鍛冶師の村(3)
静かな森を抜け、村の畦道に差し掛かった時ふと思い出したようにリュウレイが隣に浮かぶリュウフォンに向かい、尋ねた。
「なあ、フォン。昨日、私たちどうやって村に帰ってきたんだ? 記憶がまるっと抜けてるから気にしてなかったけど、何か気になってさ」
「あら、何も覚えてないの?」
リュウフォンの代わりに姉のリュウシュンが首をかしげた。その態度に何か不吉な予感を感じて、フォンの方を見ると後ろで静止したまま、固まっていた。
……そのあからさまな反応にリュウレイの不安は一気に増していく。
「フォン、私変なこと聞いてないよな?」
さらに尋ねると、フォンは無言のまま首を振り出した。普通ではないその様子にさらに声をかけようとしたその時、フォンは腕の中で眠るリュウサンを抱いたままもの凄い速さで飛び去って行った。彼女の奏でる旋律が耳に残る。
さらにリュウレイを追い抜く瞬間、リュウフォンは小声で言った。
「……ごめん」
リュウレイの耳には確かにそう聞こえた。
「フォン、行っちゃったね。僕たちも早く行こう!」
「……ああ、そうだな」
そうとしか返答しようがなかった。頭の中がなぜか真っ白になる、隣の姉はリュウフォンの飛び去った方を見て、あらあらと言うばかり。
「何が、あったんだよ。一体……」
リュウレイの呟きに何も知らないリュウオウが不思議そうにこちらを見上げていた。
… … …
「なんだよ、村中の人が集まってるんじゃないか。これ……」
釣り上げた魚を厨房に戻る姉に渡し、リュウオウを連れて食堂に入るとそこには顔見知りの村人たちが多くいた。工房の主だった連中は既に昼間だというのに酒盛りを始めている。
ちなみにそこにいたのは家を出るときに村の長を務める義姉のところに来ていた面子だ。
……そういうことかよ。
工房の仕事がひと段落したことで、久々に慰労と親睦を兼ねた宴を開こうというのだ。今までも不定期に開いていたはずだが、最近は音頭を取る義母リュウメイが不在だったためにその弟分である、親方や先輩たちも乗り気ではないためにお預けになっていた。
昨日は、合計五台の馬車で納品に行ったので、おそらくは市場の方でそのまま食材や酒などを買い込んでいたに違いない。そんなこととはつゆ知らず、リュウレイは自分の買い物に追われて気づかなかった。
てっきり、他の連中は大先生の飲み会に付き合っていたと思っていたのが、大きな間違いだった。
入口であきれ返っていると、後ろから威勢のいい声をかけられた。
「そんなところにいたら邪魔だよ! とっととどいたどいた!!」
「あ、メイおばさんだ!」
「おや、あんたたちだったのかい。おばさんはまだやることがあるからもう少し待ってておくれ。いいね、リュウオウや」
「うん、わかった!」
リュウオウがうれしそうな声で喜ぶと、リュウレイもつられて後ろを向いた。そこには大きな酒樽を二つも肩に担いだ義母の姿があった。普通の人なら一つ担ぐだけでも、きついだろうにこの人間離れした怪力の持ち主はそれを軽々と持ち上げている。
「義母さん、よくそんなものを買う金があったな。まさかまた、酒場の人に迷惑かけてないだろうな?」
低い声音でリュウレイが問いかけると、リュウメイは嫌な笑顔でそれに答えた。それを見たリュウレイは思わず泣きたくなって、顔をそむけた。
「あれ、レイどうかしたの?」
「いや、何でもない。私は大丈夫だ。リュウオウは優しいな」
その頭を撫でながら、酒を運び込む義母のたくましすぎる背中を見送る。
――やられた……。
そんな後悔が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
空いていた席にどかっと腰を下ろし、見慣れた天井を見上げた。
昔から、北の地の鍛冶師の酒癖の悪さは有名だった。稼ぎの良かった鍛冶師たちはその金にものを言わせて、ありったけの酒をまるで浴びるように飲みつくした。
たまらないのは、酒を造る酒蔵やそれを扱う酒屋、酒場の人々だ。古くから大陸の中原より名酒を求めてこの地に人は集まり、商売相手には事欠かない。それをあざ笑うかのごとき所業の鍛冶師たちとは当然、犬猿の仲だった。
特に鍛冶師の中でもこのリュウ家の悪名は近隣に鳴り響き、義母や先々代の大先生などは同じ鍛冶師たちからも恐れられる酒豪であったと聞かされている。
酒を飲めば飲みっぱなしの義母リュウメイは、出入り禁止となった酒場は過半数に及び、酒を売らないことに激怒して、酒屋を襲撃するなど朝飯前。さらに大先生ことリュウゲンは、酒代をかけた飲み比べで相手がいなくなるまで飲み続ける質の悪さから娘以上に恐れらた存在だった。
ともかく義母から4、5代くらい遡ってもその悪行が途切れたことはないとふもとの酒場店主たちからその悲痛な胸の内とともに聞いた時には思わずその場で土下座したくらいだ。
そんな家に養子に入ったからには自分の代で少しでも汚名を雪ごうと、リュウレイはここ一年ほど影で努力してきた。そのかいあって、リュウレイ自身もそこそこ飲みはするもののふもとの町で酒を普通に手に入れられるくらいには信用を回復した。
もっとも、義母が積み上げたツケの支払いはまだまだかかりそうなのが玉に瑕だ。昔、この村で義母が無謀な飲み比べをしてその支払いを肩代わりさせられた人たちがいた。
リュウレイもよくお世話になるその人たちはもういいと言ってくれるが、さすがに気まずいので少しでも力になれることは恩返ししている。
それらを含めても、今日義母の行動を見るにつけ自分にどんな不運が待ち受けているのか。それが気になって仕方がなかった。
「あの……レイ、隣に座っていい?」
ようやく決心がついたのか、気まずい表情のリュウフォンがやってきた。
「ああ、もう怒ってないからいいよ」
フォン相手に腹を立てても仕方ない。それに安心したのか、リュウフォンが隣に腰を下ろした。向こうでは、義母がさっそく自慢の拳で樽のふたをぶち抜いて大喜びしている。
「ハハハ! 流石リュウメイの姐さんだぜ、今日は思いっきり飲むぞ、野郎ども!!」
「おぉ―――!」
調子のいい親方が他の男たちと一緒に騒いでいるのを見ると、その横っ面をまたぶちのめしてやりたい衝動にかられた。半年くらい前、飲み会で女を馬鹿にした男たちに腹を立てたリュウレイによって、村の主だった男たちは全員ぶちのめされている。
その時は正直やりすぎたかと思ったが、さすがに酒の席でのことは水に流すのが鉄の掟の北の鍛冶師。今度は仕事の方でしっかり仕返しされることになった。つまり今まで以上に厳しくビシビシ指導されたというわけだ。まだ未熟なリュウレイとしては願い叶ったりだが、いまいち納得はしていない。
全く口先だけは威勢がいいが、やることはかなりみみっちい。まあそれも含めて、親方たちのことは尊敬している。それだけ、積み重ねてきた経験の重みに違いがあるのも事実だったからだ。
「それで、私が寝てる間に何があったんだ?」
聞きたくないが、しっかり確認しておかないと今後の人生に大きな影響がありそうだった。
「うん、実はね……」
フォンはためらいがちに話し始める、それは耳を覆いたくなるような現実だった――。




