鍛冶師リュウレイ(48)
二人の子供を連れた姫長メイシャンは仕事を終えたリュウレイたちと久々の入浴を楽しんでいた。リュウレイたちはいつも仕事帰りに共同浴場によってからリュウ家に返るため夕食の準備があるメイシャンたちと風呂に入ることはあまりなかった。
子連れのメイシャンも夕食後に落ち着いて、就寝前の入浴を楽しむため自然と両者の住み分けができていた。しかし、それも普段のことで、工房の仕事がひと段落する納品前などはこうして家族総出でつかの間のひと時を楽しむようにしているのだ。
好奇心旺盛なリュウオウとリュウサンはあまりなじみのないリュウレイの妹分カンショウをいろいろと質問攻めにして懐いているようでもあった。そこにリュウレイとリュウフォンも加わり、絶え間ない笑顔と笑い声が少し離れたこちらの方まで響いてくる。
――子供はかわいいものじゃな。
心の中でそう呟いて、銀髪緑眼の姫長は目を細めた。普段はゆったりとした色鮮やかな装束に身を包む彼女はとても二児の母とは思えないほどの美貌を誇っている。女性としては背が高く、整った容姿と豊かな肉付きの彼女は同性から見ても、目を見張るほどの美しさを湛えていた。
神の血に連なり、これから数百年の時を生きるであろう彼女は今胸の淵に薄暗い感情が沸き起こるのを感じていた。それは、視線の先にいる黒髪の少女カンショウを見ていたからだった。
――……姫様。
懐かしい記憶の片隅、自分を呼ぶかすかな声が聞こえる。リュウレイたちを姐と呼び慕うカンショウの姿はメイシャンが失った過去を呼び起こさせる。今はここにいない人々、彼らがいたからこそメイシャンはこうして生を繋ぎ、鍛冶師の村で暮らしているのだ。
メイシャンが一人、物思いに沈んでいると正面から水しぶきが上がり息子のリュウオウが抱き着いてきた。
「母上、どうかしたの?」
母メイシャンの豊かな胸元に抱かれながら、リュウオウが問いかける。
「なんでもないぞ、母はいつも通りじゃ。カンショウの相手はもういいのか?」
「うん、お姉ちゃんに南のことをいろいろ教えてもらってた!」
母親の問いかけにリュウオウが笑顔で答える。それを聞いたメイシャンは頭を撫でながら、それはよかったと答えるのだった。するとそこに妹のリュウサンもやってきて、メイシャンに甘えだす。
「兄上だけずるいのじゃ――」
「ほれほれ、二人とも。そのようなことで喧嘩するでないぞ、母はどこにも行かぬからのう」
二人の子供に囲まれたメイシャンはいつの間にかいつもの笑顔を取り戻していた。それは二人がメイシャンのすべてであるからこそといえる。その様子を見守っていたリュウレイたちは互いに顔を見合わせて笑い合う。
「仲がいいですね、姫長様達。なんだかうらやましいです」
「まあな、義姉さんはリュウオウ達のこと大好きだからな。目に入れてもいたくないくらいだぞ」
「リュウレイだって同じ癖に――!」
ちなみにリュウレイの義母リュウメイや大先生リュウゲンもリュウオウたちには大甘だ。それくらいに伸び伸びと育つリュウ家の兄妹は素直でかわいかった。
しばし、母親と戯れる子供たちに目を奪われていたリュウレイだが、カンショウの様子が少しおかしいことに気づく。なんというか、顔が赤く染まり口元を抑えているのだ。
その様子が意味するものを感じ取った彼女は静かにその背後に回り、耳元で彼女の名を呼ぶ。
「どうしたんですか、カンショウさん――?」
「――! んっ!!」
驚いた彼女が振り向くのと同時にその体を抱きしめて、その唇を見事に奪い去る。我ながら見事な誘導にリュウレイの心が躍る。そんな二人のやり取りにリュウフォンは満足そうな笑みを浮かべていた。
ようやくリュウレイの唇が離れたカンショウは少し上気した様子で恨めし気に不意打ちした相手をにらみつけた。そんな彼女の耳元で意地悪なリュウレイがボソッとつぶやく。
「すごいだろ、うちの義姉さんは」
――なんでそんなことがわかるんですか!!
図星を刺されたカンショウは目を躍らせながら、瞬きをしている。その滑稽な様子にリュウレイはリュウフォンと入れ替わりながら声を殺して笑い合う。
「メイシャンってすごいよね――、さすがにまだ私もかなわないんだよ」
「……フォン姐さんでもですか?」
背後から押し当てられる二つの柔らかい感触に身をゆだねながら、カンショウは姫長メイシャンの芸術ともとれる均整の取れた体を思うがまま眺めていた。
カンショウは自分がこの村に来てからというもの、それとなく人のことを観察する癖がついていたのをこの時はっきりと自覚する。それはこの村の女性たちがみんな、それなりに豊かな体つきをしているからに他ならない。
まだ背も低く華奢な自分と見比べて、ひそかにため息をついていたのだ。それはリュウレイたちと甘いひと時を過ごすようになってからどんどん強くなっていくようでもあった。
ちなみに姉姫たちもなかなかに侮れない。着やせする感のあるアルスフェローを筆頭に背の高いルタやカレオラなどはメイシャンには及ばないものの、旧王家に連なる血筋を証明するかのように見事な肢体を持っている。特にカレオラなどは外見よりも10歳は若く見え、まさしく妙齢の女性たちと見まがうほど若々しい。
――ああ、私がおかしくなったんじゃなくて、今のこの状況が異常なんだよ、きっと!
それがかろうじてカンショウが自分を保つために導き出した結論。そのあまりに悲壮なる結論はやはりリュウレイたちに慰めなければ、到底満たされそうになかった。
気が付けば、リュウフォンもまたカンショウを自分の方に振り向かせ、湯船の上に浮かび上がり力強く抱きしめてくれる。
――ああ、フォン姐さん! これ以上は私本気になっちゃいます!!
緑に囲まれた水辺で彼女に愛されたあのひと時、それはカンショウの中で何物にも代えがたい時間の一つになっていたのだから。
まもなく再び湯船に使った二人は若干うるんだ瞳で見つめ合い、抱擁する。
「おいおい、二人ともこんなところで体力使うなよ。本番は明日以降だからな」
リュウレイの言葉にその意味を察したカンショウもうなずく。禁足地に行けば何があるかはわからない、しかし当面の目的さえ果たせばあとは自由。そこには自分たちしかいないのだ。
――思いっきり、二人の姐さんに甘えることができる!
そう思うとカンショウの小さな胸は震える思いがした。願わくばこの甘く切なる望みが果たされるようにと祈るばかりであった――。




