慟哭
アナベルの結婚式に向けて各国の王族、貴族などが王城へと入場し始めた。
今日この日、アナベルとジルベルトは結婚し夫婦となる。感慨に耽っていたアナベルにジルベルトが声を掛ける。
「アナと夫婦になるんですね」
「そうだよ。ところで、夫婦になるのだから、その喋り方はどうなんだい?砕けた方が私は嬉しいのだけどね」
「そうですか?じゃあ、アナと結婚できて嬉しいよ」
「うん。その方が良いね」
はにかんだ笑顔にきゅんと胸を締め付けられるアナベル。ジルベルトは笑うと眉と目尻が下がる。それがなんだか困ったような顔になるのだが、その笑顔が堪らなくアナベルは好きだった。庇護欲をそそられ、誰にも傷付けられない様に優しく包んでいたくなる。
「緊張するね」
「アナでも緊張するんだね」
「私を何だと思っているんだい?」
「え?ごめん」
本当にすまなそうにするジルベルトが可愛くて、アナベルはジルベルトに抱き付いた。
「ジル、愛しているよ」
「僕も愛してる」
抱き合った二人は、頬を赤く染めながら幸せそうに微笑んだ。その傍らにはいつも無表情の侍女が立っている。しかし、今日は、ずっとニコニコと彼女も我が事の様に幸せそうに笑っている。
「…あ、熱いね…少し王宮内を歩いてくるよ」
「………分かった。いってらっしゃい」
アナベルはキスをしてジルベルトから離れ、ジルベルトはアナベルの背を幸せそうに見送っていた。
ジルベルトから離れたアナベルは離宮の廊下を一人静かに歩いていた。離宮の庭園には、ジルベルトが好きな薔薇を中心に様々な花が植えられている。
魔法によって管理されている庭園は、季節関係無く花が咲いている。チューリップ、ベゴニア、水仙、パンジー、オシロイバナにカトレア。
そんな見事に咲き誇る花を見ながら廊下を進んでいると前方に人影があるのに気付いた。
「こんにちは」
目の前に現れたのは、美しく着飾ったライラだった。ジルベルトを傷付けた女性。憎くて殺してやりたかった相手。
でも、優しいジルベルトが自分のせいでアナベルが罪を犯してしまう事でまた傷付いてしまうと復讐に二の足を踏んでいた相手が目の前にいる。
ライラは、そんなアナベルの心境を知ってか知らずか、感情を伺わせない綺麗な作り笑いをアナベルに向けた。
「この時を待っていたの」
ライラの動向を監視していたリンによって彼女が、結婚式に参列する為に入城したのは知っていた。
城の中での行動を監視する為に他のアズマやイオリも出払っている。彼等からライラを見失ったとは報告されていない。
どうやって此処に侵入できたのだろうか。此処は、王族しか立ち入れない場所なのに。
「?」
ライラは、ゆっくりと近付きながら、怨嗟の声をアナベルへと吐く。
「あんたのせいで私がどれだけ苦労したと思ってんの!!」
「!」
「私がこの世界で享受する筈だった幸せを返して!!毎日のように醜いブタに抱かれた!!!ブタによ!!家畜よ!!畜生よ!!!このヒロインである私が!!そんなルート無かった!!この世界のヒロインなのに!!!なんで!!なんで!!なんで!!」
「君は…」
「あんたがいる限り!!私は幸せをなれない!!だから…」
そう言うといきなり走り出したライラに一瞬、驚いて固まるアナベル。
「死ねよぉぉぉぉぉぉぉ」
腰撓めにされた短剣が目に入った。咄嗟の事で身体が対応できなかった。次の瞬間、
ドンッ
ライラの短剣は、深々と腹部に刺さり、じわっと服に染みを作っていく。アナベルは信じられないと大きく目を開き固まる。刺したライラは暗い笑みで、刺した短剣を回転させて内臓を抉る。
途端、口から吐血し苦痛に歪む表情に脂汗を流す―――――――――――ジルベルト。
アナベルを庇ってライラの短剣をその身に受けたジルベルトは、いつもの優しげな顔を眉間にシワを寄せ、顔を歪ませる。
「はっ、ジルベルトか」
鼻で笑ったライラは、もう一度短剣を抉り込むと一気に抜いた。
刺された患部からは、勢いよく血が吹き出し、ライラに降り注いだ。全身を真っ赤に染めたライラは、陰気臭い顔をアナベルに向け、ジルベルトの血で塗れそぼり、血が滴る短剣を再び構えた。
「あんたがいけないだ。私を裏切ったから」
アナベルに短剣が突き出された瞬間、アナベルの私兵達が現れ、イオリがライラの短剣を叩き落とし、アズマが蹴りを入れ、リンが袈裟懸けにライラの身体を斬り捨てた。
支えを失ったジルベルトの身体が傾ぐ。それをアズマが抱き留めた。
ジルベルトの腹部から命が流れ出ていく様子を恐慌状態のアナベルは真っ青な顔で震えている。
「ああ、あ、あ」
瞳が潤み、涙の膜が出来上がり、限界まで盛り上がった涙が零れた。
「姫様!!」
イオリが呼び掛けるが、真っ赤な血を流し死に近付くジルベルトから目線を逸らせないアナベルが頭を抱え、藍色の綺麗な瞳から涙を流し続ける。
「姫様!!治癒を!!」
アナベルに呼び掛けるが、応答がない。ジルベルトを失うかもしれない恐怖に心が壊れかけている。それが、痛い程分かるイオリとアズマとリン。
だが、早く治癒魔法を掛けないと助かるものも助からない。もう一度呼び掛けようとした時、
「……アナ」
「ジル!」
弱々しい声でジルベルトがアナベルを呼んだ。混濁する意識から覚醒したアナベルは、アズマに支えられたジルベルトを覗き込む。
ジクジクと激痛が走り、ジルベルトは苦痛そうに呻き、顔を歪める。
「アナ……」
「何?ジル?」
「……大丈夫?怪我は?」
苦しそうな顔を頬を引き攣らせながらも安心させる様にアナベルに笑い掛けるジルベルト。それでもアナベルの涙は意思とは関係無く、はらはらと流れ続けている。その涙はジルベルトの青白くなった頬に落ち、流れる。
「してないよ。ジルが庇ってくれたから」
「そう、良かった」
ほっと息を吐くと少しつづ、呼吸が浅くなっていく。目を開けているのも辛いのか、ゆっくり目蓋が下がっていく。
「ジル?」
口角を少し持ち上げて微笑んだ様に見え、気怠げにまた開かれた鳶色の優しい瞳から一滴涙が零れるとジルベルトの瞳から光が消え、先程までの苦悶の表情はなく、身体が冷たくなっていった。
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
読んでいただき、ありがとうございます。
ライラを監視していたのはリンです。姿を見せなかったですね。




