第11話 パーティーの招待状
「あれ、孤児院に向かわないの?」
貴族学校の帰り道、いつもと違う方向へ歩き出したルーナにオザンナは首を傾けた。石畳をスタスタと進むルーナの後を追えば、孤児院の裏手にある商店が並ぶ通りへと出た。
ルーナはフェスタ洋裁店の前で足を止めた。
「いらっしゃいませ、ルーナ様。ご注文のドレスはできております」
ダフネの母、マリネッラが出迎えた。病床で見たときとは別人のようだった。顔色は生気にあふれ、頬にはうっすらと血色が戻っている。娘のコズマが紙袋を三つ抱えて奥から現れた。 ルーナが金貨を取り出して支払いを済ませようとすると、マリネッラの表情が曇った。
「これは、多すぎます!」
金貨をいくつか返そうと手を伸ばすマリネッラを、ルーナは静かに制した。
「いいのですよ。これで栄養のあるものを食べてくださいね」
マリネッラとコズマの目がじわりと潤んだ。
マリネッラとコズマは店の外まで出て、深々と頭を下げた。
「聖女様……ありがとうございました」
「やっぱり聖女様だ。アフターケアもちゃんとやるのね」
オザンナが言うと、ルーナは歩きながら肩越しに視線を向けた。
「あれは口止め料よ。あのユリの球根の話を広めないようにお願いしたけど、さらに念を押したの。これで大丈夫だわ」
「そうかな……」
通りを歩く人々が足を止めて、フェスタ洋裁店から出てきたルーナをじっと見つめていた。口々に「聖女様よ」と囁く声が波のように広がっていく。オザンナはその様子を横目で追いながら、何も言えなかった。
ルーナが紙袋を一つ、オザンナへ差し出した。
「えっ、私にくれるの?」
「オザンナは背格好が私と瓜二つじゃない。コズマによると同じサイズで大丈夫らしいわね。一部を除いて……」
「一部って」
「胸よ」
――ひぃ。そこは言わないで。私もルーナと顔も背格好も同じに見えるけど、唯一違うところは胸だと思ってた。ルーナってちょっと胸が大きいのね。う、羨ましい。
「そこはオザンナ用に手を加えてあるから心配しなくていいわよ」
ルーナはニコッと笑った。
――修行の成果がでたようね。これ悪役令嬢のいやみよね。
二人はいつものように孤児院へ寄った。紙袋を見た子供たちが一斉に集まってきた。
「うわー、お土産なの?」
「なになに」
「早く中身見せてよ」
「ごめんなさい。ドレスなの」
ルーナが言うと、レイがきょとんと目を丸くした。二人が普段着ている貴族学校の制服と違う姿が、どうにも想像できないらしかった。
「シーナ、ドレス見たいの」
二歳の女の子シーナが目を輝かせた。期待を全身で表すような顔だった。
「着て見せろよ」
「見せて見せて」
子供たちが口々にはしゃぎ立てると、院長のシスターエネルスタが眉をひそめた。
「むちゃ言ったら駄目です」
「みんなにドレス姿見せてあげる」
ルーナがやさしい声で言った。
「ねっ、オザンナさん」
――うわっ、またしても聖女様に戻ってる。この子を悪役令嬢にするのは骨が折れるわね。
着替えを終えた二人が部屋へ入ると、歓声が上がった。
「うわー、すごく可愛い!」
「ヒュー、ヒュー!」
レイが口笛を吹いて囃し立てた。
ルーナはロイヤルブルーのドレス、オザンナは赤い薔薇のようなドレスだった。デイドレスで首周りのフリルも控えめなものだったが、目の前で本物の貴族のドレスを目にした子供たちは夢見心地の顔をしていた。
「オザンナ姉ちゃん、回ってよ。聖女様も」
――こいつら調子のってるな。甘やかし過ぎたかな。あれ、ルーナったらクルッと回って嬉しそうじゃない。金髪にロイヤルブルーのドレスはほんとによく似合う。綺麗だわ……これぞ聖女様なのよ。駄目だ、見とれてしまった。
オザンナもぎこちなくその場でひと回りした。すると、これまで一番声を上げていたレイが急に真顔になった。ちょっと困ったような顔で二人を交互に見やっている。
「どうしたんだ、大人しくなって」
隣のアルが言った。
「聖女様とオザンナ姉ちゃん、どちらを選ぶかで悩んでんだ」
「そんなの簡単じゃないか。俺は絶対に……」
アルは二人を見比べて目をぱちくりさせた。
「あれ? よく見たら双子っかくらい似てるよなー」
「へへ、そんなこととっくの昔から知ってるさ。オザンナ姉ちゃんは前はちょっと影があったけど最近はなくなったよな。それで聖女様と見分けがつかなくなった」
「俺はつくぜ」
レイの背後からコッポが肩に腕を回した。
「ほら胸の大きい方が聖女様、ちょっと小さい方がオザンナ姉ちゃんだ」
「こらぁ!」
オザンナが顔を真っ赤にして怒鳴ると、コッポが頭をかばう格好をした。顔は笑っている。その笑顔につられて、オザンナも苦笑いを浮かべた。
――そいつは公然の秘密じゃない。こんなところで恥をかかすなよ。でも、こんなハプニングもあったけど、ドレスのお披露目は子供たちの最大の娯楽になったようね。よかった。
ルーナとオザンナは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
アンドレイニ伯爵邸へ戻ったオザンナは、ドレス姿のままだった。その姿を目にした父オットリーノと母サーラが、そろって目を見張った。
「聖女様のプレゼントなのか、そのドレス姿……そうか、やっと分かってくれたか。オザンナは器量がいいんだからもっといい服を着せなさいと、口が酸っぱくなるほど言ったかいがあった」
「あら、この子は私がドレスを買ってあげようとしたら断るのよ。無駄遣いはしては駄目だと。倹約家なのよ」
母サーラが笑いながら言う。
――父は没落しても懸命に生きてる。ポーカー狂いだけどね。でも母は伯爵家の令嬢だけに、どこかのほほんとしている。お金に無頓着だ。
「こいつが来たぞ」
オットリーノが居間のテーブルに置かれた手紙をオザンナへ渡した。蝋印がされていた。蠍の刻印——ルッフィーニ侯爵家の紋章だ。貴族のたしなみとして王国の紋章をすべて頭に入れているオザンナには、一目でわかった。
蝋印を外して中身を取り出すと、パーティーの招待状が入っていた。
「えっ、私パーティーに招待されたの? なんで……うちは没落貴族なのに」
「聖女様のおかげだ」
オットリーノは胸を張った。
「ポーカー仲間にうちの娘と聖女様は親友だと言いふらしたら、それがどういうわけかルッフィーニ侯爵の耳に入ったみたいだ。もしや聖女様とのコネ作りが目的かもしれんが、いいから行ってみなさい」
◇
そして当夜、豪華絢爛なパーティー会場の片隅のテーブルにオザンナはいた。
オーケストラの生演奏が広間に満ちている。天井からは今にも落ちてきそうなほど豪奢なシャンデリアが輝き、高級貴族たちが衣擦れの音とともに行き交っていた。
――こんな本格的なパーティーは初めてなのよ。緊張して顔がこわばってる。うーどうしよう。やっぱりルーナと来たかったな。ルーナに言ったら断られたけどね。
「オザンナさん、お久しぶりです」
声をかけられて振り返ると、エドモンド・フランチェスキ王子が立っていた。
フランチェスカ王国の第一王子だ。




