振り上げた右手から激しい風の渦を生み出し、前方に解き放つ。破裂音を伴うそれは巻き込まれれば、五体を切り刻まれ、形すら残らない程の威力を持つ。
「ふ、子供だましだな!」
ナルタセオの言葉と共、彼女の身体が揺らめいたと思うと、烈風の塊を器用に避けながら、リュウフォンの方に向かい猛進する。動かないリュウフォンに向かい今度はナルタセオの周囲から見えない風の弾丸が次々と打ち出され、襲い掛かった。
「子供だましはどっちかな?」
笑うリュウフォンはあくまで動かずに自分を包む風の壁を作り出して、それらの弾丸を受け流していく。それを見たナルタセオは距離を取り、両手を大きく広げて声を張り上げた。
「やるな、ならばこれはどうだ!!」
心震わせる旋律とともに、大気が振動を始める。それと同時にリュウフォンを取り囲む風に大きないくつかの流れが生まれ、目に見えない大きな腕のように四方から膨大な圧力を持って押しつぶさんとする。
「ふふ、こんなものなの? つまらないよっ!」
この時を待っていたとばかりに、鈴のなるような旋律を残してリュウフォンの姿が一瞬途絶える。次の瞬間、力を振るっていたナルタセオのすぐ前方にリュウフォンが現れて、風の刃を纏った右手を振るい肉薄する。
「もらったよ、ナルタセオ!」
「甘い!」
リュウフォンが切り裂いたと思った瞬間、ナルタセオはリュウフォンの攻撃をかわして背後を取らんとする。リュウフォンはここで初めて、余裕をなくして体を捩りながら、距離を取ろうとした。それを後押しするかのように、ナルタセオが集めた風の精を解き放ち、自分の周囲を一気に吹き飛ばした。
大きな振動と風の渦が周囲を包み、離れた位置にいるリュウレイもその勢いに押され、思わずしゃがみ込む。
「あいつら、本気で暴れてやがるな!どこが子供の遊びだよ!!」
思わず声を荒げたのは、いくら遊びとはいえ二人のどちらかが怪我でもするようなことになったら、取り返しがつかないということだ。手出しできないもどかしさが焦燥をあおり、いら立ちが募っていく。
そんなリュウレイをよそに、二人の風比べはいよいよ佳境に入っていく。
「今度は本気で行くからね!」
再び距離を取りながら、リュウフォンも常に動き位置を特定されないように必死の様相だ。対するナルタセオは、リュウフォンの位置と動きを読みながら自分は動かずに力をためている。次の激突が決着になる。そこにいる誰もがそう思い、固唾を飲む。
「行けえぇぇえ!!」
リュウフォンは移動しながら、風を次々とナルタセオに向かい解き放つ。ナルタセオは両手に纏った風を使い最小の動きだけでそれをしのぎながら、リュウフォンへと距離を縮めていった。
彼女の顔に浮かぶ余裕を見て取ったリュウレイは、その狙いが別にあることに気づき叫ぶ。
「フォン! ナルタセオは誘っているぞ、気をつけろ!!」
「わかってる!」
リュウレイの声に返事をしながら、リュウフォンはついに最後の手段に打って出る。それは自分の周囲に一番強い風の渦を呼び起こし、自ら弾丸となってナルタセオに迫ることであった。
「これで決める!」
「……浅はかなことだな、来い!」
迫りくるリュウフォンを迎え撃つナルタセオも表情を引き締めて、それに応じた。その時リュウレイの耳にナルタセオの奏でる音色が響いてきた。それはナルタセオが力を行使するときに鳴り響く物静かな調べにも似ていた。
次の瞬間、大気を打つ音が響き渡りリュウフォンの悲鳴が上がった。
「きゃあああ、は、離してよ――!」
「私の勝ち、だな?リュウフォン」
「終わったのか……?」
リュウレイが顔を上げると、その視線の先でナルタセオに羽交い締めにされたリュウフォンが手足をじたばたさせてもがいていた。
二人の勝負を決めたものは、一瞬の交錯だった。リュウフォンがナルタセオを貫いたと思った瞬間、すべての風が打ち消され気が付いたらナルタセオに背後を取られていたというわけだ。
「私は一族の中でもそれほど力が強い方ではない、だがそんな私だからこそ与えられた力がある。それそこが私の歌。我が名は静寂の歌姫ナルタセオだ。勝負あったな、フォン」
「わかったから、速く離して――!!」
あっさりとした決着にほっと胸を撫で下ろす半面、もがいたせいでリュウフォンの身体を包む布地がいろいろと大変なことになりつつある。そっちの方が冷や汗ものだと思いながら、見守っていると解放されたリュウフォンが涙ながらにリュウレイの胸に飛び込んできた。
「負けちゃったよ、リュウレイ――!!」
「まあ、紙一重の差だったから、あんまり泣くなって。フォンは頑張ってたからな」
「仲がいいことだな、見ている方が気恥ずかしくなるぞ」
上空のナルタセオは腕組みをしながらこちらを見下ろしている。その姿と腕の中のリュウフォンを見比べたリュウレイの心は決まった。
「フォン、次は私だ。仇は取ってやる」
「本当?」
リュウフォンはうれしそうな声を上げてリュウレイを見た。頷くリュウレイは、ナルタセオに向かい叫ぶ。
「これだけじゃ、退屈だろ? 次は私が相手になってやるよ、ナルタセオ!!」
「それは何の冗談だ? 風の裔たる私を馬鹿にしているのか」
あくまでナルタセオはその表情を崩していない。それが負けず嫌いのリュウ家の魂に火をつける結果となった。
「リュウフォン、前にやったあれをやるぞ!」
「うん、わかった。頑張ってね、リュウレイ!!」
そういうとリュウフォンは意識を集中して、リュウレイの周囲に風の精が集い出す。不思議と体の重さが消え、まるで鳥の羽になったかのような浮揚感が全身を包んでいく。これが以前、九死に一生を得たときに経験した感覚であることを思い出し、リュウレイの心が震えた。
――これなら行ける!
リュウレイはナルタセオを睨み、横目でリュウフォンに頷く。リュウフォンは心得たとばかりに歌声を奏で始めた。
「何を始めるつもりかは知らんが、私に勝てるとは思わないことだ!」
「やってみなきゃ、わからないだろ! そんなことは!!」
信じられない程の跳躍力で、リュウレイはナルタセオと同じ高さまで、飛んで見せた。
「ここからが、私の見せ場だぜ!」
「やれるものならやってみろ、手加減はなしだ!!」
先ほどのリュウフォンと同様に風の渦を前方に打ち放つナルタセオ目掛けて、リュウレイは再び、見えない足場を蹴って前方に飛んだ。
「無謀な賭けだな、死ぬつもりか?」
ナルタセオの言葉通り、大気の渦から完全に逃れる術はない。守りの風を持たないリュウレイはリュウフォンの導きに従い、少しで層の薄い部分を打ち破りながら進む必要があった。
「ふん、考えたな。だがそれだけどこまでねばれるかな?」
肉薄するリュウレイをよそに住んでのところで回避するナルタセオ、再び距離を取り今度は周囲にいくつも風の層を生み出し、リュウレイの接近を阻む。
「そっちこそ、守ってばかりじゃ勝負にならないぜ!」
リュウフォンの作り出す足場から足場へと素早く移動するリュウレイはナルタセオの死角へと入り込んでいく。素早さだけで見れば、リュウフォンやナルタセオよりはるかに上を行くその動きにナルタセオは次第にいら立ちを募らせていった。
「いいだろう、覚悟するがいい!リュウレイ!!」
風の壁を解き放ち、ナルタセオがリュウレイと向かい合う。
「今だ、リュウフォン!!」
「はい!!」
突如、激しい空気の渦がリュウレイを包み、ナルタセオ目掛けて打ち出される。それは先ほどのリュウフォンが取った戦法とまるきり同じ。
「愚かなことを、何度やっても結果は同じだ!!」
再びナルタセオが旋律とともに風を打ち消したその時、不意にリュウレイの姿が消えた。
「何!?」
一瞬のことに焦ったナルタセオの背後でリュウレイの声が耳を打つ。
「私はここだよ、ナルタセオ!」
気が付けばリュウレイが、ナルタセオの背後に飛びその襟首をつかんでいた。
――そんな馬鹿な……!
声にならない驚きをナルタセオが呟いたその時、リュウレイはその勢いのままナルタセオの服を引っ張った。
薄い布地が引き裂かれる音が響き渡り、それが激しい風比べの終わりを告げていた――。




