涙の理由②
次の日の夜、洋介からラインが届いた。
『こんばんは、洋介です。彩さんから、ラインが届いていることを報告します。とても、積極的な女性ですね。彩さんもちひろさんも美しいですが、親戚なのに性格は全く違うのかな(笑)ドライブに誘っていただき、嬉しい限りです。そして、何より、ちひろさんに会えることが嬉しいです。では、当日、楽しみにしています。』
俺は喜びよりも、後ろめたさの方が大きかった。彼は、本当に好青年だと思うからだ。俺にできることは、妻の事件の解決だ。まずは、情報集めだ。俺はMr.Tに連絡した。
Mr.Tと、新宿のアジトで会うことにした。夜10時、ドアをノックする音がした。Mr.Tらしい、時間ちょうどにやって来た。俺は、まず謝罪をした。
『この前は、本当にごめんね。私が無理なお願いをしちゃったのが、いけなかったわ。』
『ヒロさんと言えばいいのか、それとも、ちひろさんなのか、、、なんか話しづらいですよ。』
俺は、ちひろの姿でいたから、無理もない。このところ、ほとんど、ヒロの姿で過ごしていない。色々と理由はあるが、一番の理由は洋服である。今、俺に用意されているのは、0歳、3歳、19歳の服ばかり、もちろん女性ものである。ヒロ用のスーツや、コートなどは嵩張るから邪魔だということで、彩先生に全て処分されてしまった。彩先生曰く、「もう必要ないでしょ」ということだ。それでも、新宿、つまりこの場所には、沢山の服がある。しかし、あえて、ちひろの姿をしていた。
『ちひろと呼んでね。』
動揺するMr.Tが面白い。
『それでは、ちひろさん、謝る必要はないです。元はと言えば、AGUが招いたことですから。』
『分かったわ。それでは、出かけましょう。』
『出かけるって、この時間に、その格好でですか。なんか、私の方が照れてしまいます。』
『そんなこと言わないで、Tおじちゃん。』
Mr.Tは苦笑いするしかなかった。
俺とMr.Tは、歌舞伎町を歩いた。そう、佐々木組の事務所に向かったのだ。雑居ビルの階段を上る。暴力団の看板を見たところで、震えるMr.Tではない。ひょうひょうとしている。俺は扉を開いた。
『佐々木のおじちゃん、ちひろだよ。』
黒ずくめの集団が一斉に、こちらを見た。そして、全員が頭を下げた。
『ちひろ様、待ちしておりました。』
リーダー格と思われる男が代表して挨拶した。奥から、佐々木組長がやってきた。
『お待ちしておりました。』
『おじちゃん、お姉ちゃんは?』
『ゆかり、早く来い。』
恐る恐る、女が出てきた。未だ、トラウマから脱出出来ていないようだ。
『じゃあ、みんな行くわよ。ついておいでね。』
俺を先頭に、Mr.T、佐々木組長とゆかり、その後ろに黒ずくめの集団が歌舞伎町を闊歩して行く。はたから見れば、異様な光景である。3歳の女の子がヤクザを率いて歩いているのだから。俺が向かっているのは、駅前のホテルである。この日、ホテルには宿泊客もレストランに来る客もいない。俺が貸し切っているからだ。先日の畠山事務所の件で、Mr.Tと佐々木組長には、迷惑をかけてしまっている。謝罪とお礼を兼ねて、一席設けたのだ。ついでに、組員も呼んで場を盛り上げさせようと考えた。
ホテルに到着すると、中から支配人がやってきた。
『本日は、彩様のご紹介ということで、万事準備出来ておりますので、どうぞお楽しみ下さい。』
実は、彩先生の一言で、容易くホテルを貸しきることができたのだ。大宴会場でのパーティーである。乾杯の挨拶は佐々木組長が行なった。
『この旅は、ちひろ様のご厚意によって、こんな素晴らしい席にお招き頂き、大変有り難く存じあげます。』
組長は、大いに緊張している。それが、見ていて面白い。次に俺が喋った。
『みんな、いっぱい食べて、飲んでね。残したら許さないよ。』
そう言って、俺は宙に浮き、天井付近を火を吐きながら舞ってみた。組員たちの顔が青くなる。テーブルに乗っている料理の量。傍に置いてあるアルコール類の量。とても、食べきれる、飲みきれる量ではない。俺は天井から叫んだ。
『嘘だよ〜。残しても怒らないから、安心していいよ。』
組員たちから安堵の声が漏れた。俺は佐々木組長の横に座った。
『この前は、危険な目に合わせてしまって、ごめんなさい。ちひろ、心から謝ります。』
『ちひろ様、謝らないで下さい。捕まったのは、わしの不徳の致すところです。ちひろ様は、悪くないです。』
『お姉ちゃん、もう怖がらなくていいからね。ちひろは、味方だよ。何か困ったことあったら教えてね。力になるから。』
ゆかりはホッとした顔になった。
俺は、最後にMr.Tのテーブル席に着いた。
『それで、ちひろさん、何か頼みごとがあるんでしょ。』
相変わらず、勘がいい。
『さすがね。Tおじちゃん。』
『頼むから、おじちゃんはやめて下さい。恥ずかしいですよ。』
俺はMr.Tに メモを渡した。メモには名前が書かれている。榊原洋介。
『分かりました。この男を調べればいいのですね。』
『そうなの。この人の奥さんが殺されたらしいの。その事件について詳細が知りたいのよ。よろしくね、Tおじちゃん。』
Mr.Tは顔を赤らめた。
俺は宙に浮き、再び叫んだ。
『佐々木のおじちゃん、後はよろしくね。ちひろは眠くなったから帰るよ。お金は払ってあるから心配しないでいいよ。みんな、バイバーイ。』
俺は瞬間移動した。場内はざわめいた。




