第30話 火花
「あー、負けた負けた!」
ロメーオ男爵は四角形のテーブルの上にカードを叩きつけた。
そしてそっぽを向いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
対面のポーカー仲間はニヤついた。
「いつもすみませんね。今夜もいい夢見れそうです」
恰幅のいい紳士が言った。
自分の手元に正面、左右のチップを掻き集めた。
頬が緩みっぱなしだ。
チッとロメーオ男爵が舌打ちした。
ここはシルヴェーニ公爵邸。
貴族地区にある公爵邸とは思えない控えめな屋敷に、貴族のポーカー好きが集まっていた。
一階の各部屋で四人が四角形のテーブルを囲んでいた。
「とことんついてないな。これ以上負けたら娘を売ることになるかもしれん」
ロメーオ男爵がひとりごちた。
「ロメーオの娘は美人らしいじゃないか」
対面の太っちょが言った。
「そりゃ美人だよ。たぶんフランチェスカ王国の中でも指を数えるぐらいに」
「フハハハ、いつものジョークが始まった。ほんとに娘さんが大好きなんだな」
「まだ十三歳だけどな。見てろよ、そのうちうちの息子の嫁に欲しいと懇願するようになるぜ」
「俺の息子は三歳。さすがに歳が離れてるな」
と左側の紳士が言った。
「十歳ぐらい違うんだ。俺は気にしないぞ。なんだったら婚約するか?」
「遠慮しとく、どうせ借金をチャラにしろと言うんだろ? その手には乗らないぜ」
ロメーオ男爵が椅子から立ち上がった。
「休憩だ。待合室でお茶するよ」
四人が伸びをしながら部屋から出た。
待合室は高級サロンにふさわしい雰囲気だった。床は白大理石、天井からシャンデリアが吊るされていた。
壁際には深いエメラルドグリーンのベルベット張りのソファとアームチェアが優雅に配置され、金色の装飾が施された木製の肘掛けが重厚な存在感を放っていた。
そのソファに目を見張るような女が座っていた。
赤毛のロングヘアと薔薇の刺繍を施したドレス。とてつもない色気の漂う女だ。
「あれは誰だ? 初めて見る顔だ」
ロメーオ男爵の言葉に太っちょが反応した。
「カンデラ夫人が招待客と一戦やるって聞いたぞ。その相手じゃないか」
ロメーオ男爵は眉を寄せた。
「あの女は厚化粧してるけど、相当若いぞ。たぶん十代後半だ」
ロメーオは壁際のアームチェアに腰を下ろした。
すると席を外していた黒髪の女が赤毛の女の隣に座った。
黒縁のメガネをかけていた。
ロメーオ男爵は探るように黒髪の女を眺めた。
テーブルに侍女が置いた紅茶を一口飲むと、意を決して立ち上がった。
女のソファの前に立った。
「君、すまないがメガネを外してくれないか」
「えっ」
ルーナはわけが分からなくて混乱した。
初めての高級サロンで、見知らぬ男からいきなり声をかけられたのだ。
「このメガネは……」
ルーナはレベッカを見た。
さすがのレベッカも珍客に戸惑っている。
「失礼するよ」
ロメーオ男爵はルーナのメガネを右手でつまんで外した。
ルーナの素顔が現れた。
「やっぱり、オザンナじゃないか!」
「オザンナ? 誰です」
ルーナは目をぱちくりさせた。
「あれ? 声が違うような……」
ロメーオ男爵が怪訝そうな顔をした。
「ハハハ、こりゃまた失礼しました」
ロメーオ男爵が頭を下げた。
「あまりにも娘に瓜二つなので、間違えてしまいました」
「私にそっくりの娘さんですか……どんな方ですか? あっ、どうぞ」
ルーナがロメーオ男爵に対面の椅子に座るよう促した。
「いいんですか? これからカンデラ夫人との対戦でしょ。そんな大事な時間をつまらない話で潰されても」
「私は大丈夫だよ。ルーナは興味津々みたいだから、娘さんの話を聞かせてください」
とレベッカがフォローした。
するとロメーオ男爵は、娘のことを話すわ話すわ。小さい頃のエピソードから現在まで、どれほど可愛くて優しい女の子かを自慢しまくった。
ルーナは相槌を打った。
エピソードごとに嬉しそうに頷いて、さらに深いところまで聞き出そうとした。
その態度が嬉しかったロメーオ男爵は、洗いざらい娘の恥ずかしい秘密まで喋った。
ルーナはとても聞き上手だった。
「うわー、嬉しいね。お嬢様もオザンナと同じくらいの年頃だね?」
「十三歳です」
「オザンナと同世代だ。だったら貴族学校に入ったあかつきには、うちの娘と仲良くなってほしいなー。不器用で人見知りするところがあるから心配なんだ」
「へー、私と正反対ですね」
「えーと、あなたたちのお名前聞いてなかったな」
「私はレベッカ・モルテード」
「やはりモルテード侯爵の娘さんでしたか……噂にたがわぬ美しさですな」
ロメーオ男爵はルーナを見た。
「彼女は……」
「ルーです。レベッカお姉様の遠い親戚です」
「お姉様の付き添いで来たの?」
「いえ、プレイするために来ました。ここは年齢制限がないと聞いたので」
ルーナはにっこり笑った。
「や、やめときなさい。ここのメンバーはやばいよ。名人級がゴロゴロいる」
「あーら、その名人級の筆頭がお説教ですか?」
ロメーオ男爵が振り向いた。
カンデラ夫人がいた。
そのオーラに待合室の貴族たちの視線が釘付けになった。
背後にいたシルヴェーニ公爵が、レベッカとルーナを一瞥した。
「いつも負けてる俺が名人級だと? 確かにポーカーの下手っぴの名人級だな」
とロメーオ男爵は自嘲気味に言った。
「あら、破産もせずに適度に負けるのは、勝つより難しいものです。ともあれロメーオ男爵は、私の大事なお客様ですわ」
そう言ってカンデラ夫人は笑った。
そしてゆっくりとレベッカを見て目を細めた。
眼力の強さは、レベッカ以上。
レベッカも負けじと睨みつけた。
二人の間に、見えない火花が散った。




