第26話 カンデラ夫人
ルーナの登場で人々は興奮状態だった。
パーティー会場の前方に押し寄せた。
「聖女様を間近で見れるぞ」
「目に焼き付けるわ」
「ちょっと背中を押さないでよ、痛いわ」
普段は悠然としている貴族の紳士淑女たちが、我先にと殺到した。
遠目からもルーナが戸惑っているのが分かった。
ーーゲストにルーナに来てもらったけど、やはり半端ない人気だわ。仕方ないわねー。私が助けに行くか。
レベッカが一歩踏み出そうとした時、背後から声がした。
「残念よね、レベッカさん。せっかくパーティーの主役だったのに全部聖女様に持っていかれて」
レベッカが笑みを浮かべて振り返った。
カンデラ夫人がいた。
「あらカンデラ夫人。そんなことないです。ルーナとは幼馴染なので仲よしですから、今回のゲストを頼みました」
カンデラ夫人は意外そうな顔をした。
「あなた聖女様となかよしなの? まさか……」
カンデラ夫人は訝しむ目をした。
「本当です。私が保証しますよ」
エドモンド第一王子が助け舟を出してくれた。
「ふーん、エドモンド王子がおっしゃるなら間違いないわね。それにしても聖女様はここから見ても誠実さが満ち溢れているわね」
ルーナは集まった人々に一人ずつ丁寧に挨拶していた。まるでコメツキバッタのように頭を下げていた。すると頭を下げられた貴族たちが恐縮して戸惑っている。でも、声をかけられてとても嬉しそうだった。
「その通りです。ルーナは悪意のない子ですから。女神が地上に降ろした天使そのものです。この国の守護天使がルーナなんです」
ルーナのことを語るエドモンド第一王子は、陶酔したような顔をしていた。
カンデラ夫人の目が光った。
「王子様は聖女様に好意を持っているのかしら?」
「もちろんです。でも兄妹のように育ったので、彼女は私のことを男として意識していません。残念ですが」
エドモンド第一王子が肩をすくめた。
「じゃ、お隣の方かしら」
とレベッカに笑顔を向けた。
「私とエドが? ありえないですわ。私のタイプではないですね」
ーー本音だ。私はエドのような典型的な美少年には興味はない。もっと人生経験のある落ち着いた男性が好きだ。たとえば……
レベッカはほかの貴族と談笑していたシルヴェーニ公爵をチラ見した。
髪をオールバックにした精悍な顔つき。いぶし銀の中年男性だ。
レベッカはうっとり見つめた。
目ざといカンデラ夫人はレベッカの視線を追うと眉間に皺を寄せた。
「それでは王子様、失礼します」
離れ際にレベッカの耳元に唇を近づけた。
「泥棒猫」
と呟いた。
レベッカの顔が蒼白になる。
ーーあっ、しまった。今ので、バレてしまった。
愕然としたレベッカ。
その様子にエドモンドが目ざとく気づく。
「どうかした、レベッカ?」
レベッカは首を振った。
「何でもないわ」
平然を装ったレベッカ。
だが、この後シルヴェーニ公爵と一緒に軽快に笑っている夫人の姿を見て、生まれてはじめて"殺意"を覚えた。
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一週間前。
王都の隠れ家モルテード別邸は、侯爵が貴族院の仕事が長引いたときに泊まる場所として確保している一軒家である。
しかし、そこはレベッカの愛の巣になっていた。
カーテンが揺れて夕日が部屋の中に差し込んだ。
ベッドの上で全裸でうつ伏せになったレベッカ。
首を曲げたその視線の先には手際よく着替えをしているアロルド・シルヴェーニ公爵がいた。
「ねぇ、奥様との離婚話はまだ進まないの?」
「まだその時期じゃない。でも仮面夫婦をいつまでも続けるつもりはないよ」
その言葉にレベッカの口角が上がった。
「嬉しい。今度の私の誕生パーティーにはアロルド一人で来てね」
「招待状は二人だぞ」
「そこは上手く言いくるめてよ」
「……分かった。何とかする」
アロルドはベッドのレベッカにキスをして隠れ家から出て行った。
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大広間で談笑するシルヴェーニ公爵夫婦を見て、レベッカは苦々しく思った。
ーーなによ、夫人を連れてくるなって言ったのに。
そのレベッカの手首をエドモンド第一王子が掴んだ。
えっ、とエドモンド第一王子に顔を向けるレベッカ。
「君にも聖女様の加護が必要なようだね」
そう言ってレベッカを引っ張りながら、ルーナのもとにやって来た。
ルーナはレベッカとエドモンド第一王子の顔を見つけると破顔した。
パーティーの出席者はルーナの前に一人ずつ順番に来て、声をかけていた。その嬉しそうな顔といったら、まさに主役交代だ。
普通ならば頭に来るだろうが、レベッカは平気だった。
そもそもこのパーティーは、シルヴェーニ公爵と密会するために開かれたものだ。
パーティーが解散した後、居残った公爵を泊まらせて朝帰りさせる手筈だった。
しかし、カンデラ夫人の登場で、レベッカの思惑は外れてしまった。
ーーこの鬱々した気持ちを晴らしてくれるのは、ルーナの笑顔しかないわね。
レベッカは王子と一緒に列の後ろに並んだ。
レベッカの三人ほど前にシルヴェーニ公爵とカンデラ夫人が並んでいた。
そしてルーナの前にカンデラ夫人が立った。
横に立ったレベッカの父モルテード侯爵がルーナにシルヴェーニ公爵夫婦の情報を耳打ちした。
うなずくルーナ。
真正面に夫婦を見据えた。
「シルヴェーニ公爵、カンデラ夫人ですね。ルーナです。お会いできて光栄です」
「とんでもない。こちらこそ"大光栄"です。まさか、こんな身近で聖女様を見れるなんて、信じられないです」
シルヴェーニ公爵が言った。
その歯の浮くような言葉にルーナは戸惑ったが、笑みは消えなかった。
「握手してください。聖女様」
カンデラ夫人が右手を差し出した。
ーーあっ、よくも聖女様であるルーナに握手を求められるわね。ほんと図々しいにもほどがあるわ。
レベッカは奥歯をギュッと噛み締めた。
ルーナは明朗に言った。
「はい。カンデラ夫人に加護がありますように」
ルーナはカンデラ夫人と握手した。
すると、突如ルーナの額に汗の粒が浮かんだ。
こめかみから汗が一筋流れた。顔色が急激に青ざめた。
ーーあれっ、ルーナの様子がちょっとおかしい。
レベッカが一歩踏み出そうとしたとき、
ルーナはふらっとバランスを崩した。
背後に倒れそうになったところを、モルテード侯爵が腕を回して抱きとめた。
「聖女様、大丈夫ですか!」
パーティー会場が騒然となった。




