第25話 レベッカの追憶
「純潔のままお婆さんになるなんて、絶対に嫌なのよ」
そう言ったルーナは、頬を赤らめてうつむいた。
この応接間にいた他の三人、オザンナ、レベッカ、ルーベンは沈黙した。
気まずい空気が漂う。
その空気を察したルーナは、元の太陽のような笑顔を見せた。
「ごめんなさい。勝手なこと言って。自分がそんな立場じゃないことわかってるわ。フランチェスカ王国の聖女様なんだから、この国に人生のすべてを捧げるべきだと。でも時々、籠の鳥から外に出て羽ばたきたいと思うの……悪役令嬢になりたいのは、そうなれば聖女様失格の烙印を押されるんじゃないかと思ったからなの」
オザンナの頬に涙がツーと流れた。
「ルーナが孤児院の子供たちと遊んでいるとき、ほんとに楽しそうなの。シーナと人形で遊んでるところなんか、見てて親子みたいだと思った。でも聖女様である限り自分の子供を持てないのね。そんなのかわいそうすぎる……グスン」
オザンナが鼻水を垂らしたので、ルーナがハンカチを差し出した。
「……ありがとう」
オザンナが目の周りを拭いて鼻をかんだ。
「ふん……っ」
オザンナがハンカチを丁寧に折り畳むと、ルーナが手を差し出した。
ハンカチを渡したオザンナはルーナの目を見た。
「話してくれてありがとう。私はルーナを立派な悪役令嬢にする覚悟が強くなった。今まで契約のお金で貰ってたけど、そんなのどうでもよくなった。ルーナの幸せの為に頑張りたい」
「じゃ、お給金はもういらないのね」
とルーナがにっこり笑った。
「いや、うちの経済状態がよろしくないので……そこは目をつぶってください。お金欲しいです」
オザンナは頭を下げた。
ルーナとレベッカが快活に笑った。
ルーベンが気まずそうに目線をレベッカに向けた。
「どうかしたの?」
「いや、こんな大事な情報を無防備に俺に聞かせていいのか? 俺はアルテミオス王国の……聖女様誘拐の実行犯だったわけだし、あまりにも脇が甘すぎる」
レベッカがルーベンの肩にしなだれかかった。
「あら、また悪さをするつもり?」
「とんでもない。天罰はもうこりごりだ」
ルーベンは首を振った。
「こりごりだったの?」
レベッカはじっとルーベンを見つめる。
ルーベンの顔が赤くなった。
「レベッカと出会えた。これは本当によかった」
そう言って顔を近づけた。
オザンナは慌てて咳をした。
我に返ったルーベンが佇まいを正した。
「私はルーベンさんを信じています。だってレベッカさんが選んだ人なんだから。私にとって身内も同然です」
ルーナが言った。
その言葉でレベッカがウルッときた。
「嬉しいわ。ルーナはいつでも私の味方なのね」
レベッカは人差し指で目尻の涙を拭うフリをした。
オザンナの視線に、
「ウソウソ、私が泣くわけないじゃない。母親から産まれたときも笑いながら出てきたのよ」
「ほんとですか、信じられない!」
オザンナはびっくりしている。
「フフフ」
レベッカの含みのある笑い方で、オザンナは自分がかつがれたことに気づいた。
「あれっ、まんまと引っ掛かった?」
あははは──。
軽快な四人の笑い声が応接間にこだました。
レベッカはルーナをじっと見つめた。
(ルーナとは不思議な関係だわ。巷では聖女様と悪役令嬢と言われるけど、妙に気が合うのよね)
レベッカは瞼を閉じて、過去の事件を脳裏に浮かべていた。
──あの時、私は“殺意”に満ちていた
◇
「お久しぶりです。カンデラ夫人」
モンシーニ公爵夫人の前でレベッカ・モルテードは、ドレスの裾を両手でつまんで挨拶した。
「あら、レベッカ。あなたは綺麗になったわね。うちの主人が褒めていたわよ」
と、ほかの貴族と談笑している夫を目線で示した。
シルヴェーニ公爵は、夫人の視線に気づいてレベッカに会釈した。
レベッカは一瞬破顔しそうになったけど、隣のカンデラ夫人に悟られないように我慢した。
レベッカの十七歳の誕生日。パーティーをわが家モルテード侯爵邸で開いた。
大広間には溢れんばかりの人々。貴族院の重鎮たちの姿も見られた。
あちこちで会話が弾む。
シャンデリアの下で談笑している彼らの目が大扉に注がれた。
現れたのはエドモンド第一王子だ。
背が高く颯爽と歩くその容姿に淑女たちの目が輝いた。
フランチェスカ王国随一の美少年と名高い男が現れて、会場の雰囲気が騒がしくなった。
エドモンド第一王子はレベッカの父モルテード侯爵と言葉を交わした。レベッカは遠くから見ていた。エドモンドは群がる貴族たちとの挨拶に時間をかけて、レベッカのもとにやって来た。
「やっと会えたね、レベッカ」
「大人気じゃないエドモンド第一王子」
レベッカは呆れた顔をした。
「君の方が大人気だよ。これほどの人たちが集まるのは珍しい。それは君が魅力的だから」
そう言って顔を必要以上に近づける。レベッカの顔に唇が触れんばかりだ。
レベッカはのけぞる。
「近すぎる。みんな見ていなかったら、引っ叩いていたのに……」
「ああ、それはご馳走じゃないか。君になら顔でもお尻でも叩いてほしいね」
レベッカの頬が赤くなった。
「ほんと、エドって子供の頃から無遠慮だったわね」
「幼馴染はそんなものだよ」
うわああ──。
大広間の大扉の付近から歓声が起こった。
エドモンド第一王子よりも大きい声だ。さざなみのように大広間で広がっていく。
「もしや、あの子は……」
「そうだ。一度遠くから見たことがある」
「王族のパーティーにも見かけないのに、なぜここにいるんだ?」
登場したのは可憐な少女、ルーナ・アンドレイニ十三歳だった。
フランチェスカ王国の聖女様だ。




