Scene9 関所《ハードル》なんてさようなら その2
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「ったく、なに考えてんだ。」
ウリザネアウスへの潜入方法を探るために、二手に分かれて情報収集をしようということになったのだが――
アンナたちは華麗にサボタージュを極めていた。
「長旅だったんだから、遊びがあってもいいと思うのよねえ。」
ここはクリプタから、はるか北の大地。
車を飛ばし続けて5日。
各所で宿泊したとはいえ、疲労も溜まっていた。
「すみませぇぇぇん……」
ティナは申し訳なさからか、後ろからとぼとぼと着いてきている。
「ティナちゃん、はぐれないようにね~」
とユーリエルが声をかける。
すでに寒冷地用の衣服は買い込んだので寒さはしのげているが、白く立ち上る吐息と、頬を刺す風から、この地の厳しさがうかがえた。
「入管通るには、手形がいるんだってよ。」
と話すが、アンナは「ふうん」とあまり興味がないようだ。
だったら押し通ればいい、くらいに考えているのかもしれない。
もしくは砂蟲の空間変異の力を借りれば、関所の通過もできるだろうが――ミズカの業務はあくまで『監視』なのだそうである。
とはいえこの5日間、道中や寝込みを賊に襲われなかったのはミズカのおかげであった。『監視』のためなら問題回避も許されるのだろう。『監視』という名目は、ミズカのさじ加減ひとつであるようだ。
しかし手形といっても――ティナが入国するためには偽造物でも用意しなければ、その場で拿捕されてしまうだろう。関所にラースの手が回っていないとは考えにくい。
「きゃっ!」
どさっ、と雪に倒れる音がした。
ノエルが振り返ると、道路沿いに積み上げられた雪山にティナがダイブしていた。
「すみません! 急いでいたもので!」
ぶつかった青年が、雪に埋もれたティナを慌てて助け起こしにかかる。
倒れたティナのほうは別段怪我もないようで、すぐに起き上がった。
「いえ、わたしもぼーっとしていて。――あっ」
「へ? なにか――あっ」
ふたりはたと顔を見合わせた。
互いに記憶と一致する相手を手繰りあてて――声を上げる。
「マメくん!?」
「ティナ!!」
ティナは目を丸くした。
マメと呼ばれた青年も感極まって、ティナに抱擁した。
「ちょ、ちょっとマメくん!」
ティナは恥ずかしさから、青年を突き飛ばした。
どさっ、と今度は青年のほうが雪山に尻もちをつく。それでもめげずに、青年は話を続けた。
「ラジオでティナの声を聞いて、まさかと思って出てきたんだ!」
「え、そうなの?」
ティナは、自分の声が多くの人に聞かれたという気恥ずかしさから、赤面した。
「ティナ、知り合いか?」
「はい、同級生です。」
青年は立ち上がって、帽子を脱いだ。
「はじめまして。マラルメ・ビッグラムです。」
「おれは――」
とノエルが挨拶を返そうとしたところで、マラルメが遮った。
「ここでは人目に着きます。場所を変えましょう。」
そういうと、マラルメはまた帽子を被った。
周囲に怪しい人物がいないことを確認してから、
「こちらです。」
と慣れた足取りで雪道を歩いていく。
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「お待たせしました。」
人数分の紅茶を持ってマラルメが入ってきた。
ここはマラルメに案内された洋館の一室。
暖炉には火が煌々と燃えているので、室内はとても温かかった。
マラルメは紅茶をテーブルに並べて、みなに勧める。
「ここはぼくの別荘なんです。どうぞゆっくりしていってください。」
「悪いが、そうも言ってられないんだ。」
ノエルは右手に巻き付けていた包帯を解いた。
さらに上着を脱いで袖をまくる。
すでに鱗が右腕を覆い尽くしていた。
「これは……冥魚――」
マラルメは息を呑んだ。
ティナの術によって痛みは抑えられているが、全身に回るのも時間の問題である。
痛みがぶり返す間隔も、日に日に短くなっていた。
「では手早くお話ししましょう。ウリザネアウスに入りたいのですよね。」
「ああ。」
「任せてください。本国まで無事に送り届けます。」
自信たっぷりのマラルメだが、ティナは不安そうである。
「マメくんにそんなことできるの?」
ティナの記憶の中のマラルメは、あまり頼り甲斐がなかった。
背も小さく泣き虫で、そのくせ強がりだったから、上級生からもいびられていた。
親が資産家で裕福な家庭だったというのも、目をつけられる一因であった。
「ぼくはいま〈緑の信奉者〉にいるんだ。」
そういうとマラルメは誇らしげに、両手を自分の胸に当てる独特のポーズをした。
「そうだったんだ……」
ティナはもどかしい顔をして、うつむいてしまう。
〈緑の信奉者〉とは、政府軍に対抗する反乱軍である。
泣き虫だったマラルメでさえも、革命の獅子に変えてしまうほどの事態が、いまウリザネアウスを襲っている。その事実が、ティナを少しく苦しめたのだった。
「必ず、われわれがあなたがたをウリザネに引き入れてみせます。」
「ああ。」
ノエルは右手を出そうとしたが、鱗だらけなので止めておいた。
代わりにユーリエルが、マラルメと熱い握手を交わした。
「よろしくぅ!」
「ところで……ここまで来たということは、ラースに対抗する秘策がおありになるのですよね? よかったらぼくにも教えていただけませんか?」
マラルメは青年らしい透んだ瞳でノエルを見つめた。
しかしノエルは――どんよりと濁った瞳で返した。
「ま、まあな。」
……『秘策』など……ない。
そこにはアンナの『まあ、なんとかなるでしょ。とりあえず行きましょ。』という軽さしかなかった。
沈黙するノエルに、しかし青年の色眼鏡は、
「やはりぼくのような下っ端では話になりませんね。是非われわれのリーダーに会っていただきたい。彼ならきっと、話す気になるかと思います!」
と逆に奮起していた。
「お、おう。」
ノエルは、その場を濁すのが精一杯であった。
『ダメだったら、ぶっとばせばいいのよ。』
どうしてそんな言葉に乗せられてここまで来たのか、自分でもよくわからなかった。




