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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
幕間

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幕間(5)

 ある日の朝食後、リュウ家の母屋裏手に広がる村一番の大きさを誇る広大な農園前にそこで働く男女合わせて二十人余りの農民たちが集まっていた。彼らは五年前くらいに中原からこの地方に移り住んできた人々の一部で、今ではこの村の周辺に広がっていた原野を開墾しながら日々の生計を立てている。

 そんな農民たちを前に流れるような美しい銀髪を持つ一人の気高き女性が現れた。鍛冶師の村に伝わる色鮮やかな装束に身を包み、深い緑色を湛えた瞳の持ち主こそ、リュウオウとリュウサンの母であり、現在のリュウ家の女当主にして鍛冶師の村の長を務めるリュウレイの義姉その人であった。

 この世で最も高貴な血筋に生まれ、類まれなる美貌を持つリュウ家の母は居並ぶ農民たちを一瞥すると両手を広げ、声高に宣言する。


「さあ、皆のもの! 我が家(わらわ!)の優雅な食卓のために、今日もはりきって仕事に励むのじゃ――――――!!!!!」


 そのどこまでもよく通る声が背後の山々に響き渡り、驚いた森の鳥たちが一斉に飛び上がった。その横ではまだ四つのリュウサンが母親と同じように両手を広げて、「のじゃ――……!」と真似をしている。「いつか私も母上のようになりたい!」が口癖のサンである。その将来が少し心配になった。


「……さあて、今日も頑張っぺ! 皆の衆!!」


「おう、それじゃボチボチやるべえ」


「そいだなあ」


 義姉の言葉を聞き終えた農民たちは何事もなかったかのように、三々五々自分の持ち場に散っていく。お互い、楽しげに世間話をしながら歩いていくその姿に義姉は寂しげにつぶやいた。


「あ奴ら、ノリが悪いのじゃ……」


「母上、頑張れ――」


 気落ちした様子の母親を娘のリュウサンがけなげに励ましている。なんといって声かけたものかとあきれるリュウレイに今度は隣に浮かんでいたリュウフォンが声をかけた。


「ねえ、工房に行かなくていいの? もう仕事は始まってる時間だけど……」


「ん? ああ、今日はいいんだよ。山向こうの谷に手伝いに行くだけだから」


「どういうこと?」


 リュウレイは足元に仕事道具が入った大きな背負いの籠を置いている。それに食料と皮の水筒。これから旅に出かけるくらいの重装備にリュウフォンが首をかしげた。


「それなら、私が空から送っていこうか?」


「いや、いいよ。私の足ならあの山超えていった方が早い。いちいち中腹の村まで下っていたら時間がいくらあっても足りないからな」


 そういって東の峰を指さすリュウレイにフォンの目つきが険しくなった。


「……リュウレイが私のことを拒むなんて……、まさか男? それとも新しい女?」


 一人でぶつぶつ言いだしたフォンの姿にちょっと圧倒されつつ、リュウレイは声をかける。


「だから今日は仕事で行くって言ってるだろ! 商人組合の職人が用事で一人欠員したから、納期が遅れてる隣谷の村の手伝いに行ってほしいって昨日親方から頼まれたんだよ!! 鍛冶師全体で寄り合いの会合を開いているから、少しでも納期が遅れると私たち皆の信用にかかわるんだ。これでも重要な仕事でいい稼ぎになるから行くんだからな!」


 有無を言わせぬ勢いで一気にまくし立てるリュウレイにリュウフォンは涙目で抗議してくる。しかし、これにはリュウフォンも関係していた。


「お前な、この前シュンに言われて稼いだ金と私の小遣い全部徴収しただろ? おかげで私は久しぶりにすっからかんなんだよ! だから今日の稼ぎは全部自分のものにしていいって義姉さんとシュンには納得させてあるんだ。今までそうしなかった私が悪いんだけどな」


「……本当にそれだけ?」


「金に関して私は絶対、嘘は言わない!」


 断言するリュウレイにリュウフォンはとうとう泣いたまま、飛び去っていった。


「レイのバカ、私よりお金が好きなら死ぬまで稼いでいればいいんだから――!!」


「だからそんなこと一言も言ってないだろ――!!」


 森の方に遠ざかるリュウフォンに向かい、リュウレイが叫ぶ。二人のやりとりを見ていた農民たちが口々に頷き合う。


「……若けえだな」


「んだなあ」


「女子にはもっと優しくしてやらねば」


 私も女だと背後の男どもをどつきまわしてやりたかったが、今からフォンを追っても追いつけそうにない。焦るリュウレイにリュウサンを抱いた義姉がにやにや笑いながら声をかけてきた。


「そなたもまだまだ未熟じゃのう、精々フォンの奴に愛想をつかされぬように気を付けることじゃ。その程度ではわらわの義妹なぞ、務まらぬからのう」


「からのう――」


 サンの口真似が微妙に止めを刺してくる。それでもちらりと森の方を見ると、フォンらしき人影がまだその上空でこちらをうかがっているのが見えた。とりあえず、肩の力を抜いたリュウレイは両手を口元に中てて大きく息を吸い込んだ。

 それからありったけの大声で叫ぶ。


「帰りはフォンが迎えに来てくれると嬉しいぞ!! 私は待ってるからな!!!」


 返事はない。それどころか、何を考えたのかリュウフォンは風を切る速さでこちらの方に向かい戻ってくる。


「……やっぱり私が連れてってあげる!」


 問答無用の勢いで、片手を掴まれたリュウレイは体を包む浮揚感とともに一気に空に舞い上がった。


「おい、フォン! 道具! 忘れてる!!」


 焦ったリュウレイのことなどお見通しとばかりにその後ろを道具の入ったかごが追尾して飛んでいった。まだ何か言いあう二人の姿を見送ったご機嫌な義姉君は気を取り直して歩き出す。


「やれやれ、朝から騒がしい奴らじゃのう。さて、わらわは朝の見回りにでも行くとするかのう」


「母上、サンも一緒に行く!」


 連れ立って歩く母子をさらに農民たちが見送る。



 それは鍛冶師の村のある日の光景だった――。


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