夏は飛ばせ
シャーベットが溶けて地面に模様を作ったと思ったら、それもすぐに消えた。梅雨が明けたばかりだというのに、夏はすでに本番を迎えていた。通学路には誰もいない。高い建物もなく、陽射しがすべて僕に集まっているようであった。
汗で背中にワイシャツが張り付いてくる。ワイシャツの裾をぱたぱたと揺らして、空気を送る。
ぱちんと背中を叩かれたと思うと、「うわ、汚ねえ」と庵野が叫び、自転車で追い越して行った。
「おい、遅刻だぞ!」
僕は自転車の庵野に負けじと走りながら叫ぶ。また汗が背中を流れて、夏だあと叫びたくなる。
「手が濡れちまったよ。汗かいてるなら事前に報告しろよなあ」
庵野は両手を擦り合わせながら無茶苦茶なことを言ってくる。
「それにさ、俺はお前よりは早く着くぞ。なんだって、自転車だもの。――ほら、走れ走れ」
僕はそう言いながら徐行してくれる庵野の荷台に飛び乗った。庵野は少しふらついたがすぐに立て直すと、
「両手放しの時は乗るなよ。……、しかしなあ、むかつくくらい、暑い」
と言い空を見上げた。つられて空を見上げると真っ青な空が包み込むように広がっている。敵わないなあと思う。こんなに大きいものになんて敵いっこない。僕が敵うのは庵野くらいだ。そうと思って彼の背中を叩く。汗で手が濡れる。汚いなあ、夏だなあと思う。夏だなあと思うと自然に気持ちが高ぶってくる。僕は大声で叫ぶように言う。
「ほら、遅刻するぞ、飛ばせ飛ばせ」
すれ違ったお婆さんが驚いたように顔を上げる。お婆さんの顔を確認できずに、通り過ぎる。
「なあ、もう一時間目が終わるのに今さら急いでどうするの」
「いいんだよ、夏は飛ばせって言われるだろ」
僕はその言葉に自分で満足する。夏は飛ばせ。
「そんなもの、知らん」
そう言いながら庵野は立ち上がって思いっきりペダルを踏んだ。
ぐんぐん景色が伸びながら消えていく。田んぼに囲まれた通学路の景色はすべて緑だ。まだまだ新緑に近い緑。僕らもそれに包み込まれるように走る。
「レモンサクレ食べたい」
庵野の声が風に乗って聞こえてくる。
「さっきシャーベット食べたよ」
「いいよなあ、涼くんは後ろで涼しいからさ」
「君の背中から熱がきて辛いんだよ」
じゃあ、変わってよと庵野が言うから無視をする。
「サクレのレモンって邪魔だよね」
僕が言うと庵野が急にブレーキをかけるので、僕は庵野の汗で濡れて背中に顔をぶつけた。
「嘘でしょう。――、汚い。もうお嫁にいけない」
庵野は僕の冗談を無視して「レモンがなければレモンサクレじゃないだろ」とどうでもいいことを真剣に言った。
レモン味ならそれはもうレモンサクレだよ、と思ったがもう早く学校に行って顔を洗いたかったので、何も言わずに空を見上げた。高い空から注ぐ天然のシャワーで日光消毒を試みてみると、あまりの明るさに涙が出た。




