第3話 オザンナの過去
「悪役令嬢はいじめっ子なのよ。だから、私も人をいじめたい」
ルーナが言った。
【アンドレイニ伯爵邸のルーナの部屋】
「あ、そう」
オザンナは気のない返事をしながら、テーブルの上に並べられたお菓子に夢中だった。外国製の甘いチョコレートや柔らかなケーキ。高級な紅茶でいただくと、舌がとろけそうになった。
――いつ来ても伯爵邸のお菓子は凄いな。これをいくつかちょろまかして持って帰ろうかな。孤児院のみんなも喜ぶだろうな……
「オザンナ先生! 私の話、聞いてます?」
ルーナが怒って言った。
「聞いてるよ、悪役令嬢のいじわるをマスターしたいんだ」
「そうよ。でも私、生まれてこのかた人にいじわるしたことないのよ。だから、いじわるの練習台になってほしい」
ルーナの懇願する顔を見た。でも、オザンナはすぐに返事ができなかった。頭の中で、あのことがフラッシュバックした。ある日を境に、これまで仲良くしていた女子グループから仲間外れにされた過去。
――「知ってるわよ、あなたのお父様ってポーカー狂いなのよね」
「財産の四分の三は失ったらしいじゃない」
「この際、男爵の称号を売ったらいいじゃない。高く売れるでしょ、ハハハ」
それまで本当に仲の良かった友達だったから、ショックは大きかった。鞄を泥水の中に捨てられたとき、涙が出た。そして、私は決意したんだ。いじめられる側にいるのは嫌だ。私はいじめられる側から、いじめる側に変わってみせると。
私をいじめた奴らが一人になるときを根気よく待った。こっそり背後に近づいて、階段の上から背中を押した。大怪我をした。もう一人は二階の窓から鉢植えを落として直撃させた。入院した。さらにもう一人は怪文書で、貴族学校の先生と逢引きしていると触れ回ったら、なんとそれが事実だったと分かった。傷心して貴族学校を退学した。
胸がスッキリしたわ。でも、一連の出来事の裏には私がいるのではという噂が出た。みんなに避けられ、恐れられた。私は貴族学校の悪役令嬢のレッテルを貼られたのだ。
「じゃ、始めるわよ。罵倒するわね」
ルーナが緊張した面持ちで言った。
「うん……」
――うわー、どんな罵詈雑言をされるんだろう。
怖い……。
あの時も……
「貧乏男爵なんて消えちまえ!」
「前からお前、ちょっと可愛いからってつけあがりやがって、生意気な奴」
「破綻して一家全員首吊りな」
そりゃもう、貴族子女というのが信じられないほどの暴言を吐かれた。今でも夢を見てうなされるぐらいだ。
ルーナ、手加減してね……
「おい、こら!」
「アンポンタン!」
「べー!」
「??」
ルーナが破顔した。
「ねー、今のでいいかしら? 悪役令嬢らしくなったよね」
オザンナが歯ぎしりをした。
――ルーナはこれが精一杯らしい。私の教えは何だったんだ。これまでさんざん悪役令嬢のノウハウをレクチャーしたけど、ぜんぜん身についていない。
私の教え方が悪いんだ。ごめんねルーナ、絶対に立派な悪役令嬢にしてあげるから。
オザンナはルーナにハグをした。ルーナはちょっと驚いたけど、そのままにしてくれた。
ルーナの部屋の扉がノックされた。
「お父様とお客様が居間でお待ちです」
侍女マリカの声だった。
「分かったわ。すぐに行きます」
扉が閉まると、ルーナはオザンナに向き直った。
「一緒に行きましょ。一人だとちょっと気まずいのよ」
「いいの? 私も一緒で」
「もちろんよ」
オザンナとアンドレイニ伯爵一家とはすでに顔合わせをしている。ルーナの家族といると、なぜか心地よかった。いや、家族というよりルーナといることが、心休まるんだ。
「紹介しよう。こちらは……」
「エドモンド・フランチェスキです」
オザンナは驚きのあまり、大きな目がさらに大きく見開いた。目の前にいるのは――
「エドモンド……王子様」
「はい、そうです」
エドモンドはにっこりと笑った。長身の美男子エドモンドを、オザンナは目に焼き付けた。
――王族が自ら伯爵邸に出向くなんて信じられない。いったいなんで? なんで王宮じゃなくてここにいるのよ。
「あなたがルーナ嬢に悪役令嬢のレクチャーをしているのですか?」
「あ、はい。そうです……」
――なんで知ってるんだろ? あっ、ルーナが父親のアンドレイニ伯爵を睨んでいる。
「宮廷には本物の悪役令嬢がうじゃうじゃいます。ルーナ嬢、一度お越しになりませんか?」
「ありがたきお誘いですが、私には悪役令嬢のマスターがいますから、結構です」
「悪役令嬢のマスター?」
エドモンドがじっとオザンナを見つめた。
――いやー、見つめないで、とろけそうになるじゃない。
「分かりました。聖女様のおっしゃることに間違いありません」
エドモンド王子が片膝をついて、こうべを垂れた。
――ついに王族までもがルーナのことを聖女扱いとは……いったいどうなってんのよ?
エドモンド王子が馬車で帰った。見送った玄関でルーナがぽつりと言った。
「あの方は私の加護が欲しくて来てるの。会うだけで物事がうまくいくらしいのね。それじゃ、悪役令嬢失格じゃない」
その時の険しい表情に、オザンナは決意した。ガチで悪役令嬢にしてやろうじゃない。
【孤児院】
テーブルに広げられた高級なお菓子の数々。みんなルーナが用意したものだ。
「すごい、こんなお菓子初めてだよ」
レオが目を輝かせた。
「さぁ、みんな揃ったところでいただきましょう」
「いただきまーす」
ワイワイガヤガヤ、ざわめきと明るい雰囲気。職員の女性が涙ぐんだ。
「いつもは僅かなお菓子しかないので夢のようです。聖女様、ありがとうございました」
「みんな喜んでほんとに嬉しいです」
ルーナが隣のオザンナを見てウインクをした。
――これこそが悪役令嬢の第一歩よ。"孤児院のガキども(オザンナの言葉)に贅沢三昧のお菓子を食べさせて口を肥えさせる。そしたら普段のお菓子じゃ我慢できなくて、絶望して落胆する。その様子を愉しむためにやってるのよ。私は本物の悪役令嬢だわ。そうよね、オザンナ。あれ、なんで目を合わせないのよ?




