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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene9 関所《ハードル》なんてさようなら その2

  ***


「ったく、なに考えてんだ。」

 ウリザネアウスへの潜入方法を探るために、二手に分かれて情報収集をしようということになったのだが――

 アンナたちは華麗にサボタージュを極めていた。

「長旅だったんだから、遊びがあってもいいと思うのよねえ。」

 ここはクリプタから、はるか北の大地。

 車を飛ばし続けて5日。

 各所で宿泊したとはいえ、疲労ストレスも溜まっていた。

「すみませぇぇぇん……」

 ティナは申し訳なさからか、後ろからとぼとぼと着いてきている。

「ティナちゃん、はぐれないようにね~」

 とユーリエルが声をかける。

 すでに寒冷地用の衣服は買い込んだので寒さはしのげているが、白く立ち上る吐息と、頬を刺す風から、この地の厳しさがうかがえた。

「入管通るには、手形がいるんだってよ。」

 と話すが、アンナは「ふうん」とあまり興味がないようだ。

 だったら押し通ればいい、くらいに考えているのかもしれない。

 もしくは砂蟲ミズカの空間変異の力を借りれば、関所の通過もできるだろうが――ミズカの業務はあくまで『監視』なのだそうである。

 とはいえこの5日間、道中や寝込みを賊に襲われなかったのはミズカのおかげであった。『監視』のためなら問題トラブル回避も許されるのだろう。『監視』という名目は、ミズカのさじ加減ひとつであるようだ。

 しかし手形といっても――ティナが入国するためには偽造物でも用意しなければ、その場で拿捕されてしまうだろう。関所にラースの手が回っていないとは考えにくい。


「きゃっ!」


 どさっ、と雪に倒れる音がした。

 ノエルが振り返ると、道路沿いに積み上げられた雪山にティナがダイブしていた。

「すみません! 急いでいたもので!」

 ぶつかった青年が、雪に埋もれたティナを慌てて助け起こしにかかる。

 倒れたティナのほうは別段怪我もないようで、すぐに起き上がった。

「いえ、わたしもぼーっとしていて。――あっ」

「へ? なにか――あっ」

 ふたりはたと顔を見合わせた。

 互いに記憶と一致する相手を手繰りあてて――声を上げる。

「マメくん!?」

「ティナ!!」

 ティナは目を丸くした。

 マメと呼ばれた青年も感極まって、ティナに抱擁した。

「ちょ、ちょっとマメくん!」

 ティナは恥ずかしさから、青年を突き飛ばした。

 どさっ、と今度は青年のほうが雪山に尻もちをつく。それでもめげずに、青年は話を続けた。

「ラジオでティナの声を聞いて、まさかと思って出てきたんだ!」

「え、そうなの?」

 ティナは、自分の声が多くの人に聞かれたという気恥ずかしさから、赤面した。

「ティナ、知り合いか?」

「はい、同級生です。」

 青年は立ち上がって、帽子を脱いだ。

「はじめまして。マラルメ・ビッグラムです。」

「おれは――」

 とノエルが挨拶を返そうとしたところで、マラルメが遮った。

「ここでは人目に着きます。場所を変えましょう。」

 そういうと、マラルメはまた帽子を被った。

 周囲に怪しい人物がいないことを確認してから、

「こちらです。」

 と慣れた足取りで雪道を歩いていく。


  ***


「お待たせしました。」

 人数分の紅茶を持ってマラルメが入ってきた。

 ここはマラルメに案内された洋館の一室。

 暖炉には火が煌々と燃えているので、室内はとても温かかった。

 マラルメは紅茶をテーブルに並べて、みなに勧める。

「ここはぼくの別荘なんです。どうぞゆっくりしていってください。」

「悪いが、そうも言ってられないんだ。」

 ノエルは右手に巻き付けていた包帯を解いた。

 さらに上着を脱いで袖をまくる。

 すでに鱗が右腕を覆い尽くしていた。

「これは……冥魚――」

 マラルメは息を呑んだ。

 ティナの術によって痛みは抑えられているが、全身に回るのも時間の問題である。

 痛みがぶり返す間隔も、日に日に短くなっていた。

「では手早くお話ししましょう。ウリザネアウスに入りたいのですよね。」

「ああ。」

「任せてください。本国まで無事に送り届けます。」

 自信たっぷりのマラルメだが、ティナは不安そうである。

「マメくんにそんなことできるの?」

 ティナの記憶の中のマラルメは、あまり頼り甲斐がなかった。

 背も小さく泣き虫で、そのくせ強がりだったから、上級生からもいびられていた。

 親が資産家で裕福な家庭だったというのも、目をつけられる一因であった。

「ぼくはいま〈緑の信奉者〉にいるんだ。」

 そういうとマラルメは誇らしげに、両手を自分の胸に当てる独特のポーズをした。

「そうだったんだ……」

 ティナはもどかしい顔をして、うつむいてしまう。

 〈緑の信奉者〉とは、政府軍に対抗する反乱軍(レジスタンス)である。

 泣き虫だったマラルメでさえも、革命の獅子に変えてしまうほどの事態が、いまウリザネアウスを襲っている。その事実が、ティナを少しく苦しめたのだった。

「必ず、われわれがあなたがたをウリザネに引き入れてみせます。」

「ああ。」

 ノエルは右手を出そうとしたが、鱗だらけなので止めておいた。

 代わりにユーリエルが、マラルメと熱い握手を交わした。

「よろしくぅ!」

「ところで……ここまで来たということは、ラースに対抗する秘策がおありになるのですよね? よかったらぼくにも教えていただけませんか?」

 マラルメは青年らしい透んだ瞳でノエルを見つめた。

 しかしノエルは――どんよりと濁った瞳で返した。

「ま、まあな。」

 ……『秘策』など……ない。

 そこにはアンナの『まあ、なんとかなるでしょ。とりあえず行きましょ。』という軽さしかなかった。

 沈黙するノエルに、しかし青年の色眼鏡は、

「やはりぼくのような下っ端では話になりませんね。是非われわれのリーダーに会っていただきたい。彼ならきっと、話す気になるかと思います!」

 と逆に奮起していた。

「お、おう。」

 ノエルは、その場を濁すのが精一杯であった。

『ダメだったら、ぶっとばせばいいのよ。』

 どうしてそんな言葉に乗せられてここまで来たのか、自分でもよくわからなかった。


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