古の調べ(6)
白い湯気が立ち上る風呂場の中、リュウレイたちに先立って室内に入ったナルタセオは彫像のように見事な裸身を惜しげもなく晒していた。室内を照らす赤い煌きに照らされたその褐色の肌は湯気のもたらす水滴に濡れ、なめかましく光を照り返していた。
その横に並ぶのは、叔母であるナルタセオに負けぬほどに豊かに実った肢体を持つリュウフォンだ。その白い素肌もまた上気して赤く染まり、リュウレイの視線を惹きつけてやまない。
二人が並ぶとやはり、絵になるものだ。
そんなリュウレイの邪な思いをよそに、自分たち以外、誰もいない風呂場を見渡し満足げな表情を浮かべたナルタセオは独り言ちる。
「ああ、たまらないな……この村に来て一番の贅沢はやはり好きな時に風呂にはいれることだろうな……」
「そんなもんかな……?」
普段身体を動かす機会の多いリュウレイもよく利用してはいるが、ナルタセオほどのありがたみはあまり感じたことはない。おそらくこの地に暮らして、それがあることが当たり前だからだろう。
身体を流し、ナルタセオは飛び込むようにして湯船に身を沈めた。
「ナルタセオって子供みたいね、昔から変わってないな……」
そういうフォンも少し離れたところに宙から直接、湯に浸かる。ナルタセオは心ここにあらずの様子で、ゆっくり体を癒しているようだった。
「ああ、極楽……」
叔母と姪の声が重なる。こういうところは似ているんだよなと内心感心しながら、リュウレイもフォンの隣に身を横たえた。リュウフォンも慣れない仕事をした気疲れからか、いつもより静かにしている。
後で体をもんでやろうかなと思い、首を振る。どちらかというと、体を使うのはリュウレイの方だ。けれど、何かと繊細で気難しいリュウフォンは何かあるとすぐにリュウレイに甘えてくる。その度にご機嫌取りも兼ねて彼女の肩を揉んだりしてやるのだ。
……主に肩がこる理由は別にあるような気もするが、大変そうなのでとりあえず言いなりになる。大したことではないからいいが、なんだかなと思うことはままある。まあそれがリュウフォンなので、仕方ないで済ます自分も問題ではあるが。
「やはりお前たちはうらやましいな、女一人で旅をしているとやはり心細くなることもある。商売はきれいごとだけでは済まないしな……」
「なら、この村にいる間くらいは気を抜いてもいいだろ? ここの村人はナルタセオのことを身内みたいに思っているんだし」
「そうだねぇ、小さい子たちもナルタセオのことは大好きだって言ったよ」
今日一日、ナルタセオと一緒にいたフォンが感慨深げにつぶやいた。
「お前たちは気楽だな……、だがそれくらいでなければ商人など務まりはしないだろう。私もまだまだ未熟ということだ、焦っても仕方ないか……」
そういってナルタセオは湯から上がり、近くの縁に腰を下ろした。その顔は赤く染まり、くつろいでいるのが見て取れた。
「そういうことだよ、私も近々独り立ちするためにいろいろ準備しているんだ。絶対、義母さんに負けないくらいの鍛冶師になってやるって決めたしね」
「そうか……リュウメイとは何度か酒を酌み交わしたが、あれほどの人間はそうはいないだろう。先は長いぞ、じっくり腰を据えて臨むんだな。お前が名のある鍛冶師になったら、その時は私もお前の品を取引させてもらおう」
「そりゃ楽しみだな、ナルタセオくらいやり手の商人なら、いい顧客を連れて来てくれそうだ。期待してるぜ?」
「気が早いな、リュウレイは。流石リュウメイの跡継ぎというところか。私も楽しみにしておこう」
ふいにリュウフォンが湯船から浮かび上がり、向かいにある木の長椅子に腰を下ろした。
「二人の話を聞いてたら、のぼせちゃった……」
「おいおい、大丈夫か?」
心配したリュウレイも立ち上がり、リュウフォンの額に手を当てる。それほどではなさそうだが、少し休ませた方がよさそうだ。肝心なところは抜けているから、つい目を離せなくなる。それもまたリュウフォンの魅力の一つなのだろうか。
彼女の隣に腰を下ろし、介抱する傍らリュウレイはこちらを見守るナルタセオに聞いてみたいことが一つあった。それは夕方、フォンの仕事を手伝い終わったときのことだった。
ナルタセオは工房の事務所で村の細工師たちと取引している最中であった。
彼らは年を取り引退した鍛冶師たちで、今では身の回りの細々としたものを仕上げては商人組合に卸している。その中でも特に高く取引されているのが、銀や金などをあしらった装飾品の数々だ。北の地を収める領主連合の貴族たちや各地の有力者、富豪など買い手に困ることはなく、また商人組合の誇るふもとの町の取引所では二月に一度、各地の商人たちが集まる大競りが行われておりそこで高値が付けば、しばらく暮らしに困らないだけの金を手にすることが出来るらしい。
もっともそれほどの品を作る職人はそうそういるはずもないし、そうしたことを専門とする細工師たちは他にも多くいる。この村の職人たちは生活費を稼ぐことを目的にした内職のようなものだろう。
武器や防具を中心とした武具にも飾りつけをすることが当たり前だった時代、小さな細工一つと持っても、そこで鍛冶師の腕前が評価されていた。その名残のようなものが今もこの村には残っている。
以前、義母や他の鍛冶師たちの作を見て回った時のことを思い出し、自分にも何か作り出せるのではないかという意欲が湧いてきた。
「なあ、ナルタセオ。一つ聞きたいんだけどいいか?」
「ん? なんだ、リュウレイ」
「村の工房で、細工物の取引をしていただろ。あれって高く売れるのか?」
「気になるのか?」
「まあね、最近いろいろあって、懐が寂しくてさ。それにちょっと考えていることがあるんだ。参考にしたいと思ってさ」
「そうか……」
リュウレイの言葉に興味を覚えたのか、ナルタセオは何かを思案しているようだった。
「私が扱っているのは、武具に取り付ける飾りや男物の装飾品がほとんどだな。貴族や裕福な男性が身に着けるものはそれなりに高く売れる。しかし、女物の髪飾りや首飾りといったものは専門の商人や職人たちの取引があるからな。私は片手間に扱う程度だぞ」
「だからこそいいんだよ。私もそのままほかの連中の真似するつもりはないからな。それにうちの村は領主様に顔が利くだろ?」
元王族の義姉に領主様はその姪と来ている。それに日頃なにかと目をかけてくれる彼女の側近たちはリュウレイにとって姉のような存在でもあった。こちらに来たばかりのころ、騎士見習だった彼女たちから礼儀作法や剣技を一通り学んだことは今のリュウレイにとても役立っている。
「確かにな。だが、領主とて商売になれば話は別だ。話はしてくれるかもしれないが、お前だけを贔屓にしては商人組合にも顔が立たなくなる。当てにするのもほどほどにしておいた方がいいぞ」
「それくらいはわかっているさ。まずは領主様に認めてもらうのが目標って意味。商売にするかはその先。まあ、期待して待っててほしいな」
自信ありげなリュウレイの言葉にナルタセオは面白そうに笑った。
「なら、できるだけ早く形にしてもらいたいものだな。私も商人の端くれ、売れるものなら喜んで取引させてもらおう」
そういって立ち上がったナルタセオは再び湯船に身を浸した。その後、リュウレイは落ち着きを取り戻したリュウフォンを連れて先に上がることにした。
長湯が好きなナルタセオはじっくり体を休めるつもりらしい。彼女に別れを告げたリュウレイたちの頭上には真っ赤に染まった夕焼けの空が輝いていた。




