第33話 オルソ君との再会
「これってストレートフラッシュよりも上なんですか?」
テーブルの上に開いたルーナのカードは10、11、12、13、1のストレートにすべてハートだった。
もちろん、ジャック、クイーン、キングの絵柄も揃っていた。
《ロイヤルストレートフラッシュ》
ポーカーの最高得点だ。
なおもルーナは小首をかしげた。
「でも、レベッカさんに教わったのは、数字がストレートでダイヤ、スペード、ハート、クラブなどのマークが全部同じなのがストレートフラッシュだと。これ、絵柄が入ってるから、ハズレだと思った……」
レベッカはハッとした。
ーーそうだった。ルーナにポーカーの役を教えるとき、ストレートフラッシュは教えたけど、ロイヤルストレートフラッシュは教えなかった。だって、あんな確率の悪い奇跡の役なんて絶対に来ないと思ったから……でも、来た!
カンデラ夫人が首を振った。
「これは、インチキよ。ど素人のあなたにそんなに都合よく幸運が舞い降りるわけがないわ。【聖女様の加護】を使ったわね」
カンデラ夫人は憎々しげにルーナを睨んだ。まるでそこにいるのが聖女様ではなく、汚物を見るような目つきだった。
「私、女神様に何も頼んでいません。ほんとです」
「嘘だ! この勝負は無効だ。認めません。もしあなたの言ってることがほんとうだったとしても、きっと女神様が"忖度"して勝たせたのよ」
《いいえ、私は忖度はしていません。ルーナは私の加護を断ったのです》
上の方から女の声がした。
みんなの視線が天井に向いた。
キラキラと黄金色の光線が降り注いだ。
眩しいだけではなく、温かみのある光だった。
光の中から女神像そのものの姿が現れた。それが静かに床に降り立った。
──女神様の降臨であった。
ルーナ以外、女神様を目視した人間はいなかった。
カンデラ夫人は唖然としていた。
「女神様……本物の女神様ですか?」
《はい。女神です》
女神様の背後に扇型のオーラが煌めいていた。
その神々しい姿にこの部屋の人々は呆気にとられた。
人ではない存在、女神様の登場で、カンデラ夫人は目を輝かせた。
「め、女神様、お願いがあります。聞いてもらえますか?」
《世界征服の野望は、この勝負に負けたので叶えるわけにはいきません》
「いえ違う、違うんです。あれは私を大きく見せるためのブラフです。私がほんとに願ってることは、赤ちゃんです!」
──赤ちゃんが欲しいんです!!
喉奥から絞り出す声に、カンデラ夫人の必死さが垣間見られた。
カンデラ夫人が床に両膝をついた。
「どうか、夫の赤ちゃんを授からせてください。お願いします」
カンデラ夫人は床のカーペットに額をこすりつけた。
「……お前、こんなところで」
とシルヴェーニ公爵が夫人の腕を掴んだ。夫人はその手を払いのけた。
「慈悲深い女神様なら私を助けてくださるわよ! そうですね女神様」
カンデラ夫人は必死の形相だった。
《それならば、今回のポーカーの勝負でなぜ"世界征服"などとのたまったのですか? 素直に赤ちゃんが欲しいと言えばよかったのです》
「……私が赤ちゃんを産めないことを、隠したかったからです。勝負の前に弱みを見せるのは相手に舐められるからできません。私がとんでもない悪女、ひどい女だと印象づけるのが、ポーカーの心理的優位を得る手段なのです」
《それで悪女を演じていると?》
「……はい」
カンデラ夫人の横にシルヴェーニ公爵が並んでひざまずいた。
「彼女は五年前に流産して以来、子供の産めない体になりました。でも彼女は私の子供を持つことを諦めていません」
《それで、レベッカに近づいて赤ちゃんを産ませようとしたのですね》
シルヴェーニ公爵の顔色が変わった。オロオロしていた。
レベッカは仰天していた。
ーーえっ、なによ今の話は……だってシルヴェーニ公爵は奥様の横暴な性格が苦手で別れたいと私に言ってたじゃない。離婚したら一緒になるって、あれは真っ赤な嘘だったわけ?
「私は夫を愛しています。赤ちゃんが産めない私は、夫の血筋をこの世に残すことが使命だと思ったのです。私以外の容姿の優れた貴族の若い女に、夫の赤ちゃんを産ませて、略奪するつもりでした。その為にレベッカに近づくように夫に進言したのです」
カンデラ夫人が真相を告白した。
その言葉を聞いてレベッカの心臓が早鐘のように打った。興奮して息が詰まりそうになった。
ーーわ、私に赤ちゃんを産ませて略奪するつもりだったと! ひどい、ひどすぎるわ!!
レベッカはシルヴェーニ公爵を睨みつけた。怒り心頭で上気して顔が真っ赤になっていた。
レベッカの視線に気づいたシルヴェーニ公爵は顔を伏せた。
《ポーカー勝負に負けたあなたに加護は降りてきません》
そう言って女神様の姿が、花火のように炸裂して消えてしまった。
「うあああ──、行ってしまった。唯一のチャンスだったのに……」
うなだれるカンデラ夫人の肩をシルヴェーニ公爵が抱いた。
「ルーナがポーカー勝負に勝ったのよ。カンデラ夫人、わかってます」
レベッカが言った。
「……ポーカーの約束は守ります。『赤い薔薇の天国』の権利書はすぐに渡します。夫とも離婚します」
「嫌だ! 俺は別れないぞ!!」
突然シルヴェーニ公爵が叫んだ。
「俺が愛してるのは、カンデラだ! 彼女以外は愛することができない」
「あなた……」
シルヴェーニ公爵がレベッカに頭を下げた。
「どうか離婚だけは容赦してください。俺は……レベッカを愛していない。あわよくばレベッカに赤ちゃんを産ませるつもりだったけど、それもカンデラのためだ。俺がこの世界で唯一愛してるのはカンデラだ! 俺が悪いのは重々承知だ。それでも……許してください」
その言葉で、何かがレベッカの心の中で弾けた。今の今まで愛していたシルヴェーニ公爵が、薄汚いドブネズミのように見えてしまった。
レベッカの心が完全に冷めた。
「いいわ。別れましょう」
レベッカはきっぱり言った。
「但し、これは貸しにします。いつか絶対に返してもらいますから」
「……分かった」
シルヴェーニ公爵とカンデラ夫人はホッとした顔をして、お互い顔を見合わせた。取り憑かれた悪夢が祓われたようなスッキリした表情だった。
◇
──あれから五年が経った。
王都郊外のアンドレイニ伯爵邸。
居間にはレベッカとアンドレイニ伯爵夫婦、ルーナとオザンナ、それに隣国アルテミオス王国の親衛隊長ルーベンがいた。
みんなそれぞれソファに座って和気あいあいと話が弾んでいた。
「準備ができました。時間です」
執事が居間のみんなに告げた。
その言葉でレベッカとルーベンが腰を上げた。
「それじゃ、私は偽聖女として【アルテミオス王国転換計画】を実行するわ。ルーナ、聖女様の加護をお願いするわね」
「あっ、大丈夫です。レベッカさんは女神様に愛されてますから」
「ほんとなの?」
「はい。ルーベンさんと出会えたのも女神様の加護ですね」
「それ"聖女様の加護"でしょ? ねぇルーナ」
とレベッカがねっとりした口調で言った。
「ウ〜ン、どっちでもいいです。私は気にしませんから」
ルーナはにっこり笑った。
「ルーナも腹黒いわね。悪役令嬢らしくなったような」
「あっ、まだまだです。ルーナを悪役令嬢に育てるのは、私の役目ですから」
オザンナがきっぱり言った。
(うちは貧乏貴族だから、ルーナから貰えるお給金がなくなるわけにはいかないわ。ルーナには悪役令嬢になってほしいけど、じわじわとゆっくり成長してほしいな。うちの経済状態を助けるために。あっ、これってルーナにとってはひどい裏切りかもしれないけど)
アンドレイニ伯爵一家とオザンナは、玄関先でルーベンの部下たちが乗り込んだ馬車が出て行くのを見送った。
ルーベンとレベッカが最後の馬車に乗った。アルテミオス王国に向かって出発した。
馬車の窓からレベッカが顔を出して手を振った。
「ルーナ、何かあったらオザンナに相談するのよ!」
「はーい。わかってます」
馬車は行ってしまった。
オザンナは最後のレベッカの言葉が頭から離れなかった。
(私、レベッカさんにそこまで信頼されていたの? ぜんぜん気が付かなかった。ルーナって私に"悪役令嬢になりたい"って相談してくれて、それから仲良くなった。おかげでボッチの私に友達がいっぱいできた。でも、よくよく考えたら、これも聖女様の加護なんだろうか?)
「ねぇルーナ」
「うん、何?」
「あのさ、久しぶりにオルソ君に会いたいよ」
「うん、オルソ君も喜ぶよ絶対」
ガォォォ──!
森の深い茂みをかき分けて現れた巨体の熊。
バンザイするように両手を上げて威嚇した。
しかしルーナとオザンナを確認するとすぐに大人しくなった。
「こんにちは、オルソ君」
オザンナはちょっとびびりながらも笑顔を見せた。
熊はオザンナに、いきなり覆いかぶさった。
はたから見には襲われたようにみえたが大丈夫。オザンナの顔を舌でペロペロ舐めまくった。
「オルソ君、くすぐったいよ」
「うん、オルソ君はオザンナが大好きなんだ。私もだけど」
「ううん、私もルーナとオルソ君がだーいすき。ほんとだよ」
「そんなこと、前から知ってるから」
ルーナが照れながら言った。
オルソ君が四つん這いになってルーナとオザンナがその背中に乗った。
「出発進行、秘密基地の花畑に!」
ルーナがオルソ君に命令した。
オザンナはルーナの腰に両手を回した。
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