第13話 赤い薔薇のレベッカ
「公爵主催のパーティーで、レベッカという女がハイヒールのヒールで相手の女を殴ったって? 凄いとこ目撃したんだ」
リーナが言った。
貴族学校の食堂は昼時の喧騒に包まれていた。オザンナはいつものように端っこのテーブルに座り、対面にはリーナ、ベッダ、ダフネの三人が並んでいる。
「うん、修羅場だったけど、なんか周りはまたかって雰囲気だった。父からレベッカのこといろいろ聞いたけど、あちこちでトラブル起こしてる女みたい」
「ハイヒールの踵は凶器だよ。あたしも襲われたら咄嗟の武器として使うと思う。だから喧嘩慣れしてるな。ちょっと興味津々だ」
ーーふむふむ、さすが剣聖の孫は違うわね。
「その女に弟子入りしたいってマジなの?」
ベッダが言った。
「マジ。私ね、このところルーナと一緒にいるから、聖女様パワーにあてられて性格が穏やかになってんのよ。最近は周りも悪役令嬢って言わなくなって、生ぬるいお湯に浸かってるような感覚なの」
「それわかる。聖女様は無自覚に人を幸せにするからな。あたしは人間って、ちょっと不幸なぐらいが調子乗らなくていいと思うんだけどさ」
リーナの言葉にダフネが深く頷いた。
「深いねリーナ」
「私はシャキッとした冷水を浴びたくなっちゃった。それがレベッカなんだ」
ーー後ろめたさもある。毎月、悪役令嬢のコーチ料を結構な金額もらっているのに成果が出ない。それを許せない自分がいる。立派な悪役令嬢になって、それをルーナに伝授したい。それこそ一子相伝の悪役令嬢道を……。
オザンナはスープを一口すすり、その思いを腹の底へ押し込んだ。
◇
放課後、オザンナとルーナは孤児院に立ち寄った。
部屋の隅っこでは、シーナがルーナとおままごとに興じていた。オザンナはその背後にそっと近づいた。
「ねぇルーナ、お話があるんだけど……」
「レイさん、シーナちゃんのお相手してくれる」
ルーナが、隅でチャンバラをやっていたレイに声をかけた。
「いいよ。シーナ、俺が相手だ」
「おままごとよ、分かってるの」
オザンナが口を挟んだ。
「分かってるって、ハハハ」
ルーナとオザンナは食堂の長テーブルの端に場所を移した。二人が腰を下ろすなり、ルーナが先に口を開いた。
「やっと話してくれるんだ」
「えっ」
「なんかオザンナが元気ないなと思ってたのよ」
「気にしてくれてるんだ」
「あたりまえじゃない。私たち親友でしょ」
ルーナが屈託のない笑顔を向けてくる。その言葉が胸の奥にじわりと染み込んで、目の裏が熱くなった。
ーー駄目だ。またしてもルーナの聖女様パワーに負けそうだ。これじゃ悪役令嬢になれないじゃないの。
オザンナは小さく息を吸い、視線をテーブルに落とした。
「先日のパーティーの件だけど」
ルーナが身を乗り出す。
「うんうん、なになに」
オザンナは事の経緯を順を追って説明した。
「レベッカお姉ちゃんがそんなことしたの。びっくりした」
「ルーナはレベッカ・モルテードのこと知ってるんだ」
「小さい頃、宮殿で遊んでもらったことある。やさしいお姉ちゃんだったよ」
ーー聖女様にはみんなやさしいからな。それにしても、王族でもないのに幼いルーナと宮殿で遊べるとは、相当な家柄のはずだ。
「モルテード侯爵の長女よ。王族と侯爵家は親族じゃないけど、フランチェスカ王国創設のメンバーだったから、やはり特別な関係なのよ」
ーーふむふむ、ルーナから歴史の授業を受けてるみたいだ。
「ルーナはレベッカのことどう思ってるの? レベッカは……ルーナが大嫌いって言ってたけど」
「大嫌いって、大好きってことなのよ」
笑顔でルーナが言った。
オザンナは言葉に詰まり、まばたきをした。
◇
王都貴族地区に構えるモルテード侯爵邸の玄関扉が開くと、レベッカの前に薔薇の花束を抱えた青年貴族が立っていた。
その場面を、オザンナは邸内から固唾を飲んで見守っていた。弟子入りの話の途中で来客を告げられたレベッカは、「ちょっと待ってな」とひと言だけ残して玄関に向かったのだ。
青年が花束を差し出す。
「レベッカさん、どうか受け取ってください」
「私が赤い薔薇が好きなのよくご存知ね」
「"赤い薔薇のレベッカ"ってみんな言ってました」
「みんな? 殿方たちがそうおっしゃるの」
「レベッカさんは赤い薔薇を贈ると喜ぶって」
レベッカの眉間に、血管がピクピクと浮いた。
「ありがとう。それじゃこの薔薇は受け取ります。さようなら」
「あっ、まだ話が……」
扉が無情に閉まった。
居間に戻ったレベッカは、花束を侍女に手渡した。
部屋の調度品の上に並ぶ花瓶には、すでに薔薇の花が溢れるほど活けられている。
オザンナはその光景を目で追いながら、ソファに座り直した。レベッカが向かいの椅子に腰を落とし、足を組む。黒地に赤い薔薇のドレスから伸びる魅惑的なふくらはぎに、オザンナは思わず目を逸らした。
「それじゃお話の続きです。あたしの弟子になりたいって本気なの? あなたは聡明そうに見えるけど、それは勘違いかしら」
「さっきの人も薔薇の花束を持って来た。レベッカさんは人を引き付ける魅力に溢れています。その魅力の源泉が悪役令嬢と言われるゆえんですね」
「あら、あたしのこと調べてきたのね。あたしはね、それはもう幼い頃から男に注目されたの。羨ましいかしら? 正直に言って」
「う、羨ましいです」
「体が出来上がって、女として見られるようになると男が群がって来たわ。それこそ"ウンコに群がる銀蝿"みたいに。でもね、それは女神様の加護ではなくて呪いなのよ」
「呪い? 男の人にモテることがですか」
「そのせいでトラブルがいつもあたしの周りで起こるの。『一緒になれない死にます』とか(ほんとに死んじゃった)、この前のパーティーみたいに彼氏を奪ったなどと因縁をつけられるの。命を狙われることもあるのよ」
ーーその言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが固まった。この女こそ本物の悪役令嬢だ。私は、レベッカになりたい。
「だからね、馬鹿なこと言わないで、帰りなさい。平凡が一番幸せなのよ」
「私は平凡は嫌です。レベッカさんの弟子にしてください!」
レベッカの顔色が変わった。細い目がオザンナを射抜くように見据える。
「なら、今までどんな悪事をしたの教えてくれるわね。話したくないなら今すぐ出て行きなさい!」
ーールーナにも話していない、どす黒い過去の犯罪。トラウマ。恥ずかしくて死にそうだったが、オザンナは唇を噛んでから、一つひとつ口にした。
「ほう、いじめられたから相手を階段から突き落とした。もう一人は二階から鉢植えで頭部に直撃させた。さらにもう一人は怪文書で学校にいられないようにしたのか。やるじゃん。もうそのまま悪役令嬢じゃないの」
「階段から突き落とした相手は車椅子に乗ってます。鉢植えを落とした相手は後遺症で言葉が出なくなったようです。怪文書の相手も不倫がバレて大騒ぎでした。三人とも貴族学校を退学した……」
「面白い。よし、あたしの弟子にしてやろう」
「本当ですか」
それまで俯き加減だったオザンナの顔が、ぱっと明るくなった。
「ただし条件がある。その三人に会って、自分がやらかした真実を告白しなさい。オザンナが犯人だと知ったら、彼女たちはどんな顔をするかな。楽しみだな、クククッ」
レベッカがニンマリと笑った。
ーーあっ、この女はマジの悪役令嬢だった。
背中を、悪寒がぞわりと走った。




