第31話 完敗
「俺が立会人? そいつはなぜだ」
ポーカー部屋に入ったのは、五人。こじんまりとした部屋の壁一面には金糸の縁取りのタペストリーが飾られていた。中央の四角形のテーブルは千年樹の黒檀。その上に緑色のフェルトが敷かれていた。
部屋の奥にソファとアームチェアがあった。レベッカにルーナ、カンデラ夫人とシルヴェーニ公爵に、ロメーオ男爵がテーブルの前に来た。
「今回は代打ちありにする。朝まで休憩なしでポーカーゲームを始める。席を外すときは、代打ち人としてロメーオ男爵が席に就く算段だ」
カンデラ夫人が言った。
「俺、どちらの味方もしないぜ。代打ちは無様に負けるような賭けはできない」
とロメーオ男爵。
「だから適任なんですよ。ロメーオ男爵なら一方に片寄ったりしないから。みなさんいいですか?」
「問題ないわ」
レベッカが言った。
ルーナが右手を上げた。
「それじゃさっそくですが、ロメーオ男爵に代打ちをお願いします」
「えっ、ルーナ……」
レベッカが驚いた目でルーナを見た。
「さっきからちょっと眠くて眠くて……仮眠させてもらいます。ふうぁぁ~」
ルーナの瞼が今にも閉じそうだった。
「それじゃすみません」
ルーナは壁際のソファで仰向けに体をあずけた。
スースー。
あっという間に静かな寝息を立てた。
レベッカは凍りついた。
――な、なんでこんな大事なところで寝るのよ。ここ一週間、ポーカーゲームの特訓をしたじゃない。打ち合わせしたよね。睡眠時間を削ったのが失敗だったのか。あー、こんなんじゃカンデラ夫人に勝てっこないじゃない。
カンデラ夫人がポーカーフェイスのレベッカを見てにこやかに笑った。
「あら仕方ないわね。おこちゃまには、徹夜の勝負は荷が重すぎるわよ、レベッカさん」
「それはどうかしら。勝負は終わるまでわからないわ」
「では、ここで特別ルールを追加します」
「特別ルール? そんなの聞いてない」
「アンフェアはあなたも嫌いよね」
「そりゃそうよ。ポーカーでカードをすり替えたり、傷をつけて暗記するのは禁止。イカサマは論外。そんなことわかってるわ」
「──なら」
カンデラ夫人はルーナが横になったソファに近づいて、メガネと黒髪のウィッグを外した。眩い金髪があらわになった。
「えっ、黒髪はウィッグだったのか?」
ロメーオ男爵が素っ頓狂な声を上げた。
「この子はルーナ、聖女様よ」
「まさか」
「まさか」
ロメーオ男爵とシルヴェーニ公爵が同時に同じ言葉を発した。お互いの顔を見合わせた。
「信じられない。聖女様は王宮にいるとばかり……」
シルヴェーニ公爵が呟いた。
「今回の追加ルールは、《女神様の加護》は禁止ということにします。聖女様であられるルーナ嬢には参加資格なしということでいいですね、レベッカさん」
「わかった……」
――これはやばい。それにしてもなんでこんな大事なときにルーナに眠気が……もしや控室でルーナが口にした紅茶に薬を入れたのか? カンデラ夫人なら……あり得るか。
レベッカはカンデラ夫人を睨めつけた。
カンデラ夫人は薄ら笑いをした。
「さぁ席につきましょう。朝まで最高の勝負をいたしましょう」
ルーナは夢を見ていた。
大きくなったオルソ君の背中に乗って森の中を闊歩する夢。
自分の背中に誰かがひっついて腰に両手を回していた。
ルーナはその子が大好きだ。
だから森の中の秘密の場所、ぽっかり開いた花畑に連れて来たのだ。
彼女は信じられないという表情をした。
彼女と一緒に、横になったオルソ君をソファ代わりにして体をあずけた。
目の前の色とりどりの花々。
目線を上に向けると青空とぽっかり浮かんだ雲。
鼻腔をピクつかせた。芝生の青臭い匂いと花のかぐわしい匂いが混ざり合っている。
隣の彼女も緊張が解けてリラックスしていた。
彼女の風で流れる黒髪と横顔を見つめた。
私と瓜二つの女の子。
初めて出来た親友──オザンナとの幸せなひとときだった。
(ルーナ、起きなさい)
どこか遠くで声がした。
その声が徐々に大きくなった。
肩を揺さぶられて、ハッと我に返った。
目の前にレベッカの顔があった。
目があった。
ルーナは目尻を指でなぞりながら伸びをして、ソファから上体を起こした。
「あのー私、どれくらい寝てました」
「三時間ぐらい」
「えっ……あっそうだポーカーどうなりました?」
「負けたわ、完敗。私は【赤い薔薇の天国】で娼婦になることに決まった」
「そんなー」
愕然とするルーナ。
「もっとも偽名を使って働くから平気よ。赤毛は目立つからウィッグ使うけどね」
そう言ったレベッカの声がかすかに震えていた。
ルーナの視線がソファ脇のサイドテーブルに向けられた。
黒髪のウィッグとメガネが置かれていた。
「あっ」
慌てて頭に手をやった。
「もうバレてるのよ、あなたが聖女様ってこと」
ポーカーテーブルでチップの山から顔を覗かせたカンデラ夫人が言った。
「……何か盛りました? あんなに急激に眠くなるのは初めてです」
「さぁ、どうかしら。敵地に無防備に出かけるお嬢様が悪いのよ。自分には絶対に悪意は向けられないという傲慢さが、この結果になったのよ」
ルーナはぐうの音も出なかった。
レベッカはシルヴェーニ公爵を残念そうに見ていた。
シルヴェーニ公爵はレベッカの視線を避けた。眉間に深い皺が刻まれ、落ち込んでいる様子だった。
「聖女様、もうおひらきにしましょう。カンデラ夫人のポーカーの腕は名人級、とてもじゃないが勝てる見込みは最初からなかったんですよ」
ロメーオ男爵が言った。
ルーナは落ち込んで下を向いた。
そしてゆっくり顔を上げた。
目に輝きが戻っていた。
「カンデラさん、私と一対一で勝負しませんか?」
「いいよ、でも何賭ける? さすがに聖女様は娼婦に勧誘できないわよ」
「【女神様の加護】を賭けます。カンデラ夫人の望みをどんなことでも、一回だけ叶えます」
「それ、乗った!」
カンデラ夫人はしてやったりとほくそ笑んだ。




