古の調べ(4)
「それじゃ、うちの義姉さんにも用事があるのか」
「ああ、だからこの後挨拶に行くつもりなんだ」
鍛冶師の村に滞在する間、宿泊所として利用する寄り合い所に荷物を下ろしたナルタセオと連れ立ち、リュウレイは工房に向かっていた。白い布に身を包み軽やかに空を舞うリュウフォンとは対照的に、重い外套を脱いだナルタセオは黒を基調とした動きやすい短衣を身に着けている。
おまけに白く透き通るような滑らかな素肌のフォンと日に焼けた褐色の活動的なナルタセオでは受ける印象が大部違う。同じ一族でもこれだけ違うのだから、面白いものだと思う。
まるで姉のリュウシュンと自分を見ているような気持になった。
流石のリュウフォンも実の叔母が相手ではやりにくいらしく、リュウレイのそばを離れようとしない。正確にはリュウレイのすぐ後ろにぴったり張り付いている。
「フォン、くっつきすぎじゃないのか? まあ私はうれしいけどな!」
「リュウレイのいじわる……アハハ!」
「お前たちも仲がいいな……」
笑い合うリュウレイたちをナルタセオは呆れたようにつぶやいた。
「それで姫長のメイシャンにはいつ会える?」
「ああ、それなんだけどな……」
リュウ家のある方向に目を向けたリュウレイは嘆息する。その向こうには背後に村一番の農園を持つリュウ家の母屋が佇んでいた。お昼時を過ぎた村は畑で働く農民以外は見て取れない。
しばし、考えてからナルタセオを振り返ったリュウレイは首を振った。
「今はやめといたほうがいいな。いつも昼食の後は午睡の時間だからな」
「午睡?姫長たるものが昼寝をしているのか、ずいぶん暢気なものだな……」
呆れているのか、逆に感心しているのか、ナルタセオは微妙な表情を浮かべた。しかし問題はそれだけではない。姫長の優雅な眠りを妨げようものなら、とんでもないことになるからだ。
以前、用事があり母屋の二階にある義姉の寝室を尋ねたときのことだ。少し大きめの寝台に親子三人仲良く眠る義姉たちがいた。母親と一緒にいるからか、リュウオウたちはぐっすり眠っている。そのかわいい寝顔に見とれていると、背筋が凍り付くような悪寒が襲ってきた。
義姉だ、その冷たく研ぎ澄まされた刃のように鋭い視線がリュウレイたちを貫いている。
寝起きの義姉さん、物凄く怖ェエエ!!
『わらわに何用じゃ?』寝起きで極度に機嫌が悪い義姉が無言で問いかけて来る。リュウレイは息を飲みながら、思わずコクンと頷くしかなかった。隣のフォンに至っては身動き一つしていない。極度の緊張に固まっていると、義姉を呼びに来たリュウシュンが部屋の中に入ってきた。
「あなたたちそこで何をしているの?」
「あ、シュン……。助けてくれ」
「何バカなことを言ってるんだか……」
リュウシュンはリュウレイたちにかまわず、義姉に詫びながらも用件を伝えてその場は事なきを得た。寝起きの義姉に気兼ねなく話しかけられるのはシュンくらいの者だろう。
「……というわけで中途半端に起こすと機嫌悪いんだよな。下手すりゃ命にかかわる」
やれやれと首を振るリュウレイにナルタセオは笑いを誘われたらしい。
「ハハハ、お前たち家族の話を聞いていると飽きないな。仲がいいのはいいことだ」
「いや、私は至極真面目な話をしているんだけどな……まあ、ナルタセオがいいならそれでいいか。な、フォン?」
「そうだね、レイ!」
機嫌よさそうなフォンが空中でひらりと一回転する。それをみてナルタセオが、笑いながら
「さて、それでは先に工房の方で皆にあいさつとたまっている商談の方を片付けてしまおうか。今回は少し取引を多くするつもりだから、商人組合に掛け合って馬車を手配してもらう必要がありそうだな……」
そういってナルタセオはそのフォンより少し豊かに実った胸の谷間から紙の束を取り出した。それを見たリュウレイは目が点になった。ふもとの町でのフォンといいナルタセオといい、風の民の女はどうしてこう胸元に大事なものを仕舞いたがるのか。
見とれていると、右の頬を思いっきりフォンにつねられた。
「痛でッ!」
「よそ見はよくないよ、リュウレイ――?」
「……ごめんなさい」
しばし紙の束を眺め、思案していたナルタセオは顔を上げてフォンに声をかけた。
「私一人では手に余りそうだ、ちょうどいい、エル! お前も手伝ってくれ、駄賃くらいは払うからな」
「え、私は森で風詠みをしないと……」
呼びかけられたフォンが後ずさりしながら答えた。言い淀み、リュウレイに助けを求める視線を送ってくる。そんな姪の表情に叔母であるナルタセオは怪訝そうな表情を浮かべてリュウレイを見た。
普段、村の中でリュウ家や村の人々に守られて、優雅に暮らすフォンのこと。労働の類は一切してことがないはずだ。まあ、それにはリュウレイも大分甘やかしているせいでもあるが。
「つまり仕事の類は一切していないということか……それでよく平気でいられるものだな。今日はこれから一日私の仕事を手伝ってもらう! 逃げたら、リュウゲン殿に報告するからな!」
「わかったよ……」
尊敬する父リュウゲンの名を出されて、フォンは観念したようにうなだれてしまった。その萎れた様子を見かねたリュウレイが声をかける。
「あ――、ナルタセオ。言いたいことはわかるけど、フォンのことは私が面倒見ているから……」
「なら、リュウレイが代わってくれるのか? 私はこの村に商売に来ている。お前が手伝ってくれるなら、文句はないがどうする?」
「いや、それは……」
リュウフォンを横目に見ながら、今度はこっちが言葉に詰まる番だった。リュウレイとて工房の仕事を抱えたままだ。工房では一人頭一日に打ち上げる品物の数が割り振られている。多くもなく少なくもなく、その日のうちに確実に作り出せる数を管理しているのだ。
それをこなせるからこそ、リュウレイは見習いとして雇ってもらえるし、給金をもらっている。逆にそれがなければ、リュウレイとて気楽な身の上のリュウフォンとさして変わらないのだ。
いくら普段より手が空いているとはいえ工房の仕事を放り出してまで、ナルタセオの商売を手伝う余裕はなかった。
リュウレイが黙ったのを見たナルタセオは頷くと、二人を促し歩き出した。
「納得してもらえたようだな。何、気にするな。私とてかわいい姪だ、それほどこき使うつもりはない。それに……」
「それに……?」
フォンがつられて呟くと、ナルタセオが振り返る。
「仕事の後は皆で騒ぐのが基本だろう? 今夜は私の奢りだ、村の皆と楽しむことにしよう。皆には土産も用意してあるからな」
「さすがナルタセオ、話が分かるな!」
「そういってもらえると嬉しいな、エルにはしっかり働いてもらうがな」
「もう、私はリュウフォンだってば! 間違えないでよね……」
「そうだったな、今のお前はリュウ家のフォンだ。なら、その名に恥じぬ生き方を心掛けるがいい。それが死んだ者たちの願いでもあるのだからな」
「うん、わかった……」
ナルタセオは立ち止まり、リュウフォンの頭を撫でてから再び歩き出した。フォンは観念した様子で素直にその後についていく。
そんな二人のやり取りを見て安心したリュウレイだったが、寂しさが込み上げたのも事実だった。
「はあ……、うちの義母さんは今頃どこで何しているんだかな」
そういって見上げた空には大きな雲が風に流れていくばかりだ。あんなに大きな雲でさえ、より大きな風の流れに逆らうことなく流れていく。なら自分も今はそうするだけだと思いながら、リュウレイはリュウフォンたちを追いかけた。




