鍛冶師の村(4)
リュウフォンの話を要約すると、気を失ったリュウレイを担いだ義母リュウメイはその後領主の館で好きなだけ酒を飲み、さらにリュウレイの顔を利用して酒樽を手に入れて意気揚々と馬車にリュウレイたちを乗せて、村に引き上げてきたらしい。
リュウレイが悪漢たちを叩き伏せた後、そのリュウレイを頭突き一つで黙らせたとあっては刃向かうものはいなかっただろう。深いため息をつきながら、その酒に関する嗅覚の鋭さに頭が下がる思いがした。それと同じ、いやそれ以上に鍛冶には命をかけているのだ。
あれこそが本物の鍛冶師、そしてリュウレイの名を受けた自分の目指すところ。
それはわかるのだが、まだ大して稼ぎがいいわけでもないのに義母が飲んだ酒代のツケがなぜ自分に回ってくるのだろうか。義母はここ数か月、村を留守にすることが多く鍛冶の仕事をこなしているわけではない。つまりは収入など無きに等しいわけだ。
――それなのに自分の好きなものを我慢することができないとはどういうことか。少しは身に染みろ、この穀潰しが!
リュウレイも好きな強めの酒を大きめの杯で飲み干していく、義母の姿にリュウレイは余りにも無力であった。
そういえば、懐にしまっておいた小遣いの残りはどうしただろうか。起きたときは何も身に着けていなかったし、服は洗濯されていた。さすがに義母や義姉がリュウレイの金をとるようなことをするとは思えない。
「なあ、フォン。私の小遣い、残り知らないか?」
何気なく、尋ねてみる。しかし、帰ってきたのはさっきと同じごめんの返事。
そうかそうか、あの時のごめんはそういう意味だったのか……。
全身から力が抜けて、椅子にもたれかかる。なんだか、もうどうでもいい気分になった。
「レイが寝てたから、ついでに……。シュンに頼まれてたから……」
「またあいつかよ……」
文句の一つも言いたくなって、立ち上がろうと顔を上げたその先に料理と飲み物を持ってきた姉と視線が合った。
「朝ご飯食べてないんですってね。これは義姉さんと私からよ。味わって食べてね、リュウレイ」
有無を言わさぬその笑顔の迫力に一瞬、言葉を失う。今ケンカをすれば、膂力の強いこっちが圧勝するのは目に見えている。しかし、百回やり合ってリュウレイが九十九回勝っても、そのうち一回はリュウシュンがまぐれで勝つかもしれない。そんな怖さを姉は持っていた。
「フォンには嫌なことをお願いして悪かったわね、いつもリュウレイの面倒ばかり押し付けてしまって、ごめんなさいね。でも、この子が気を許しているのはあなたくらいだからこれからも仲良くしてあげてね」
そういってシュンは、フォンの大好きな料理を卓の上に乗せてほほ笑んだ。
「ありがとう……」
フォンは小声でお礼を言いながら、こちらとシュンを気まずそうに見比べている。当のシュンはまだやることがあるらしく、厨房の方に戻ろうと踵を返す。その背に向かい、リュウレイが声を上げた。
「待てよ、シュン! まだ言うことがあるんじゃないのか!?」
気落ちした様子のフォンのこともあってレイはシュンを怒鳴りつけていた。妹の怒りを予想していたのか、立ち止まり振り返ったシュンは怖い笑顔で言い放つ。
「全部、身から出た錆だと気づいてないの? あなた、工房から出たお給料を少しずつ抜き取って義姉さんに渡してたんでしょ? 額が合わないって、義姉さん困ってたわよ」
「それがどうしたんだ、自分の稼いだ金なんだから少しくらい好きに使ってもいいだろう!」
「あなたねえ、自分の立場を弁えているの? あなたが工房で働けるのも、見習の身分であれだけのお給料がもらえるのもみんな義姉さんやお義母さんがあなたの後見をしているからなのよ。必要なものがあれば、義姉さんか私に言えば、その都度お金を渡す約束でしょう。先にその約束を破っておいて、言いわけできるのかしら? あるなら言ってごらんなさい!」
シュンがきっちりお金を管理しているのは知っていたがまさかここまで、知られていたとは……。内心、舌打ちしたい気分になる。義姉にべったりのシュンには昔からやり込められることが多い。確かに、自由になる小遣いが欲しくてここ半年ほど少しずつ抜いていたのは事実だ。
しかし、その大半はフォンやチビたちへのお菓子代や自分の酒代、あとは鍛冶で使う道具類の手入れなどに使っていて、決して無駄にしていたわけではない、と自己弁護してみる。
だからと言って、全額持っていくのはどうなのだろうか。
こちらが言い返せずにいると、シュンは深いため息をついてさらにお説教を続ける。
「いい、リュウレイ。あなたはまだ独り立ちしていない見習いの身よ。私たちの義母さんはね、16の時にはもう独り立ちしてリュウ家の工房を切り盛りしていたの。その意味があなたにわかる? 悔しければ、早く独立できるようにもっと頑張りなさい! 今のままでは、義姉さんやお義母さんの顔に泥を塗るだけよ、それを忘れないでね」
いうだけ言って、リュウシュンは足早に去っていった。それは自分と一つしか違わないのに、工房の食堂を切り盛りしてさらにリュウ家の面倒まで見ている姉に比べれば、工房で仕事を回してもらっている自分はまだまだ半人前だろう。だからこそ、足掻いて努力しているのに、その言い方が気に食わなかった。
けれど、事実でもある。自分にもっと力と実績があれば、シュンの言うことなんて鼻で笑って受け流せたはずだ。それなのに……。
隣のフォンが心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。本当ならフォンのことはレイが守ってやらなくてはならないのに、余計に不安にさせてしまった。そんな自分の不甲斐なさを責めつつ、せめて笑顔だけは見せておきたい。
「ごめんな、私もいろいろ見栄はりたかったから、こんな風になっちまった。今度からは義姉さんによく相談するよ。だらかもう心配するな、さっさと昼めし食っちまおう。腹が減って死にそうだからな」
「ふふ、そうだね。私もお腹ペコペコ。いただきまーす!」
自分たちの釣り上げた魚料理に舌鼓を打ちながら、リュウレイたちは時間の過ぎるのも忘れて、久しぶりの宴を楽しんだ。
… … …
騒ぎ疲れた村人たちが三々五々、引き上げていく中。それほど疲れていなかったリュウレイたちは、後片付けの手伝いに駆り出されていた。これも給料に含むと言われれば嫌とは言えない。
昔、よく食堂の手伝いで家計の足しにしていたのを思い出し、苦笑いするしかなかった。
フォンはお腹一杯になって眠った子供たちのお守りに別室で一緒に休んでいる。余計な苦労を掛けた分、少しは楽をさせてやりたかった。
義母と姉はまだ家に戻って飲みなおすらしく、上機嫌で引き揚げていった。その時に、二人から怖い顔できつく灸をすえられたのは言うまでもない。特に義姉の怒りは激しく、しばらくの間はご機嫌取りに忙しくなりそうな気配だった。
普段なら、最後まで残って洗い物までこなす姉のシュンはリュウレイが代わりを務めるということで追い出してやった。まだ赤ん坊は手がかかるし、あまり顔を合わせていたくないというのが本音だったが、リュウレイも血のつながった実の姪リュウキョウはかわいかった。苦手なシュンの手前、あまりかまってやれないのが残念だったがやはり血のつながるリュウレイにはよくなついてくれている。もう少し大きくなったら、遊んでやろうと心に決めていた。
後片付けも終わり食堂で働く村の女たちも引き上げ、残りの掃除もひと段落して一人リュウレイが食堂の片隅で一息ついているときだった。ほろ酔い加減の親方が工房側の入り口から入ってくるのが見えた。
「あれ、親方。まだ何かまだ用があるの?」
リュウレイが声をかけると、親方は普段よりご機嫌な様子で声をかけてきた。
「今日は災難だったな、わかっちゃいたがリュウメイの姐さんや姫長様の手前、強く出られなかったんだよ。うちも女房が怖いからなあ……」
リュウレイの向かいに腰を下ろし、親方はため息交じりに言う。
「いや、もう気にしてないよ。私も悪かったし。それより親方にお願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんだ?」
「工房の仕事、もう少し増やしてほしいんだ。その分を義母さんのツケに回さないと本気でヤバいって、シュンに脅かされたからな」
「お前、その話真に受けてたのか? あれはな、リュウレイが稼いだ金を無駄に使わないようにするための方便だよ。考えてもみろ、お前の家はこの村で一番の農園を持っているしふもとの町の領主様の覚えもめでたくその援助も受けている。さらにはこの工房の利権だって半分は姐さんが持ってるんだ。食いっぱぐれる心配なんてどこにもありゃしないだろ。要はリュウレイが少しでも早く一人前になれるようにするための配慮ってやつだ。少しは身に染みて、仕事に励め。俺から見れば、お前はもう十分一人前だ。いつまでも見習いでいられると思うなよ」
やはり人一倍リュウレイのことを見ているだけあって、その言葉には重みがあったし、自信につながる思いがした。リュウレイが力強く頷くと、親方は肩を叩いて工房の方に戻っていった。入口を出る前、振り返った彼はこう告げた。
「仕事を増やすのは構わないが、お前まだ迷ってるんだろう。それなら村長のじいさんに相談したらどうだ? 俺も困ったときにはそうしている。あの人はこの村の生き字引だ。いい知恵を貸してくれるかもしれないぞ」
「村長様か……、わかった。明日にでも顔を出してみるよ。親方、ありがとう!」
「気にするな、お前はこの村の明日を担う大事な一人だからな。俺も期待しているんだ、負けるなよ!」
「うん、わかったよ!」
不器用な師弟はそれだけ言い交し、別れた。リュウレイはフォンたちの休む部屋に向かう。
その胸には、今までとは違う新たな思いが生まれようとしていた。
リュウレイの誓い、前半はここまでとなります。
後半は固有名詞で登場している人たちがお話に絡んでくる予定です。
公開は年内、遅くとも来年の年明けくらいになると思います。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。




