第32話 ストレートフラッシュ
「ルーナが勝ったら《赤い薔薇の天国》の権利をもらうわ。私があなたに代わって共同オーナーになる。それ……シルヴェーニ公爵と離婚してください」
レベッカが言った。
「いいわ。レベッカが共同オーナーになるのは、ちょっと面白いわね。私と違って高級娼館が似合いそうだもの」
カンデラ夫人の皮肉に、レベッカのこめかみの筋がピクついた。
「それと対面勝負にする。素人のルーナに集団戦はハンデだから」
「よし、それでいきましょう。ファイブカードドローでやります」
レベッカはけげんな顔をした。
――ファイブカードドロー? さっきやったテキサスホールデムではなく、ファイブカードドローを選択したのか。なぜだ。何か理由があるはずだ……
「難しいルールは、この子には無理でしょ。誰もが知ってる家族ゲームのポーカーで決めるのが、一番この場にふさわしいと思うわ。ルーナさん、いいですよね」
「あ、はい。それでいいです」
「それではディーラーはロメーオ男爵にやってもらいます。それから念には念を入れますが、【女神様の加護】をポーカーで使わないこと。使った場合は反則として失格にします」
「でも【女神様の加護】だとどうしてわかる? 黙ってたらわからないだろ?」
ロメーオ男爵が言った。
「ルーナさん、あなたは聖女様ですよね」
「……はい、そうです」
「聖女様がイカサマをするのは、いけないことです。そもそも高級サロンといっても実体はポーカー賭博場。そこにのこのこ聖女様が乗り込んでくるのが、けしからんのです!」
カンデラ夫人は語気を強めた。
その迫力たるや、凄まじかった。
カンデラ夫人の剣幕に、ルーナの顔がこわばった。
ルーナはここまで怒られた経験がなかったので、戸惑っているようだ。
レベッカはやられたと思った。
――しまった。これは心理戦だ。勝負の前に動揺させて運気を剥がす算段だ。ルーナは女神様に愛されてる。けれど、本人が動揺したら女神様の声も聞こえなくなるに違いない。
「絶対に女神様の加護は使わないでください。誓いますか?」
ルーナは右手を上げた。
「誓います。女神様の加護は使いません」
「よろしい」
ルーナとカンデラ夫人がポーカーテーブルで対面に座った。
ロメーオ男爵が新品のカードを紙箱から取り出してシャッフルした。
「あのーカンデラさん、この勝負に勝ったら女神様の加護を一回使うんですね。何に使うつもりですか?」
ルーナが質問した。
しばらく考えて、カンデラ夫人が答えた。
「そりゃ世界征服よ。大陸各国を攻略して統一国家を作ってその国の女王に君臨する」
「お前……まさか」
カンデラ夫人の夫シルヴェーニ公爵が驚いて目を見開いた。
「本気なのか?」
「ねぇ聖女様? これは可能かしら」
カンデラ夫人がルーナに聞いた。
「はい、可能です。女神様の加護に制限はありません。でも……」
「でも?」
「私が勝つから無理だと思います」
ルーナはにっこり笑った。
ロメーオ男爵は慣れた手つきでカードを双方に五枚ずつ配った。
ルーナはカードを覗いて破顔した。嬉しくてたまらない顔をした。
カンデラ夫人は目を細めた。
(この子は嘘をつけない。実直というか馬鹿なのか……でもやりづらい。ポーカーフェイスという言葉があるくらい、相手に手の内を見せないようにプレイヤーは頑張るのに、いっさい駆け引きなしで無邪気に振る舞う。……嫌な感じがする。私は相手の癖を読むのが得意だ。対面ならではの強みとして、相手の目線、表情、呼吸、チップを賭けるスピードなどの物理的な反応から手札の強さを推測するけど、ルーナにはそんなものいらない。顔にすべて描いてあるじゃないか)
「フォールド」
カンデラ夫人は一回目の勝負を降りた。
「勝ちました!」
ルーナは手札をテーブルの上に広げた。
ワンペアだった。
立って観戦していたシルヴェーニ公爵がびっくりしていた。
カンデラ夫人がカードを睨めつけた。
(はっ、何だこの子は? ワンペアであの喜びようは……もしかして、無邪気さはフェイク? 油断をさせるための演技かもしれない)
カンデラ夫人は訝しむようにルーナを見た。
ルーナは平然とした顔。
「女神様の加護は……」
「使ってません。使ってたらもっとすごい役になってます」
(……確かにそうだ。しかしワンペアであの喜びようは何だ? 天然なのか、やっかいだな。こんな相手は初めてだ)
「あのー、めんどうなので次の勝負にオールインします」
(この馬鹿! まだカードを配ってないのに何いってんのよ)
「駄目ですか?」
「いや、ルール的に何も問題ない。でも本気なの?」
「はい」
ルーナは口角を上げた。
(不思議だ。私に対して嫌悪感を持ってないように見える。なぜだ。ルーナの大切なお姉様のレベッカを高級娼婦に落とした女だぞ。普通ならば怒り心頭のはずなのに……)
ロメーオ男爵が無言で手札を配った。
(いい手札だ)
カンデラ夫人はルーナの表情を見た。先ほどと違って沈んだ表情だ。よほど手札が悪かったのか、戸惑った表情をしている。
ルーナはカンデラ夫人のことをいっさい見なかった。
(もしかして、そもそもポーカーが相手の表情や仕草を読むゲームだということを理解できていないのかもしれない。だとしたら、この子はカモだ。そりゃ王宮で王子以上に大切にされた存在。世の中が"悪意"で動いていることが想像もできないだろう。その悪意の集大成が、私カンデラなのよ)
「オールインするんじゃなかったの?」
「あのー、……やっぱりしなくちゃ駄目ですか?」
カンデラ夫人が冷めた声で言った。
「自分で言ったことでしょ。私もオールインするわ」
カンデラ夫人はチップの山をテーブルの中央に押し出した。
それでルーナも複雑そうな顔でチップの山を押し出した。
「──私の勝ちよ」
カンデラ夫人が手札をオープンにした。
数字は1、2、3、4、5。
しかもすべてスペードの絵柄だった。
《ストレートフラッシュ》だった。
ルーナは愕然とした。
信じられないという表情だ。
「フフフ、私の勝ちね。さぁ、あなたのカードを見せなさいよ」
ルーナは伏せたカードをオープンにした。
絵柄が三枚に数字が二つ。
10、11、12、13、1。
しかもすべてハートだった。
10はハートの10。
11の絵柄はジャック。
12の絵柄はクイーン。
13の絵柄はキング。
そしてハートの1が綺麗に並んでいた。
「これってもしかして……」
ルーナが首をかしげた。
「ロイヤルストレートフラッシュよ!」
レベッカが叫んだ!




