涙の理由⑤
決して足を踏み入れることの出来ない世界。それは、ランジェリーショップだ。前を通るだけで、気を使ってしまうほど、聖域と思っている。だが、今は、堂々と入れる。俺は、魔法にかかったように、その店に引き寄せられた。
店に入ると、お宝が整理整頓されて飾ってある。そう、俺にとって女性の下着はお宝だと思っていた。まさに、宝の山である。最初は恥ずかしくてたまらなかったが、今では当たり前のように身につけている。もちろん、今日も可愛い下着を着けている。しかし、自分で選んだものではない。彩先生の用意したものだ。せっかくだ、気に入ったものがあれば、買っちゃおう。さて、宝の山の中から、自分に似合うものを探さねばならない。洋服以上に選ぶのが難しい。なぜなら、手に取ることさえ、気がひけるからだ。洋服と違い、店員は声をかけてこない。俺から、声をかけるのも、なんとなく恥ずかしい。俺は、レジ付近で働いている店員にアイコンタクトを試みた。さすがは、青山のお店。目が合うと、すぐにやって来た。
『どんな感じのを、お探しですか?』
どんな感じって、、、どう答えればいいか、全く分からない。そうだ。さっきの洋服と同じように決めればいいか。
『新商品はありますか?』
お店にとって、新商品を売ることはありがたいはずだ。きっと、積極的に勧めてくれるだろう。店員は、2mほど離れた商品棚に案内してくれた。
『この辺りのが、夏の新作になります。』
まだ、春なのに、こういう業界は季節を先取りするのかと感心した。俺は、度胸を決めて、商品に手を取った。肌触りがいい。何とも言えない感触である。これを身につけたら、どんな感じなのだろう。俺は男なのだから、完全に変態である。
『今、お手にしているのは、大変人気がある商品です。ご試着なされますか?』
な、何!下着って、試着できるのか。知らなかった。驚きだ。そうか、人によって胸のサイズが違うから、試着が当たり前なのだ。さすがに、パンツの試着はないようだ。
『お客様の、サイズはおいくつですか?』
サイズ?分からない。女性なら、普通の会話なんだろうが、分からないものは答えようがない。
『最近、ちょっと太ったので、サイズがよく分からないです。』
これで誤魔化せた。適当なサイズのを買えばいいや。
『それでしたら、サイズをお測りしましょうか。』
えっ、ここで?恥ずかしいよ。俺は、とりあえず頷いた。
『こちらに、どうぞ。』
あっ、そうか。外で測るわけないか。俺は広い試着室に案内された。一人ではなく、店員も一緒に入ってきた。
『上、脱いでいただけますか。』
女性同士だから、恥ずかしがる必要はないなだが、俺はドキドキだ。ブラウスを脱いで、ブラだけになった。
『失礼します。』
店員は、慣れた手つきで、俺のブラを外した。胸が丸出しだ。そんなことは、全く気にしていない店員は、手際よく、メジャーを使い、サイズを測定してくれた。そして、試着室から出て行き、すぐに戻ってきた。
『こちら、ご試着下さい。』
そう言って、さっきの新作を俺の胸につけてくれる。店員の柔らかく小さな手で、胸を触られた。カップの中に綺麗に収めるように、形を整えてくれたのだ。
『まあ、ぴったり。よくお似合いです。お客様のお胸は、とても美しいですが、よりいっそう綺麗になりますわ。』
こんなこと言われたら、買わざるを得ない。俺は、色違いで2組を購入した。
その後もぶらぶらしたが、バッグとジュエリーも買ってしまった。女性がショッピングが楽しいという気持ちが理解できた。しかし、きりがない。俺は大荷物を持って、自宅に瞬間移動した。
帰宅後、買った洋服を着たいという衝動にかられた。が、ドライブ当日まで絶対に見られたくない。俺は洋服をクローゼットの奥にしまった。ハイヒールに、帽子、それからバッグとジュエリーも片付けた。あとは、ランジェリーだけだ。2組のランジェリーの値札を外していた時に、かすみに見つかってしまった。
『あらまあ、可愛いブラね。ちひろちゃん、自分で買って来たのね。』
俺は、恥ずかしくて、ランジェリーを後ろに隠した。
『何、隠してるのよ。いいのよ。今はヒロ君でなくて、ちひろちゃんなんだから。お洋服も買ったのかしら。』
『はい、ママのアドバイスで、雑誌に載っていたお店で買いました。でも、当日まで秘密よ。』
『まあ、楽しみだわ。彼氏さんも喜ぶわね。』
『彼氏じゃないってばあ。私が好きなのは、ママだけだもん。』
『せっかく、女の子になってるんだから、恋愛も楽しんでいいのよ。でも、相手が女の子はダメよ。』
もう、何が何だか分からなくなってきた。俺は男だけど、女の子になっていて、俺が愛する人は女性のかすみで、でも、恋愛対象として男はOKで、女はNG。複雑だあ。
そういえば、ドライブ当日、彩先生は、俺たちのことを、洋介さんに、どのように紹介するんだろう。俺の位置付けが、一番難しい。レイちゃんは、俺のことを妹と認識して、『ちひろちゃん』と呼ぶし、俺はかすみのことを『ママ』と呼ぶわけにはいかないし、彩先生のことは俺の叔母とすでに言ってしまったから、俺は単なる居候ってことになるのか。
『見たぞ。ちひろ。』
彩先生が、いつの間にか後ろに立っていた。
『な、なーに。彩姉ちゃん。』
『後ろに隠したのが運の尽き。私は、見ましたよ。可愛いランジェリー。』
『そうよ。可愛い下着を買ってどこが悪いのよ。必要だから買っただけなんだから。もう、いつもいつも、私をからかって。何よ。』
俺は、不満をぶちまけてしまった。
『おやおや、何を興奮してるの。別に怒ってないでしょ。服を買いなさいと言ったのは、私なんだから、全く問題ないわよ。可愛い服を着て、可愛いランジェリーを身につけて、可憐に振る舞いなさい。ちひろちゃんは、美しい女の子なんだから。』
確かに、俺、何を興奮していたのか。彩先生のからかいなんて、いつものことだ。気にする必要など全くないのに。感情の抑制が効かなくなっているのか。ダメだ。抑えきれない。俺は、訳もなく、大泣きをしてしまった。




