少年は出会わない
暑い夏。汗をかいても気にならなかった。
「――ボーイ・ミーツ・ガール」、夏と言えばこれでしょう。
男子高校生3人が「ボーイ・ミーツ・ガール」の出会いに向けて奔走する。
「食パンをくわえた少女、西日に照らされる制服少女、うなじの汗が花火に輝く浴衣少女――、それらが僕らにとっては青春だった」
「ボーイミーツガール」はシチュエーションから生まれる!?
青春の管理下、高校生の日常がここに――。
▽第一話▽
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『シェルター』で飲むラムネは祭りで飲むラムネよりも透明で、爽やかな感じがした。それは冷房の効いた室内で飲むせいかも知れなくて、あるいは氷の透明度がラムネとの相乗効果を生んでいるのかもしれない。
「ねえ、氷同士が水の中でぶつかる音、分かる?」
僕はふたりに聞いた。
「わかるよ。そりゃ当然。」
「風鈴の音を聞くと、涼しさを感じるけれど、氷の音の方が涼しいよね」
庵野と原田何も言わずに僕の続きを待つが、僕は特別面白い続きを持っていない。
「だから氷のぶつかる音のなる風鈴とか作れば良いのにって、ただそれだけ」
ふたりは「ふん」とか「うん」とか良く分からない相槌を打った。
僕は適当に言ったのだが、本当にそういった商品があればいいのにとなんだか無性に思った。
外では陽炎が立っている。アスファルトから昇る陽炎は、それだけで僕らは熱中症に鳴りそうだった。
「それでさあ、ビバ! 青春計画なんだけど」
と庵野が言った。
カウンター中で矢沢さんが噴き出している。
「青春って、青春真っ只中の学生が言うことじゃないよ」
「そんな、僕たち青春してないよ」
「――、なに言っているの。君たちはね、知らず知らずのうちに青春の管理下にいるんだよ」
「貴重な青春の一ページを『シェルター』に使いたくないよ」
「そうかい、ならどうぞ、『くうねる』から出て、太陽と闘ってきてください」
矢沢さんが言って、僕たちが謝る。
「原田が燃えると大気汚染になるからなあ」
庵野が言った。
「暑さのあまり、原田が燃える。原田が燃えると大気が汚れる。大気が汚れると地球が温暖化する。これが原田の温暖化スパイラル」
と僕は言って、矢沢さんが笑う。
「ただ、僕が燃えると、今後二酸化炭素を排出する人が一人減るわけだからさ、長期的なスパンで見れば、それはエコだよ」
原田の言葉に庵野が反応する。
「……、もしかして博士の席狙っている?」
「――、ビバ! 青春計画はどうするのさ」
原田が言って、それだよ、と僕は声をあげる。
「ボーイミーツガール!」
庵野と原田は僕の方を期待するように見る。僕はひとつ咳払いをして話し始めた。
「ボーイミーツガールってさ、日本語にすると」
「――、少年少女の出会い」
「そうなんだよ。でもさ庵野も原田もさ、少女と出会ってきてるよね」
ふたりはうんうんと頷いている。
「じゃあ、ボーイミーツガールは経験してる?」
ふたりはううんと首を振る。
「ほらそこ、おかしいじゃないか」
と僕はふたりを指さした。
「確かに、でも気にしたことなかった」
原田はのんびりと言う。
「まあ、普段は気にするようなことじゃないよね。でも僕たちはこの夏。ボーイミーツガールをしないといけない」
僕は宣言するように言った。
「ボーイミーツガールをしなければならない」
庵野と原田はいいぞ、と手を叩く。視界の端で矢沢さんが笑っているのが目に入る。
「なに笑ってるの」
「いや、面白そうだから」
「馬鹿にしてるでしょう、こっちは真剣なんだから出っていって」
ここは僕の店なんだけどという矢沢さんの意見は無視をする。
「いや、涼くんの意見はもっともだと思うよ、気にしたことなかったけど」
そういってふたりは期待するような目で僕を見続けている。僕はしかしここまでしか意見を持たない。よしと言って座り込んだ。ふたりはきょとんとして何か気がそがれたように顔を見合わせている。
「終わり?」
「うん」
「その次は?」
「皆で考えよう」
庵野ははあと大げさにため息をついて、しかしボーイミーツガールと楽しそうに口に出した。
「ボーイミーツガールって何を条件に発動するの?」
庵野が聞く。
「夏?」
「いや、でもクリスマスツリーの下で偶然出会った子にびびっときたらそれはもう、ボーイミーツガール」
原田の言葉に僕は反論した。
「じゃ、イベント?」
庵野は僕に聞く。
「いや、でも放課後西日が当たる廊下で、すれ違った子と廊下の曲がり道まで振り向かずに反対方向に歩いて、そこで振り返って目が合ったらもう、ボーイミーツガール」
「もう、ボーイミーツガール」
と原田が僕の言葉を真似る。
「結局なんだよ」
と庵野が根負けしたように叫ぶ。
「それはね」と原田が訳知り顔で言う。
「人は産まれた時から、一度のボーイミーツガールをする権利を持っているんだよ」
ボーイミーツガールする権利ってなんだよと思いながらも、そうであった欲しいと思った。そうしてこの夏、その権利を行使できれば。
「例えば」と原田が言うのを庵野が遮る。
「――、原田がパンをくわえて走っていると、曲がり角でパンをくわえている少女とぶつかるとか」
「なんだよそれ」と僕は笑った。
原田はなんだか嬉しそうにこちらを見ている。僕はまさかと思うが怖いので、それには触れない。
「庵野は?」
「おれ? おれはやっぱり制服かなあ」
「制服?」
「うん、セーラー服の美少女に出会いたい」
「ふーん」
「涼ちゃんだけ言わないのずるいぞ」
「別に隠してないよ、ぼくは浴衣かなあ」
ふーん、と皆で、窓の外を見る。相変わらず外は灼熱のようで、歩いている人の目が細い。
夕方になるまでシェルターで粘ろうと考えていたが、一向に涼しくなる気配はなかった。
「やってみようよ」
と原田が呟いた。
「なにを?」
「ボーイミーツガール」
と原田が立ち上がった。拍子にアイスココアが倒れて、シェルターを汚した。
やってみようってなんだよって思いながらも僕も席を立つ。庵野も同時に席を立つので、にわかに『シェルター』がどよめき立った気がした。




