保育園に通う③
俺の毎日のお昼の行動を見ていた男の子たちが、声をかけてきた。
『ちひろ、お前、お漏らしするんだろ。だから、オムツしてるんだよな。みんなは、パンツだぞ。ちひろは、赤ちゃんだな。』
この野郎、俺を揶揄いやがって。ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、そんなこと出来ない。お昼寝後は、パジャマから着替えるがそのままオムツで過ごしている。男の子の一人、勝也が、俺のスカートをめくった。
『やっぱりオムツだ。オシッコでビショビショじゃねーの。きったねー。』
人生初めて、スカートめくりをされた。そして、初めて、女の子の気持ちが分かった。嬉しくなんかなるわけない。ひたすら、ムカついた。この日をきっかけに、俺はいじめの対象となってしまった。
毎日のように、オムツを揶揄われた。最初は全く気にならなかった。なぜなら、普段からもっと厳しく彩先生から指導されていたからだ。彩先生のお仕置きに比べたら、こんないじめは大したことない。そう思っていたが、来る日も来る日も、いじめられていたら、徐々にストレスを感じるようになってきた。そして、そのストレスが原因なのだろう、俺は、保育園でも、自宅でも、おねしょをするようになってしまった。このことは、さすがに俺の心を傷つけた。俺はふさぎ込むようになり、泣き虫になってしまった。
あゆみ先生は優しく接してくれる。しかし、いじめっ子たちは、先生の見ていないところで、俺をからかってきた。その度に、涙を流した。どうすればいいのか解決する方法が見つからなかった。相手は幼児だ。暴力で対抗すれば、簡単なのだが、それが出来ない。何かいい方法はないか。
俺の様子をみて、かすみも彩先生も心配するようになった。連絡帳には、おねしょの記載はあるが、いじめの記載はなかった。
『わたし、いじめられてるの。』
などとは、どうしても言えない。レイちゃんを傷つけたくないからだ。ただ、かすみも、彩先生も俺の心を読んでいるので、いじめの事実を把握していた。
俺は気持ちを切り替えることにした。いじめの解決にはならないが、保育園の生活を楽しいものにしたかったからだ。おねしょをすれば、あゆみ先生に甘えられる。この際だから、いっぱい甘えようと思った。泣きたい時は、我慢しないで、大泣きした。そうすれば、また甘えられる。いじめっこもいるが、仲良く遊んでくれるお友達もいっぱいいる。楽しいことだけを考えることにしたのだ。
そんな中、ある日、レイちゃんと公園で遊んでいると、例のいじめっ子の勝也が、数人の小学生に囲まれていた。
『おい、お前、小さいくせに生意気なんだよ。ここは、俺たちの遊び場なんだから、出て行けよ。』
リーダーと思われる男の子が、勝也を小突いた。勝也は尻餅をつき、そして泣き始めた。いじめっ子の勝也がいじめられていたのだ。ざまあ見ろ。俺をいじめた罰だ。そんな風には、思はなかった。なんだか、可哀想に見えてならなかった。しょうがないなあ、助けてやるか。俺は勝也のところに行き、小学生との間に立ち塞がった。
『なんだこの女は。』
今度は小学生たちが、俺を囲んだ。
俺は一言だけ、呟いた。
『お兄ちゃんたち、悪いことは止めてね。止まないと、私が本気で怒るわよ。』
やはり、聞いてはくれなかった。リーダーが、俺に手を出してきた。俺は、その手をとり、合気道の技で、リーダーを投げ飛ばした。それを見た他の男の子たちは、ビックリして逃げていった。俺はリーダーに向かって、諭すように話した。
『男の子は、正々堂々としないと、格好悪いわ。モテないわよ。』
リーダーは、ゆっくりと頷き、公園から出ていった。
『勝也くん、大丈夫?』
俺の行動を目の当たりにして、勝也は大泣きをし始めた。
『ちひろちゃん、今までごめんね。俺、正々堂々となるから、許して下さい。俺、ちひろちゃんと仲良くなりたいよ。えーん。』
『勝也くん、ちひろ、平気だよ。一緒に遊ぼう。』
勝也は、涙を拭って、頷いた。その後、俺とレイちゃん、そして勝也の3人で、公園で遊んだ。このとき、分かった。俺にも覚えがある。男は、単純。気になる女の子の気を引くために、ちょっかいを出すのだ。勝也は、俺のことが好きなんだと分かった。男ってバカだなあ。いかん、いかん、俺、完全に女の子側になっている。
それ以降、勝也が俺を揶揄ったり、いじめたりすることはなくなった。むしろ、他の男の子が俺にちょっかいを出そうとすると、守ってくれるようになったのだ。俺は勝也の正々堂々と男らしく振る舞おうとする姿勢に好感をもった。そして、俺のストレスは解消され、おねしょも治り、オムツ生活ともおさらばした。かすみや彩先生もホッとした様子であった。
レイちゃんが、かすみに報告している。
『あのね、ママ。ちひろちゃんね、モテるんだよ。うさぎ組の勝也くんが、ちひろちゃんのことが好きみたいなんだあ。』
『まあ、そうなの。ちひろちゃん、男の子にモテるんだあ。』
それを聞いて、俺は顔を赤くした。
『ちひろ、最近、可愛くなったと思ったら、恋しちゃったのかな。』
彩先生が、揶揄ってきた。
『違うよ。恋なんてしてないわ。』
俺は、さらに顔を赤く染めて、否定した。ああ、バカだ。こういう態度は、客観的に見たら、図星のときの反応である。
『いいのよ、否定しなくても。ちひろは、可愛いんだから。いずれ、男の子にキスとかされる時が来るわよ。』
彩先生は、けらけらと笑っている。さすがに、それだけは避けたい。しかし、この姿のまま、5年、10年と過ごしてしまうと、そういうシチュエーションが来ないとは言い切れない。そうなる前に、さっさとルシファを退治すればいい。
保育園では、運動会の練習が活発になってきた。例のお遊戯の他に、駆けっこなども行われる。3歳女児の姿だが、俺の走るスピードは軍を抜いている。圧倒的な速さで、うさぎ組のお友達を寄せ付けない。イジメの対象であった俺は、完全にクラスのアイドルの地位に登りつめた。誰も揶揄う者などいなくなった。いや、むしろ男の子も女の子も俺に憧れを抱いているようだ。お遊戯の『お姫様役』のごとく、俺はお姫様のように振る舞った。
パンダ組では、さらに凄い。お友達はみな、レイちゃんのことを『レイ様』と呼ぶようになっている。何事にも完璧なのだ。そんな姉を持ち、俺は鼻が高かった、
3月までは憂鬱で仕方なかった保育園。通い始めて、約1ヶ月。毎日が楽しくて仕方ない。俺の知能レベルに合ってるのかもしれない。このまま、ずっと3歳でもいいと思うくらいであった。




