百三十三話 上杉景虎の矜持なんです
上杉景虎の口から、あっけらかんと言い放たれた言葉は、久助達が抱えていた疑問を確信へと変える、重要なピースであった。
「やはり、朝倉にも複数の転生者が……ん?」
と、久助はひとつ引っかかりを覚えた点を口にする。
「父……朝倉義景と、貴方が転生者だっていうのは概ね予想通りなんだが……」
「妹ってのは初耳っすねぇ」
「『四葩』は父に溺愛されて、特に念入りに隠されてたんだ。無理もねぇ」
久助と千代女に対し、上杉景虎は答える。
そう、確かに朝倉家内の情報についてはとにかく情報が少なかったが、とりわけ朝倉義景に娘がおり、それが転生者などという話は、噂にも聞いたことが無かったのだ。
しかし考えてみれば、久助の戦国時代の知識上には、確かに「朝倉義景の娘」という人物は存在している。
その名を『四葩』という。『葩』とは花びらのことで、花びらが四枚一対の花……つまり紫陽花を表しているという。史実では本願寺顕如の長男・教如に嫁いだとされており、現代に残る文献にも殆ど彼女に関する記載がない、謎に包まれた人物だ。
「四葩がどこで何をしているかは俺も知らねぇ。だが俺がこうして朝倉を離れてんのは、間違いなく四葩がいるからだ」
上杉景虎は続ける。
「四葩はマジモンの神童、天才だ。俺も前世では大概だと言われちゃいたが、アレは底が知れねぇ。父はハナから四葩を後継ぎに見据えていたからこそ、四葩ではなく俺が上杉に売られたんだろうよ」
「ま、おかげ様で好き勝手やれてるんがな」と、彼はクックッと笑みを浮かべて言う。
「それほどなのか、朝倉義景の娘は……。ってか、貴方の前世って……」
「前世だぁ? そんなモン聞いてなんの意味があんだ、面倒くせぇ……」
心底嫌そうな表情をしつつも、彼は自らの白衣の襟元を摘まんで見せた。
「ただの医者だ、外科医のな。だから俺は武士の道から逸れた。人を殺すのが俺の仕事じゃねぇ。人を生かすのが俺の仕事だ。それは生まれ変わったって変わらねぇ、変えちゃいけねぇモンだろう」
そういってため息を吐く。
「だから俺は上杉家の当主の座なんざ興味がねぇ、邪魔なだけだ。そんなもんはあの坊ちゃんと嬢ちゃんにくれてやるって言ってるんだがよ、それを良しとしない奴らが勝手に俺を立てて、お家騒動してるってわけだ。くだらねぇ、治す側の苦労も知らねぇでよぉ」
「なるほど……そういう事情だったのか」
七尾城の包囲が瓦解してからの景虎派の抵抗が妙に呆気なかったのは、最初から掲げるべき大将のいない軍勢だったからだ。
上杉謙信の死後、当時は景虎派の背後に朝倉や武田がいたからこそ、景虎派は優位に立ち、景虎派におけるジャンヌダルクともいうべき華姫を七尾城に封じ込めることが出来たのだろう。そして朝倉は景虎を形式だけの当主に置き、上杉家を実質的に乗っ取ろうと画策していたのだろう。
しかし滝川軍によって朝倉や武田が瓦解したことで後ろ盾がなくなり、先にも進めず後にも引けなくなったところで、滝川軍に攻め込まれたと……そんなところか。
七尾城の包囲が崩されたことで唯一の優位も失い、勝ち馬に乗りたかっただけの景虎軍諸侯は、ここぞとばかりに景勝側へと乗り換えたというわけだ。
「ちなみに四葩については、俺もよく知らん。そもそも直接的な関わりは少なかったんでな」
そう言うと彼は
「そういうわけだから、戦は手前らで勝手にやってろ。俺は関わらん。以上だ」
とだけ言い放ち、久助達の背後で待つ華姫へ「おい」と呼んだ。
「話は済んだ。じゃあな、俺は行く」
「……」
まるで一分一秒が惜しいかのように、たった一言言い放つだけで背を向ける上杉景虎。それに対して華姫は何も返さず無言で見送った。
小次郎と呼ばれた男もそれに続くが、白衣の美女だけが一人、久助の元へと近づき、囁いた。
「今日の阿君丸様、とっても饒舌でいらしたの。きっと久方ぶりに同郷の方と話せたのが嬉しかったのでしょうね」
「あ、あれで喜んでたのか……。して、貴女は?」
彼女はクスリと笑った。
「私は果心。以後お見知りおきを……それでは、また」
そう言い残すと、果心もまた、上杉景虎を追うように去っていった。
「アレはまた胡散臭そうな女っすね~」
「お前が言えんだろ……お前が」
思わぬ遭遇の後、ようやく春日山城へ入城。上杉景勝との対面を果たすのであった。
※景虎一派の出番は(多分)もうありません。
予定では彼らにも色々立ちまわって貰う予定だったんですが、話のテンポ的にそんな余裕がもう無いので、バッサリとカットすることにしました。
以下余談。
・上杉景虎(朝倉阿君丸)
朝倉義景の長男として産まれた、朝倉家二人目の転生者。一人目が義景で三人目が四葩。
ちなみに前世では凄腕で有名な外科医であり、久助は知らなかったが、医学の道を志していたミケにとっては称えるほどの人物であった。
「面倒くせぇ」が口癖の彼だが、仕事に対しては一切の妥協をせず、根は真面目で純朴な男だと果心は言う。実際面倒面倒と言いつつ、誰よりもセリフが多かった。
・小次郎
結局一言もセリフが無かった男の正体は、戦国時代を代表する剣客の一人、佐々木小次郎。
朝倉家家臣である富田勢源に剣をを学んでいたため、朝倉家とは縁があり、景虎と共に朝倉家を出た。
影は薄いが剣の実力は達人そのもの。
・果心
果心居士。数々の逸話を残す幻術師である。見た目は20代だが実年齢は不明。
以前は各地を旅しては様々な権力者に幻術を披露していたが、縁あって景虎と出会い、この時代では奇跡の芸道にも等しい治療術に魅せられ、彼の助手として同行している。
景虎・小次郎と肉体関係はない。




