涙の理由④
彩先生が、またいつものようにビールを片手にテレビを見ている。何を見ているのか画面を見たら、なんと、またまた俺が映っているビデオだ。
『彩姉ちゃん、やめてー。』
俺は画面の前に仁王立ちしてる、視線を遮った。前の時は、バレエのレオタード姿のビデオ。今度は、もっとひどい。19歳のちひろが、殺人犯に襲われているシーンだ。
『もう、どいてよ。せっかく楽しんでいたのに。こんな美人が主演のエロビデオ、なかなかないのよ。』
ダメだ。完全に酔っ払っている。俺が犯人に押さえつけられ、胸を揉まれている姿が映っている。
『ダメ。本当にダメ。これは、ダメ。』
『もう、ちひろったら、真面目なんだからあ。元はと言えば、あなたが勝手に私のビデオカメラを持ち出したからでしょ〜。』
『だって、仕方なかったのよ。』
『言い訳しないの!』
なんで、俺が怒られないといけないんだ。
『そうそう、洋介と連絡取り合って、今度の土曜日にドライブに行くことにしたから。かすみさんも、レイちゃんも誘っておいたから。』
本当に行動力の高いお人だ。しかし、俺が主役じゃないか。なのに、俺に言うのが最後って、おかしいだろう。
『何、黙ってるのよ。あなたが会いたいって言ってたから、会わせてあげるの。感謝しなさい。』
俺、一度も会いたいなどとは言ってないんだけど、、、。
『はい。分かりましたわ。』
『そんな、ふくれっ面しないの!美人が台無しよ。それと、これ。自分で似合うと思う洋服を買って来なさい。デートなのよ。おめかししないとね。』
そう言って、テーブルに札束を投げた。ざっと見て、50万円はありそうだ。
『あ、あ、ありがとう。でも、女性の洋服買ったことないので、何を選べばいいか分からない。一緒に行ってもらえませんか。』
彩先生が、いつもの目をした。
『ダメ。一人で買ってきて。かすみさんに頼むのもダメよ。そろそろ、女性として独り立ちしないと。』
また、俺を辱めて、楽しむというわけか。似合う服を選べば、「ちひろ、すっかり女の子になって、、、」と、からかい、ダサい服を選べば、「何それ。ださださ。そんな服着て、恥ずかしくないの?」と、からかうつもりだ。ならば、とびきり可愛くなってやる。俺にもプライドがあることを見せつけてみせる。
『分かりました。当日を楽しみにしてね。』
ああ、どうしよう。言ってはみたものの、女性の洋服をどう選べばいいか分からない。仕方ない、やっぱり、かすみに聞いてみよう。
『ねえ、ママ。今度、新しい服を買おうと思うんだけど、19歳のちひろの服だけどね。何をどう選んでいいのか、どこで買えばいいのか、全く分からないので、教えて欲しいんだけど。』
俺は、言いながら、照れ臭くて、顔を赤くした。
『やっぱり、私のところに相談に来たわね。でも、彩さんから口止めされてるの。そうしないと、ちひろちゃんが、いつまでたっても、大人の女性になれないからって言ってたわよ。』
そもそも、俺は大人だろうが、子供だろうが、女性になるつもりはないんだけど。もう、俺を男に戻さないつもりなのか。俺は、泣き始めた。
『もう、ちひろちゃんは泣き虫なんだから。すぐ泣くね。じゃあ、特別にヒントをあげるわ。迷ったら、婦人雑誌を読みなさい。ちひろちゃんは、19歳だから、CanCanを読んでごらん。』
そっかあ、ファッション雑誌を手本にすれば良いわけか。俺は、笑顔に戻った。
『まあ、可愛い。ちひろちゃんは、笑顔が素敵よ。私より綺麗ね。』
『そんなことない、ない。ママが1番です。ママ、ありがとう。やっぱり大好き。」
俺はすぐに、書店に向かった。女性向けのファッション雑誌は、すぐに見つけたが、その多さにびっくりした。あれこれ考えても仕方ないと思い、かすみに言われたCanCanを購入した。
帰宅後、すぐに読み始めた。美しくて、スタイル抜群のモデルが紙面を飾っている。どれも、色鮮やかで華やかである。写真をよく見ると、すぐ下に、洋服のメーカーや、店の情報が書かれている。気に入った服の情報をメモした。さて、この中からどれを選べばいいのか?迷う、迷う。一番美しいかすみをイメージし、かすみに似合いそうな服を考え、そして、2点に絞った。一つは、白のブラウスと膝丈のスカートの組み合わせ。ブラウスにはリボンとフリルが付いており、女性らしい柔らかなラインを映し出している。もう一つは、花柄のワンピースに、丈の短い白のボレロの組み合わせ。白のハイヒールで、足元も上品である。どちらも、青山の同じプティックで取り扱っている。俺は瞬間移動で、青山に飛んだ。
店に入ると、店員がにこやかに迎えてくれた。そして、すぐに声をかけて来た。
『いらっしゃいませ。今日は、どのような感じの、お洋服をお探しですか?』
こういう接客は大の苦手である。自由な好きなものを、ゆっくりと選びたいと、いつもは思うのだが、今日は違う。むしろ、声をかけてもらった方がありがたい。素直にアドバイスを聞いた方が、間違いない。
『雑誌に掲載されていたのを見たいのですが。』
『今月号のCanCanですね。はい、こちらにございますよ。』
お店の、ほぼ中央に、目当ての服がどちらも飾られていた。かわいい。とにかく、アドバイスを聞こう。
『これと、これ。どちらが私に似合うかしら。』
『お客様でしたら、どちらもお似合いだと思いますね。羨ましいくらい、お美しいので、バッチリ着こなせると思いますよ。でも、私がお勧めしたいのは、ワンピースの方かな。正直、普通のお方の場合、華やかな花柄に目がいってしまい、ご本人様の印象が逆に薄くなる可能性があると思うのですが、お客様なら、お顔が綺麗でスタイルも抜群ですから、花柄に負けないと思うの。』
なんだか、褒められたら嬉しくなってきた。口車に乗せられた感じもしないでもないが、優柔不断な俺を後押ししてくれたと考え、ワンピースを買うことにした。
『そしたら、これ頂けるかしら。』
『サイズがいくつかございますので、こちらで、ご試着して下さい。』
サイズなどどうでもいい。俺の場合、服の大きさに体を合わせられることが出来るから。面倒だなあと思ったが、断るのも悪いと思い、試着をした。鏡に映っている姿を見て、これなら、かすみにも、彩先生にも負けないと確信した。そして、洋介さんにも褒められるかなあと思った。そして、ハッと思った。俺の中に、やはり女の子の心が強くなっている。洋介に褒められたいなどと思うこと自体、本体であるヒロならば、考えられないことだ。冷静に考えれば、この店で服を買っていることが、不自然である。そう思っていると、店員が嬉しそうに声をかけてきた。
『うわあ、やっぱり凄いわあ。ねえ、ひかりちゃん、ちょっと来て。このお客さん、もの凄くきれいよ。』
ひかりと呼ばれた店員がやってきた。
『まあ、ホントだわあ。あの雑誌のモデルより、完全に上だわ。てか、ひょっとして、モデルさんですか?それとも女優さん?』
いいえ、違います。暗殺者です。などとは、言えない。
『いいえ、仕事はしてません。』
『てっきり、業界の方かと思いました。あっ、ごめんなさいね。あまりにも美しかったので。もし、宜しければ、この店の専属モデルになりませんか?』
店長らしき人が現れ、名刺をくれた。
『考えて見ます。』
同じ店で、帽子と、ジャケット、ハイヒールも買い、店を出た。
それから、青山の街をぶらぶらした。そして、男にとって、未開の地を発見したのであった。




