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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~後編~

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鍛冶師リュウレイ(49)

「そなたたちも仲がいいのう――」


 ――わらわたちがいることを忘れておらぬか?


 そんな言外の言葉を含んだ義姉メイシャンの笑い声が浴室内に響き渡る。驚いたカンショウと咄嗟に姫長メイシャンの方に向き直り、頭を湯船すれすれまで下げて弁明する。


「ひ、姫長様の御前で申し訳ございません! 平にお許しを!!」


 あまりに大げさなカンショウの変わり身の早さにちょっと前まで彼女をかわいがっていたリュウフォンとリュウレイは笑いをかみ殺している。二人とも面白がって事の成り行きを見守るつもりのようだった。

 カンショウの方を不思議そうに見つめていたリュウオウがメイシャンを見上げて尋ねる。


「ねえ、母上。御前てなあに?」


「わらわがいるところということじゃ、下々の者たちはこうして難しい言葉を使いたがる。リュウオウ達も大きくなったらだんだん覚えていくから問題はないぞ」


「ふーん」


 まだよくわからないといった感じのリュウオウ。そんな息子の頭を撫でてやりながら、メイシャンはカンショウに顔を上げるように命じる。


「そなたはまだこの村になじんでいないようじゃな。この村に住むものはわらわの身内同然、あまり他人行儀に振舞うのも逆に礼を失することになろうぞ。近こうへ寄れ」


「は、はい、わかりました……」


 カンショウはリュウレイたちを不安げに見つめてから、恐る恐るメイシャンの方へ近づいていく。逆にメイシャンはカンショウと話したいことがあるのか、子供たちをリュウレイたちに預けるつもりのようだった。


「母はちと、カンショウと話がある。二人ともしばらくまたリュウレイたちと遊んでおるのじゃ。よいか?」


「うん、わかった!」


「了解なのじゃ――!」


 素直なリュウオウ達は水しぶきを上げて、リュウレイたちの方に向かう。その無邪気な振る舞いにメイシャンが目を細めていると、やや緊張した面持ちのカンショウがそろそろとこちらにやってくる。


「あ、あの、姫長様。私に話って何でしょうか……?」


 おずおずと尋ねるカンショウの顔を改めて間近で見たメイシャンは自分の古い記憶を手繰り寄せていた。やはり雰囲気や容姿は似ていない。しかし、リュウレイやリュウフォンを慕い、そのあとを追いかけるところはそっくりだった。


「そなたとこうして話すのもなかなかないからのう、気になっておったのじゃ。この村に来てまだ間もないが暮らし向きはどうじゃな?」


「はい、それもう皆さんが良くしてくれるおかげでとても助かっています。工房での仕事も姐さんや親方さんたちがいろいろ面倒を見てくれますし、姉姫様ご一家も私の身も周りの世話を焼いてくれますから。まさに至れり尽くせりといった感じで、感謝してもしきれないくらいです」


 カンショウはリュウオウ達と遊ぶリュウレイたちの方を見ながら、顔を綻ばせる。その笑顔は心から安らいだ様子が見て取れた。正直、この南麓の少女をこの村に受け入れたいという話が来た時、メイシャンは眉を細めたものだった。それは神の加護を失ったものを拒む姫巫女としての立場があったからだった。


 しかし、とある身内の嘆願によりそれは実現することになる。気楽にふるまうように見えて案外情け深い彼女はリュウ家にとっても欠かすことのできない存在になりつつあるとメイシャンは思った。このことは一部の者だけが知ることであろう。


 カンショウの言葉を聞き終えたメイシャンは彼女の身の内に宿る炎神の息吹を感じていた。華奢な黒髪の少女は湯船につかる自分をまじまじと見つめる姫長の視線に周知の心を覚え、帆を赤く染めていた。半面、強いあこがれを抱く姫長メイシャンのまるで彫像のように見事な肢体をこれでもかというほど見せつけられた彼女は、思わずめまいを覚えてしまいそうなくらい感動を感じていた。


 ――凄い、リュウフォン姐さんより大きいのにこんなにきれいで肌も白く透き通るみたい。これが炎神の姫巫女様なんだ。


 メイシャンの神秘的な緑の色の瞳に自分の親代わりを務めてくれる姉姫アルスフェローを思い出したカンショウは、どこか安らぎを見出していた。自分を見てほほ笑む少女に心動かされたメイシャンは、彼女を手招きする。


「カンショウよ、わがもとに参れ」


「え、でも……」


 躊躇いがちな彼女にメイシャンはようやく普段の笑顔を浮かべて、リュウレイたちの方を顎で指す。


「姉上の加護を受けて、なおかつリュウレイたちの妹分ならば我が身内も同じと申したであろう。遠慮はいらぬから早うせい。さもなくば、わらわがそなたを抱きしめてしまうぞ!」


「え、あ、あの――」


 そう言ってメイシャンは思いもよらぬ素早さで戸惑うカンショウに近づき、抱きしめてしまった。この上もなくやわらかで豊かな胸に顔を埋めたカンショウは目をしばたかせて、メイシャンを見ていた。


「そなた、二親を亡くしたそうじゃな。わらわも同じじゃ、わらわは十歳になって間もなく、両親を失った。それから多くのことを経て、今はこうして暮らしておる。そなたも負けずに頑張るがよい、努力は決してそなたを裏切りはせぬからのう」


 まるで姉が妹に向けるような優しい眼差しに感極まったカンショウの眼から涙が零れ落ちる。この村に来て、いろいろな人たちがカンショウを励ましてくれた。その中でもこの村の長を務め、リュウレイたちの義姉でもある姫長メイシャンのことをカンショウはどこか近寄りがたい存在のように思っていたのだ。それが今、カンショウの目の前でメイシャンはほほ笑みを浮かべている。彼女は天涯孤独のカンショウを身うちと呼び迎えてくれた。


 そのことがカンショウの心に残っていた最後の不安を消し去り、また奥底に押しとどめていた嘆きや寂しさを解き放つ。


 メイシャンに抱きしめられたまま、カンショウはまるで幼いころに亡くした母親に甘えるかのように大きな声をあげて泣いた。その様子に子供たちは驚いた様子だったがただじっとそのさまを見つめているだけだった。


 リュウオウ達は優しく賢い子供たちだ、それ故に今はカンショウをそっとしておいた方がいいと子供心に理解しているのだとリュウレイにはわかった。


 それにしてもあの気位の高い義姉がカンショウを身うちのように扱うとは思わなかった。まあ姉姫の妹でもあるし、やさしい性格であることに違いはないのだが。


 ――それにしても義姉さんに抱かれた時のカンショウ、この上もなく幸せそうだったな。


 さすが私の妹分、そんなくだらないことを考えていると隣のリュウフォンが何を考えたのか、リュウレイを自分の方に振り向かせて、抱き着いてきた。いや、正確にはその大きな希望の双丘でリュウレイの顔を押し包んだのだ。


「うぷっ! いきなりどうしたんだよ!」


 リュウレイが声を上げると、リュウフォンははしゃいだ声で言う。


「私からのご褒美! ――ダメ?」


「いえ、大変結構でございます」


 なぜか敬語のリュウレイに子供たちは不思議そうに顔を見合わせていた。


「リュウレイばっかり、ずるいのじゃ――! 次はサンも――!!」


 リュウサンが声を上げると、リュウフォンははいはいと応じていた。心地よい感触から解放されたリュウレイは一息つきながら、近くにいたリュウオウを招き寄せ、自分の上に抱きあげた。


「ふ――、やっと落ち着いた」


「レイとフォンって仲いいね――」


「まあな」


 リュウレイが頷くとリュウオウも笑顔を浮かべる。考えてみれば、この女湯に男の子はリュウオウ一人だ。女ばかりのリュウ家で過ごすリュウオウは結構甘えん坊でもある。


 ――この子は大きくなったらどんな風に育つんだろうな?


 できることなら義姉や妹のリュウサンを守り支える男になってほしいものだ。そう思いながら、義姉たちの方を見るとようやく泣き止んだカンショウに何かをささやいているようでもあった。


 義姉もカンショウには思うところがあるのだろう、それはいいとしていよいよ明後日には禁足地に向かうことになる。それを思うと改めて気が引き締まる思いがした。


「ねえ、リュウレイ。禁足地ってどんなところかな?」


 リュウレイの考えを見透かすかのようにあどけない様子のリュウオウが問いかける。


「そうだな、昔々の人たちが鍛冶場を開いていたくらいだから結構山深いところにあると思う。それ以外は行ってみないとわからないな」


「ふーん、帰ってきたら僕にも教えてね!」


「ああ、土産話をしてやるから楽しみにな!」


「うん!」


 頷くリュウオウを思わず抱きしめる。それからしばしの間、共同浴場で過ごしたリュウレイたちは、満足そうなカンショウと別れてリュウ家へと足を向けた。


 その頭上には満天の星空が瞬いていた――。


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