夏は飛ばせ
教室に入ると竹内先生が、「お、ちょうどいい」と言って僕らを呼んだ。学校ではもう二時間目に突入していて、しかし僕らの遅刻を咎めるものは誰もない。いま僕たちのことをにやにや見ている奴らも、一時間目に来ていないのだろう。
一時間目は日本史の授業で、先生の山内は右目に眼帯をつけているせいか、生徒がいなくても見えていないのか、気にしない。一度見えていないのだろうかとトランプをやっていたことがあるが、その時はトランプを取り上げられた。見えていないわけでなく、興味がないのだろう。それならばラッキーと僕たちも彼の授業にはあまり出席しない。
「今回のテストの平均点は六十点で……、何と驚け、お前らも平均点だったぞ」
竹内先生の言葉に、おお、と僕らは自分たちでも驚きながらテスト用紙を受け取ると、僕は三十二点だった。びっくりしながら庵野の方を見ると、彼は三十五点で二人して先生を睨む。
「二人してやっと平均にいったぞ」
先生は嬉しそうにそう言って、「座れ座れ、補習は逃れられたんだからさ」と手で僕たちを払う。
僕たちは恨めしそうに先生を睨みながら、でも補習がなければなんでもいいやっと思った。
開けた窓から風が吹き込んで、カーテンが膨らんでいる。
誰かのテスト用紙が風で舞って、悲鳴があがる。僕の顔にテストが当たって、ふと点数を見ると九十二点の文字が見えた。テストを女子生徒に返して、今度勉強教えてよって言ってみる。野口さんは僕の顔をちらりと見て、「きっと無駄よ」と笑った。僕も思わず笑う。そうして「確かに」と笑う原田の頭をはたいた。原田の頭は柔らかく、さすが「医学部志望」と言ってみる。
「それは志望と脂肪でかけたの?」
デブのブラックジョークを僕は無視した。
僕の通う高校は地域の二番の進学高校で、どちらかというと勉強よりも楽しく過ごしたいという生徒が多い。そのため入学時の偏差値と大学進学率にひどく差が出る。先生もそれを気にしないし、のんびりとした高校で居心地がいい。僕もその校風にはまり、のんびりと楽しく、高校生活を送っていた。
「まあとは言え、夏だよ」
僕と庵野と原田とで屋上でご飯を食べていた時、庵野が言った。
「何がとは言え?」
僕は思わず聞いた。
原田は太っているせいか、「暑い暑い」と寝転がっている。原田が寝返りを打つと、そこに汗の跡ができていて、少し食欲が減退する。
「いやさあ、夏なのに、何もないのはつまらない」
「そうだよね、来年は受験だしね」
「勉強するの?」
僕は少し焦ってみんなに聞く。
「したくないとは言え、しないとね」
原田はそう言ってまた汗の染みを地面に残した。
原田は実家の医者を継ぐように、父から圧力をかけられているらしい。
僕には彼の決まった将来が羨ましく思えた。
庵野は原田の汗染みを見て、暑いと叫びながらワイシャツを脱いだ。ワイシャツを屋上の柵にかけて、「夏と言えば?」と僕らに聞く。
「キャンプ?」
僕は思わず答えてから、それは面倒臭いなあと思った。
「それは疲れるよ」
原田が見た目に違わずそう言ってくれたのを安心して、少しおかしくて笑う。
「じゃあ、原田は?」
「うーん、夏期講習」
庵野が黙ってどこかに消えたと思ったらバケツに水を汲んで来たらしく、原田の上でバケツをびっくり返した。
原田は、うわっと素っ頓狂な声を出して太ってるとは思えないほど俊敏な動きで、立ち上がった。
「それは反則だろ」
とびしょびしょになった原田が言う。
「どうせ濡れてたし、それに少しは涼しくなったろう」
と庵野の言葉に原田は「まあ、そうだけど」と言いながら彼も水を汲みに行った。
原田が戻ってくると、彼らは二人で水かけ合戦を始めた。僕はそれを遠くで見ながら、彼らが放った水に虹がかかるのを見た。
屋上は水浸しになっていた。そのおかげか少し体感温度が下がったように思われた。
「ところで、原田は英語何点だったの?」
「九十六点」
「嘘だろう」
「……」
「さすが医学部志望だ」
そう言って僕も庵野側にたって、原田に水をかけることにした。僕たちの声は大きく、しかし青く広い空は果てがないようで、声どこまでも高く高く舞い上がっていくようであった。
週2回(現時点では不定期)更新していこうと考えていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
なにかアドバイス等ございましたら、どうぞドンドンください。




