古の調べ(7)
日が落ちて夜の帳に包まれた村の中を村人たちが三々五々寄り合い所に集まり始めていた。何かにつけて、集まっては騒ぐことを好む鍛冶師の村の人々は村の外からやってくる旅人や商人たちを歓迎するのが昔からの習わしだった。彼らは外の世界を知らない里人にとってその好奇心を大いに満たす存在であり、また名も知らぬ遠い地を旅する人と過ごす人時は何物にも代えがたい貴重な時間だった。
今また、女だてらに商人組合に名を連ね大陸各地を旅する風の民ナルタセオを迎えた村人たちの喜びはひとしおであろう。何より、取引のためにこの村を訪れるたびに彼女はこうして村人たちに酒や食べ物を振るまい、ともに語り合い宴を楽しむのだ。その気風の良さ、人となりに惹かれぬ者はいなかった。
工房の食堂で働く女たちはリュウシュンを中心に夕方から宴の準備に追われていた。広い厨房のある工房とは違い、集まりのある時しか使われない寄り合い所の台所は狭いため入れ替わりで料理を用意している。しかし、彼女たちとて騒ぐのを好むこの村の住人。
しかも、食材や酒の類は一切合切ナルタセオ持ちということもあり、普段より気合を入れて調理に勤しんでいた。
こうして村人たちが宴を楽しむ寄り合い所にリュウレイをはじめとしたリュウ家の人々が訪れていた。
… … …
「ねえレイ! 早く早く!!」
「わかったわかった、そんなに急がなくても大丈夫だよ!」
先を行くリュウオウに手を引かれたリュウレイは笑顔を浮かべた。あとには娘のリュウサンを抱いた義姉メイシャンもいる。目指す寄り合い所はもうすぐそこだ。
本来なら暗い夜の畦道も義姉の周囲に集う赤い煌きに照らされて昼間のように明かった。
「それにしてもフォンの奴、どこに行ったんだろ?」
リュウ家の母屋を出るとき、用事があるといってリュウフォンは一人夜空に消えていった。一緒に歩いていくつもりだったリュウレイは物足りなさを覚えながらここまで歩いてきた。
「リュウフォンにはわらわがお使いを頼んだのじゃ。おそらくはシュンも伝えてあるとは思うがのう」
「お使いって?」
立ち止まったリュウレイに追いついた義姉がいつものようににやにやと笑いを浮かべる。
「レイ、まだわからないの――?」
サンにまで笑われて、リュウレイは苦笑いするしかなかった。
「そなたは普段仕事をしているからのう、リュウフォンが向かう先に答えはあるぞ」
「フォンが行ったところ?」
リュウフォンが飛んでいったのはちょうど、寄り合い所を挟んだ村の反対側。リュウ家と同じように森の近くになるだろう。そこまで聞いてようやく答えがわかった。
「ああ、姉姫様か! すっかり忘れてた……」
「やはり忘れていたか、そなたも薄情じゃな」
「レイの薄情者――」
義姉親子に揶揄されて、頭を掻くリュウレイ。姉姫様というのは文字通り、元王族の義姉メイシャンの姉君という意味だ。かつて王都で捕らわれていた姉姫は王都奪還後、妹や一族が多く住む北の地に移り住んだ。同じく王都にいた頃のリュウフォンやナルタセオたちとも交流していたらしく、今でも付き合いは続いている。
普段から親しくするリュウフォンや御用聞きのリュウシュンに比べれば、仕事優先のリュウレイはあまりなじみがない。それでも元王族とは思えないほど、気さくで親しみのある姉姫は村人からも人望厚く、義姉が不在の時はその代理を務めることさえあった。
「姉姫様に会うのも久しぶりになるな、同じ村に住んでるのに」
「アルス叔母さん、リュウレイのこと心配してたよ。働きすぎで身体を壊さないといいなって」
伯母である姉姫にかわいがられているリュウオウが言う。
「そっか、今夜はちゃんと挨拶しておかないといけないな。教えてくれてありがとうな、リュウオウ」
リュウレイはリュウオウを抱き上げると、頬を寄せて礼を言う。リュウオウはくすぐったそうにしていたがうんと答えた。
「さあ、それじゃ早くいこうか。腹が減りっぱなしだよ!」
「そなたに言われずとも、早くするわ!わらわもお腹が空きすぎて死にそうじゃからな!」
「僕も!」
「サンも――!!」
子供たちの元気な声に後押しされながら、リュウレイたちは寄り合い所に入っていった。
… … …
「結構集まったな……、ほとんどの人が来たみたいだ」
用意されていた席に案内されたリュウレイは人の多さに驚いていた。それなりに広い室内だが、中に入り切れない人は近くの家から持ってきた食台を外に並べて、そこに座っている。気の早い人は持ち込んだ酒ですでに飲み始めているようだ。
「これだけ多いと、リュウシュンも大変じゃろうな」
「そうだね、あいつ大丈夫かな?」
義姉の呟きにリュウレイが相槌を打つ。生真面目なシュンのことだ、娘のリュウキョウを旦那に任せて、必要以上に頑張ってしまうだろう。しっかりしている分、抱え込むことの多い面倒な性格の姉を思い出し、リュウレイはため息をついた。
「義姉さん、私ちょっと台所見て来るよ。リュウオウたちのこと頼むね」
「うむ、そちらの方は任せるぞ」
頷く義姉の言葉に後押しされたリュウレイは人々の間を縫って、台所に向かう。その時、見慣れない人の顔が目に飛び込んできた。いや正確には知っているが装いが普段と全く違う。
「あんた、ナルタセオ?」
リュウレイの声にその女性がこちらを見た。ナルタセオだ、普段の動きやすくまた女性にしては露出の高い簡素な服装と違い、今の彼女はふもとの町の貴族たちが夜会などで好んで身につけるゆったりとした礼装。それから唇には朱をあしらい、ほんのりと化粧をしている。
「ああ、リュウレイも来たのか。今晩は楽しんでくれ。あとで、メイシャンにも挨拶に行くからな」
「うん、伝えておくよ」
着飾ったナルタセオが見せる別の表情にリュウレイは内心、胸が高鳴るのを感じた。それはここにいないリュウフォンのことを想ったからだ。彼女もこんな格好をすればとてもよく似合うに違いない。いつか着せてやりたいなと夢想する。
「ん、どうかしたか?」
「いや、なんでもない! こっちのことさ」
盃を片手に不思議そうにこちらを見るナルタセオが顔を近づけてくる。リュウレイは内心の焦りを顔に出すまいと逆にあわててしまう。
「そうか、ならいい。ところでフォンはどうしている?」
「今姉姫様を迎えに行っているんだ。もう少ししたら来ると思うよ」
「そうか、一応リュウシュンにも伝えてくれるように頼んでおいたから、久しぶりに会えるな。楽しみだ」
「なら、よかった。私もシュンのところに顔出すところなんだ」
リュウレイが言うと、ナルタセオは少し困った表情を見せる。
「そのことなんだが、リュウシュンは世話を掛け通しでな。もう少ししたら私も様子を見に行くつもりだったが、何せこの人数だ。私が招いた手前、なかなか抜け出せなくてな……」
「それなら大丈夫、あいつも人を頼るのが下手な性格だから。私が何とかするよ」
「すまん、ここは恩に着る。シュンによろしくな」
「宴会の席で大げさだよ!まあ、期待して待ってるさ」
リュウレイが笑うと、ナルタセオは安心したようだった。それからすぐに近くにいた人たちに呼ばれ、向こうに行ってしまった。
「さて、私もシュンのところに行かないとな」
気を取り直して、台所に向かう。この人数を賄うのは並大抵ではあるまい。久々に腕の見せ所だ。
「リュウ家にリュウレイありって見せつけるいい機会だ、腕が鳴るぜ」
得意の料理を披露する機会を得たリュウレイは満足そうに笑った。




