Scene10 巨人《ギガース》なんてさようなら その1
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かつて高地から地下水を引き寄せた、地下水道。
いまではそのほとんどが取り壊されてしまったが――
このエクオフェシスのマラルメの洋館から、ウリザネアウスのガブリエラ聖堂までの小区間のみ、〈緑の信奉者〉は密かに再開通させていた。ウリザネアウスの内と外とをつなぐ、貴重なパイプラインとなっていた。
「ガブリエラ聖堂ってことは、天使ガブリエルの教会ってことだよね?」
湿った地下道を歩きながら、ユーリエルは気乗りしないといった風にぼやいた。
「そうですが……どうかしましたか?」
「ボクは苦手なんだ、ガブリエル。」
ため息の混じるユーリエル。
見るからに憂鬱そうである。
「それは、ユーリが期日を守らなかったからだろ?」
「立場的にはあまり変わらないのにぃ……」
「そうゆうとこ厳しいからな、ガブリエルは。」
まわりからは、まるでガブリエルという名の共通の上司がいるように聞かれただろう。
ユーリエルの真名であるところのウリエルは四大天使であって、ミカエル・ガブリエル・ラファエルとは旧知の仲であった。かつてはともに地上の見回りまで行っていた。
炎の大剣を振り回すなど数々の威光を放っていたウリエルだったが――あるときふいに「ボク、可愛くなりたい」と思い立ち……いまのようになったのであった。
「わたしもよく祖母に叱られました。でも――できないことは糺しようがないですよね?」
なんてティナが共感してくれたが、やはり着地点が少しズレている。
「そうそう、無理無理無理っ!」
しかしユーリエルにはあまり関係がなかったようだ。
「このあたりが国境ですね。」
マラルメが、とくに代わり映えのしない土壁の前で立ち止まった。
「以前はこんなに入国の難しい国ではなかったんです。『再編』以後は国境も曖昧ですからね。ラースが政権を握ってから、大きく変わってしまいました。」
瞳の奥にたぎらせた炎は、この薄暗い地下水道を照らすランタンのごとく、ぎらぎらと燃えていた。
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重たい鉄の天板を開けるとそこは、聖堂の講壇であった。
ステンドグラスを通った七色の光が、荘厳な雰囲気をあたえている。
ざっと二百人がおさまるほどの聖堂である。
祭壇には、天井まで届きそうな巨大なガブリエル像が翼を広げていた。
ここまではっきりと天使の像が造られている教会も珍しい。
教会というのは基本的に偶像崇拝を禁じているので、こうした天使の聖像というものは極めて少ないのである。
「ひっ。」
ユーリエルは小さく悲鳴を上げた。
その像がガブリエルの特徴をよく捉えていたからである。
「いったいどこで見て、こんなの作るんだろうね。」
ぶつぶつ愚痴を吐くユーリエルだったが――
しかしノエルは同意もせずに、聖堂内の一点を見つめていた。
身廊の中央。そこに一人の男の姿がった。
降り注ぐ光の中、男はひざまずいて祈りを捧げている。
マラルメもそれに気がついて、顔を曇らせた。
「おかしいですね――誰も入らないようにしてあるのですが……」
ノエルは、一目見てその男のことがわかった。
その男は――同業者だった。
雪のように白い髪。日に当たったことがないかのような白い肌。柔らかそうな白のロングコートを羽織り、そのうえ痩身であるので、まるで長年隔離されている精神病患者とも思われた。
その男がにいっと笑うと、淡いピンクの唇はその血色の良さから、顔が裂けたような印象をあたえる。
「天使か……」
男の声が、聖堂内にこだました。
「だれだ、貴様は!」
威勢のいいマラルメが食ってかかる。
「ネフィエル。それがぼくの名だよ。」
肌にひりつくような緊張感に聖堂内が満たされていく。
「ラースの刺客か!」
マラルメはさらに語気を荒くした。
「ラースは、ぼくのともだちだよ。」
ネフィエルの周囲に風が巻き起こった。
するとゆっくりと、ネフィエルは宙に浮かび上がる。
「!?」
「ヒトはおもしろいね。『神の遺物』からこんなものを作り出すなんて。」
それはネフィエルが腰に装着していた武装外骨格のなせる業であった。
武装外骨格から圧縮された空気を噴出させて、浮かび上がっていたのである。
「もっとも――これには少し細工がしてある。」
腰の武装外骨格から赤茶けた筋が幾本も、ネフィエルの背中へ伸びてゆく。
やがてそれはコートを突き抜けると、空中へ4枚の羽を描き出した。
宙に浮かぶネフィエルに、七色の光が交錯する。
その荘厳なる姿は、まさに天使であった。
「まさか――」
天使とはいえ、地上では力の行使が制限されている。
その法則は絶対であり、超えることのできない壁である。
だが地上ではまた、理解を超えた『不具合』という現象も起こる。
そうした現象を、人々は『バグ』と呼んでいる。
「『バグ』を――操っているのか?」
驚きを隠せないノエル。
以前、酒場の店長が『バグ酒』を作り出していたが、あれは薬を使ったドーピングであった。
しかしこれは、紛れもない『バグ』である。
いまだ予期すらできない超常現象を、ネフィエルは制御し、支配しているというのだろうか。
と、ティナががくがく震えながら、ノエルの袖をつかんだ。
「ノエルさん……間違いありません……村を襲ったのは、この天使です……」
か細い声をしぼり出すティナ。
「そうらしいな……」
ノエルはそんなティナの肩をぐっとつかんで――抱き上げた。
ネフィエルが右手を祭壇の像へとかざしていた。
4枚の羽根がパチパチと電光を発っている。
「みんな走れっ!」
ノエルが叫ぶと、みな一斉に祭壇から離れた。
直後、ネフィエルの手から発せられた光弾が、ガブリエル像に炸裂した。
「きゃあっ!」
ティナがノエルの胸の中で叫ぶ。
巨大な石像は崩れ落ち、衝撃が聖堂を激しく揺さぶった。
「ったく、なんなのよ。」
理不尽な攻撃に、アンナが苛立つ。
ネフィエルはふわりと、破砕した像に降りてきた。
「ボクは巨人族の子孫でね。ガブリエルは嫌いなんだ。」
像の残骸に手を伸ばして、優しく撫でるネフィエル。
「彼らのせいで巨人族は排斥されてしまったんだ。」
またしてもネフィエルは、耳元まで裂けているのではないかと思われるような、怪しい微笑みを見せる。
これを聞いたユーリエルは――動揺していた。
(そのとき……ボクもそこにいたんだけどなあ……ま、黙っておこ。)
たしかにガブリエルは神から巨人族の根絶を命ぜられた。
しかし堕落した巨人族の醜態を神へ報告したのは、見回りをしていた四大天使たちである。
それによって、巨人族は大洪水に見舞われ、一掃されたのだった。
「とんだサイコ野郎が来たわね、ノエル。」
「ああ、そうだな。」
ネフィエルと対峙するように、ノエルとアンナが立っていた。
アンナはすでに二挺拳銃を構えて臨戦態勢に入っている。
ノエルもH&Gを引き抜いた。
だが――
ノエルは試しにネフィエルに向けて撃ってみる。
ネフィエルの羽が自動障壁のように素早く動いて、銃弾をはたき落としてしまう。
しかし、いつもの『奇跡』は、起こらなかった。
「やっぱり効かねえか。」
贖罪の羊は罪を犯した者、またその罪を逃れた者にしか通じない。
存在そのものが『聖』である天使には、そもそも罪などという概念がないので、その効力は発動しようがないのである。
どうやらネフィエルも『天使』であることに間違いないらしい。
「ノエルの幸運も尽きたのかしら?」
「アンナの幸運に賭けるよ。」
アンナはにこりと笑うと同時に、駆けだした。
ネフィエルに射撃しながら距離をつめてゆく。
ネフィエルはふわりと舞い上がった。
4枚の羽がくねくねと動いて、すべての銃弾を受け止めていく。
ノエルは後退して、ティナたちに近付いた。
「ここはおれたちでなんとかする。逃げろ。」
「できません!」
「狙いはティナだ。」
「わたし、もう逃げたくないんです!」
巫女の村がネフィエルに襲われたとき、自分だけが生き延びたという罪の意識が、ティナから逃げるという選択を奪っていた。
だが、窓外に目を向けたマラルメが叫ぶ。
「ダメです。囲まれています!」
聖堂は政府軍の一団に取り囲まれていた。
「くそっ! ユーリエル、扉を守ってろ!」
「あいあいさー」
ユーリエルの術が展開されて、入口扉のみならず、聖堂は固く閉ざされた。
天使の力は抑えられているとはいえ、ユーリエルにもこれくらいのことならば可能であった。
これで外部から侵入されることはなくなった。
「ティナ、こっちだ。」
マラルメがティナの手を引いて、ギャラリーへと上がる階段へ走り込んだ。
が――ネフィエルはすでに羽を光らせていた。
ティナの背中に向けて、光弾が放たれる。




