Scene10 巨人《ギガース》なんてさようなら その2
弾は――しかし轟音を上げて飛んできた座席に空中で着弾し――はじけ飛ぶ。
「余所見してると、怪我するよ。」
アンナが重たい座席をぶん投げたのであった。
ネフィエルは続けてアンナにも光弾を放った。
だがまたしても、アンナが蹴り上げた座席に空中で炸裂。
さらに粉塵をかき分けて、もう一台の座席がネフィエルを襲った。
傍若無人な攻撃に、ネフィエルは羽が1枚もがれた。
どうだい、と鼻を鳴らすアンナに――
ネフィエルは声を上げて笑った。
「おもしろいね。名を聞こう。」
「アンナ・E・クロニクルっていうの。よろしくね、天使さん。」
アンナは茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる。
「アンナ? もしかして『土竜殺し』のアンナ?」
「あら、有名人ね。」
「なるほど……きみも人類にとっての可能性というわけか……」
「次は『天使殺し』になるかもね。」
ネフィエルはまた顔が裂けたように笑うと、アンナに向けて急降下した。
アンナは銃弾を連射するが、羽に受け止められる。
さらに高速で振り下ろされる羽が、剣撃のようにアンナの頬をかすめた。
二撃三撃と振り下ろされる切っ先を、アンナは後転して避ける。
ノエルが援護射撃をしながら近付いていく。
ネフィエルは光弾を放ってノエルを牽制すると、さらにアンナとの距離をつめた。
アンナはぱっと愛銃から手を離すと、こぶしを突き出す。
ネフィエルは一方の羽でこぶしを受け流し、もう一方をアンナに腰に巻きつけた。
だが――巻きつけた羽が、ぐにゃりとあらぬ方向へ曲がる。
「っ!?」
予期せぬ事態にネフィエルは判断が鈍った。
自由になったアンナの2発目のこぶしが、羽をさらに1枚むしりとった。
両翼から1枚ずつもがれた天使は、ふたたび空中へと舞い上がる。
「っしゃー、2枚目! よっと――」
アンナはくるりと回転して、愛銃を拾い上げた。
そんなアンナを、ネフィエルはじっとりねめつける。
「アンナ大丈夫か!」
ノエルがアンナのもとへ駆け寄った。
「平気、平気!」
まだまだ準備体操だとでもいうように、アンナは肩をぐるぐる回した。
「アンナ――」
先ほどとは打って変わって、冷酷な声に変わるネフィエル。
「きみは――キューブを持っているね?」
「持ってたら、どうだっていうの?」
ネフィエルが光弾を降らせた。
すさまじい破壊力をもつその弾は、避けたところで衝撃に巻き込まれてしまう。
ノエルとアンナは地上をちょこまかと走り続けて、ネフィエルをかく乱する。
片方が狙われればもう片方が撃ち、また一方が狙われれば他方が――とうまく連携していた。
しかし、これでは決め手に欠けている。
ネフィエルの羽はそれほど強固であった。
と、宙に浮かぶネフィエルの背後を激しい銃撃が襲った。
「っ!?」
しかしこの不意撃ちも、羽は防ぎきった。
マラルメが3階のギャラリーから、重機関銃の砲撃を加えたのだった。
それは〈緑の信奉者〉が聖堂内に隠していたものである。
「こざかしい。」
ネフィエルは、マラルメを睨みつけた。
残された2枚の羽では、重機関銃の威力を防ぎ続けることは難しいのかもしれない。
マラルメは勝機とみて、さらに銃撃を加えた。
しかしネフィエルは、慌てることなく天井ぎりぎりまで舞い上がっていく。
聖堂はアーチ状になっており、ギャラリーから死角になってしまった。
「ちくしょう! 降りてきやがれ!」
マラルメが憎々しげに叫ぶ。
「ぼくは巨人族の末裔だって言ったよね。」
聖堂内に響くネフィエルの冷たい声。
ネフィエルは目を閉じて、こうつぶやいた。
「……Delenda est formicae……」
ネフィエルの背から白い影がすうっと広がっていく。
それは巨大な天使の姿をした影で、あっという間に聖堂内を埋め尽くした。
ネフィエルはその手を高く掲げる。すると巨人も腕を振り上げた。
「機械仕掛けの巨人《 Gigant ex machina 》!」
白い巨人がこぶしを大地へ叩きつける。
猛烈な電撃が、大地を駆けた。
「がああっ!!」
「うぐっ!」
ノエルとアンナに逃げ場はなかった。
脳内まで電撃で揺さぶられ、ふたりは倒れた。
扉を死守していたユーリエルも、同じく衝撃にやられて気を失う。
電撃は3階まで届いた。しかし地上に比べればその威力は落ちており、地面に設置していた重機関銃に動作不良を起こさせるに留まった。しかし、それで十分である。
「くっ!!」
マラルメが引き金をひけども、重機関銃が火を噴くことはなかった。
ネフィエルはアンナのそばに降り立った。
そしてポーチから、匣をつまみ上げる。
「……キーキューブ」
そうつぶやくネフィエルに、ティナが叫んだ。
「それはフィバーチェ家の神器です! 返してください!」
身を乗り出すティナを、マラルメは必死に留めようとしている。
「ははは、これはヒトのものではない。」
少年が悪ふざけをしているようなあどけない声のネフィエル。
「返して!!」
「返して、か。ならばこれを誰から授かったのか、フィバーチェ家は覚えているのか?」
「……?」
ネフィエルはキューブを手にふわりと舞い上がり、ティナと目線を同じくした。
「『バグ』が……自然発生的に起こるだと? 人知を超えているからといって、ヒトはその可能性を――放棄したんだ。」
ネフィエルの言葉は、ティナには意味がわからなかった。
ただ、なにかひどくバカにされているように感じて――悔しかった。
「返してください!」
***
…………。
ノエルには辛うじて意識があった。
身体は動かないが、その光景がぼんやりと目に映っている。
ティナとネフィエルの声も聞こえている。
そして目の前に――砂の山が築かれているのも認めることができた。
“おにいちゃんを助けてもいいけど……わたしの『お願い』も聞いてもらうからね。”




