古の調べ(3)
「ナルタセオ――! フォンを連れてきたよ――!!」
戸口の方から響き渡った威勢のいい少女の声に村長は一瞬目を丸くした後、口角を上げて笑った。
「やれやれ、相変わらずリュウレイは元気がいいな。騒がしいがあの若さはうらやましいものだな」
「そこがリュウレイのいいところだろう、あの気難しいエルカオネがあいつには懐いているのがいい証拠だ。この村での暮らしが、あの子をいい方向に導いてくれたのだろう。叔母として礼を言わせてほしい」
寝台から身を起こした村長のすぐ横に座っていたナルタセオは首を垂れて礼を述べた。それを見た村長は首を横に振る。
「いやいや、礼を言うならばこちらの方だろう。ともすれば、リュウメイの跡目を継ぐために厳しい修行に打ち込んでいたリュウレイをそばで励まし、支えていてくれたのはリュウフォンだ。あの子の明るく朗らかな性格に皆が力をもらっていたのは事実だ。あの子たちがこの村で暮らして早6年余り。ワシも最後の生きがいを見つけることが出来たのはリュウフォンたちのおかげだ。村の子供たちもよく二人には懐いておるしな、ハハハ!」
「そういってもらえると助かる。正直なところ、私が商人組合の一員として活動できるのも、村長やリュウゲン殿の口添えあってのことだ。この大陸で生きていくことが私たち一族の願いに他ならないからな――」
そういってナルタセオは視線を落とした。彼女の苦労を知る村長は笑いを収めるとそっと天井を見上げた。
「ナルタセオよ、過ぎた過去はもう戻らん。ワシらにできるのは今を生きて、明日を変えることだけだ。それを忘れるなよ」
「わかっている、だが時々無性に誰かに話を聞いてほしくなる。村長だからこそ、私も本音を語ることが出来るんだ。……ありがとう」
「ハッハッハ、うれしいことを言ってくれるな。あと2、30年若ければ、ワシも本気になったのだがな」
「年ことは気にしていないぞ、何せこれでも私の方が年上だろうからな」
そういってナルタセオは相好を崩した、人よりはるかに長い年月を生きる彼女たち風の民と人とは時間に対する感覚が根本的に違うのだと悟ったからだった。それから笑いを収めたナルタセオは村長に別れを告げる。
「さて、名残惜しいがリュウレイたちを待たせるわけにもいかない。他の人たちにも挨拶してくるとしよう。邪魔したな、村長よ」
「いや、年寄りの長話に付き合ってくれて感謝するぞ。村にいる間、また顔を見せてくれ」
「私でよければな、また昔話を聞かせてくれ」
立ち上がり、居間へ戻るナルタセオに村長は問いかけた。
「先ほどの話、リュウフォンや姫長様に伝えるつもりか?」
「……そのつもりでいる、ここに来たのはむしろそちらの方が主な理由なのでな」
足を止めて答えるナルタセオに村長は深いため息をつくしかなかった。村の女たちが居間に下がってからすぐに彼女は来訪の理由を村長にだけ伝えていたのだ。
それは、リュウフォンや姫長メイシャンに深く関わるある人物の死についてであった。
「わしはな、姫長様もフォンのことも不憫でならんのだ。あの二人が悲しみ傷つくところなぞ、できれば見たくはない。だが、それはお前さんたちも同じだ。哀れな年寄りの繰り言と思って聞き流してくれ」
「いや、有難い。そう言ってくれるのはやはり村長しかいないだろうな、リュウフォン……私の姪、エルカオネがどう思おうとやはり伝えねばならないのだから」
「これ以上は何も言うまい、また顔を見せてくれ……」
村長は疲れたように身を寝台に委ねる。ナルタセオは無言のまま、そっと戸を閉じた。彼女の目の前には懐かしくも成長した姪の姿があった。
… … …
居間に戻り、リュウフォンの姿を見たナルタセオは懐かしそうに目を細めた。
「……久しぶりだな、エル。元気にしていたか?」
「うん、みんながよくしてくれるから私は大丈夫。そっちは?」
普段よりぎこちない様子のフォンが問いかけるとナルタセオは笑って首を振る。
「私は仕事で忙しいからな、お前もリュウ家の者たちの世話になってばかりいないで、しっかり恩返しするんだぞ」
「そ、それくらいちゃんとしてるよ、そうだよね! リュウレイ!?」
「まあ、私はフォンがいてくれて助かってるけどな。いろいろ退屈しないで済むし!」
リュウレイが笑うと、フォンは不満そうに頬を膨らませていた。そんな二人のやり取りを周囲の女たちは微笑ましく見守るばかりだった。
「さて、二人も戻ったことだし私は一度荷物を置いてくることにしよう。リュウレイ、もう少し付き合ってくれるか?」
「ああ、いいよ。工房に戻るところだしね、フォンもそれでいいだろ?」
「うん、いいよ!」
リュウフォンが答えたのを見たナルタセオは壁に立てかけてあった荷物を背負い、女たちに別れを告げて外に出た。
「あんな細身でよく重たい荷物を持てるもんだよねえ、大したものだわ」
ナルタセオの後姿を見つめながら、女の一人が感心した様子でうなずいていた。
「風の力を利用しているらしいよ、フォンが空を飛べるのと同じ原理だって」
隣に浮かぶフォンの方を見ながらリュウレイが答えるとそんなの見ていればわかるよとつれない返事が返ってきた。要は女だてらに行商人を営むナルタセオをほめたいだけなのだろう。
村の人たちに好かれているんだな、ナルタセオは。
そういうところはさすがリュウフォンの叔母だと思う。一人心の中で納得しながらリュウレイはリュウフォンとともにナルタセオの後に続く。
昼下がりの空を二羽の小鳥が鳴き声とともに飛び去って行った。




