第六十話 ドラゴン様の新戦力
軍の規模では大陸随一。ガンズ帝国。
兵の勇猛さでは大陸随一。ビスト連合国。
西の大陸に於いて語られる話のタネと言えば激しく争うこの二大国に関わるものであったが、昨今、そこに肩を並べる国の名がある。
その話題の中心。ヴェルキア王国。
更にその中心には、『グリム山の黄金竜』。この名が置かれる。
話題のその竜の巣には、今日もまた、一攫千金を夢見た冒険者達が訪れていた。
「気を付けろ、床や壁にある穴はリザードマンの通り道だぞ!」
警戒を露に洞穴を進む四人一組。
彼らはドラゴンの巣で名を挙げようと、わざわざ他国から出向いた冒険者である。
しかし、経験の方はまだ浅く、先頭を進む戦士の表情には緊張が張り巡らされている。
「出来るだけ壁から離れて進むんだ。全ての穴に敵が潜んでいると思え!」
「はいはい。リーダー、それ、とんがり屋の姉ちゃんが言ってたまんまだよね。皆聞いてたよ」
「う、うるさい!」
「一番うるさいのはリーダーだよ。敵に見付かる……って、ん? 何かいるよ」
後衛の商人が、前方の闇の中に蠢く何かを見付けた。
不審に感じた商人が松明を向けると、闇に包まれていた前方が橙色の光に照らされる。
「モキュ?」
子供のような体躯を羊毛に包み、捻れ角を生やした生き物が一匹。
まるで人形のような姿ではあるが、それはれっきとした魔物――グレムリンだった。
「この巣は、リザードマンしかいないと聞いていたが……」
「モキャ?」
首を傾げるグレムリンを前に、リーダーは己の得物である鉄鎚の柄を強く握った。
一匹だ。これならば、俺でも倒せる。
ここらで反抗的な仲間に、誰がリーダーかを示しておく必要がある。
「俺の前に現れたのが運のつき! 丁度良い準備運動だっ!」
「あっ、待ってリーダー」
その想いを力に変えて、リーダーが駆ける。
鎧に包まれた大柄な体、そこに重量級の得物が合わさり、一歩進むごとに重たげな音が鳴り響く。
「シャァァァッ――」
そして、上段に構えた得物がグレムリンを圏内に捉えた時である。
「……あ?」
しゅるりと足に巻き付く縄。
竜の従者お手製。足括り罠が作動した。
「アアアァァォァッ!?」
足首を絡めとり、あっという間に逆さに吊り上がるリーダー。
その様子に、仲間達はため息を漏らす。
「しまったぁぁぁ! これは罠だぞ!」
「うん。罠だねぇ」
「こんなに見えすいた手にかかる人も珍しいな」
「流石リーダー」
「お前ら! おい、お前ら!」
「はいはい、助けますよ」
「友!」
「はいはい……って……」
盗賊がぶら下がるリーダーに歩み寄り、縄を切るための短刀に手を掛ける――しかし、リーダーの背後に視線を定めると静かに鞘へと納めた。
「……あー。これダメっぽいです」
「何!? 何がダメっぽい!?」
「……僕らって前衛がリーダーだけでしょ? だからさ、コレは無理だわ」
「コレってどれだ!? 後ろでヒュンヒュンなってるソレか!?」
「うん。それ。防げない」
その音の元は、回転する紐であった。
横穴からぞろぞろと現れた十数匹のグレムリンが鳴らす投石紐。
グレムリンは己の毛糸から伸縮性に優れた投石紐を編み、それを自衛手段とする生態がある。
技術で遠心力を生み、魔力で破壊力を助長する。
ただの石であろうと、狩りだけでなく魔物同士の争いに於いても使われる有用な武器。
事実、その投石紐の回転は盗賊以外の目では捉えることも敵わない速度となっていた。
「って訳で」
「何だそれは?」
商人が鞄から取り出した白い布をひらひらと振った。
「降参です。リーダーのせいで」
「今回も収穫ゼロかよ」
「はぁ。グレムリンの情報が幾らか金になると良いけど」
「うぬ。無念だ」
「……はぁ」
◇◇◇◇◇
湖の間。
そこに訪れた者は、水の魔法を使う魔物に襲われるとの噂である。
しかし、本日湖の間を訪れた冒険者五名は、その光景に絶句していた。
湖の横に設置された木の箱。
そこに張り巡らされた水の中に、一糸纏わぬ女が浸かっているのである。
彼らにとって風呂という設備は馴染みの無いものだ。その光景は奇妙に映って仕方が無いだろう。
わかることと言えば、昇る湯気からそれは湯だということ。美しい背中から、そこにいるのは美女であろうこと。
「……もしかしてあの女、ドラゴンなんじゃあないかな?」
「うむ」
「違いない」
「見付かると不味い。隠れよう」
しかし、彼らはその奇妙に対して目を瞑ることにした。見るべきはただ一点、肌を上気させた裸婦がいるという事実。
このパーティは皆男性で近接職。とてもむさ苦しい編成である。
それ故に。その行動指針に雄の本能が優先されたとしても、それは仕方が無いと言えないこともない。
「様子を見よう。じっくりと」
満場一致。
彼らは覗くことに決めた。
物音をたてないように。こそこそと物陰から物陰へと。
裸婦が眠ったように動かないのを良いことに、それは徐々に厚かましく、正面へと。より覗ける角度へと。
誰もが生唾を飲み込む。その裸婦を正面から拝むべく足音を消して忍び寄る。
しかし、不埒な行いには相応の天罰が下るもの。
女の姿がふっと消え去ったかと思うと、代わりに湯船には緑色の小人達が現れた。
「……へ? イン……プ……?」
インプである。
その言葉を放った彼の顔に、真っ正面から魔力の弾が炸裂した。
「テッド!?」
男が倒れ伏せる中、ギャッギャと掠れた声が響く。
それは、風呂に浸かるインプ達の笑い声だった。
「こいつら……?」
「じゃあ、さっきのは……」
その光景に、風呂を囲む冒険者達は理解する。
インプが得意とするは魔法。
今の攻撃も、先程の裸婦もコイツらの魔法だ。
「……騙しやがったな」
「バカにしやがって」
冒険者の腕がわなわなと震える。
虚仮にされた怒りと、仲間を攻撃された怒り。
それらを、裸婦を正面から拝めなかった怒りが塗り潰す。
だが、彼らは気づいていなかった。
幻は裸婦だけでは無い。
水面を遊んでいた湯気がいつの間にか消えていることに。
「ギキっ」
「なっ!?」
突如風呂の水が立ち上がり、一本の水柱となってインプ達の小さな体を天井近くまで押し上げた。
「……そんな、インプに扱える魔法じゃ無いぞ!?」
「他にも敵がいるのか!?」
インプの魔法は力が弱い。
彼らは言葉を操れない故に詠唱術式では無く、体に痣のような紋を刻む、紋章術式を用いる。
それは詠唱という工程を破棄する代わりに魔力効率を捨てた術式。
例えるなら、ダイナマイトの爆風で紙飛行機を飛ばすとでも言おうか。中位魔法相当の魔力を注ぎ込んで下位魔法の火力を生み出すという非効率極まりない方術なのだ。
冒険者の一人を倒した魔力の塊も、ここにいるインプ数匹が力を合わせて成せる技である。
この状況は、そんなひ弱な魔法しか使えないインプが、なんとかして水の魔法を操った……という訳では無い。
その水柱はドラゴンの巣が誇る戦力の一つ。巨大スライムである。
そして、更に恐るべきはそれが巨大スライムの一欠片でしか無いことである。
冒険者はまだ気付いていない。
何故、インプを上に押し上げたのか。
それは、避難である。地上が濁流に呑まれるからである。
風呂は湖のすぐ傍ら。そこに控える巨大スライムの射程距離。
数秒後。突如襲い掛かる大瀑布により、五人の冒険者の探検は終幕と相成った。
◇◇◇◇◇
「この巣での魔物の目撃情報はリザードマンだけだ。丸い穴に注意して進め」
ここにも、受け売りをそのまま話す輩がいた。
しかし、先の戦士が語った時と違い、彼の仲間達はその声に「はい!」と元気よく返事を返す。
その違いは、悲しいかな。リーダーの容姿の差から生まれたものであろう。
この剣士の容姿を猫顔と例えるなら、先の戦士は岩だった。彼の周りに集った者が女性であることも、それが因子となっている。
しかし、そんなものは冒険者の手腕に関係ない。
受け売りを得意気に話している時点で、彼の腕も知れようというもの。
事実、リザードマンの空ける穴より一回り大きな穴に彼は気が付かなかった。
魔物というものは種によって対処が大きく異なり、冒険者はその知識量が生死を分けるにも関わらず、である。
「……っ!? うわあぁぁぁぁっ!?」
そこにいて然るべき魔物が現れても、それは彼らにとっての奇襲の形となり、対処に遅れることもまた当然であった。
突如ずるりと這い出てきた何かに、剣士が悲鳴を響かせる。
「て、敵!? た、体勢を整えろ!」
「え、リザードマンじゃ無い……」
「そんなことはどうでも良い!」
彼の指示の間も、それはずるずると穴から這い出てくる。
白いぶよぶよとした長大な体。その頭と思われる先端には、人を丸呑みする大きな口。
「ワームだ! えぇっと、二人とも、動きを止めるな、呑み込まれるぞ!」
「止まらなきゃ魔法使えません!」
「俺が、俺がなんとかするから!」
「あぁ! ブラウンさん!」
そして、彼は知らなかった。
薄暗い天井。
そこにも同じような穴が空いていることを。
「上!」
「あ? え? あ、あぁあぁぁぁぁ――」
真っ直ぐに落ちてきたぶるりと震える長大な体が、ぱくんと剣士の体を一呑みにしてそのまま穴へと戻る。
秒の間に仲間が消える。
「あ、あ、嫌だっ!」
「ブラウンさん! た、助けなきゃ、ジェナさん魔法を……」
「いやあぁぁぁ!」
「あっ、ちょっと待――」
魔法使いの女が恐怖から踵を返すが、その後の失態は錯乱のせいであろう。
地面の穴を飛び越えようとしてしまったのである。
当然、先の剣士と同じ運命。上下逆の再現。
地面から飛び出たワームに、下半身がぱくりと呑み込まれる。
「ああぁぁぁぁぁっ!? いや、いやだ! オ、“開け"! 『だいちに、ねむりし――』」
すぐさま詠唱に入ろうとした魔法使いであったが、ワームは口からはみ出た麺を扱うかの如く、ちゅるりと口の中へと吸い込んでしまった。
ワームの体液には意識を曖昧にする毒がある。呑まれてしまえば、人間は混濁に意識を落とし抗う術は無い。
満足気に見えるワームが、長い体をうねらせて残された僧侶へと口をあんぐりと開く。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
僧侶とは、結界を用いた防御に特化した職。
アンデッドなどへの祓魔の技も持つが、目の前の敵には効果など無い。戦神を信仰するヴェルキアの僧侶ならば近接戦闘もこなすが、悲しいかな、彼女は他国の人間である。その信仰は豊穣の女神へと捧げている。
つまり、彼女は単独でワームに対抗する手段が無く、一人となった時点で運命は決まっていたのである。
「こべんなざいぃぃぃ、食べないでぇぇぇ」
それを悟った僧侶は、ぺたんとその場に座り込んで、懇願することしか出来なかった。
もう少し彼女が平常でいれたならば、行き掛けの保険屋がくれた降伏の意思を示す白旗を思い出すことも出来ただろう。が、彼女の思考は停止してしまっている。
あとは、呑まれるのみである。
◇◇◇◇◇
「ワーム隊、ブラウン組撃破。敵残り、十二組四十七名。ノール隊、サマンサ組と交戦開始します」
「順調だな」
「はいっ!」
「だが油断するなよ。新人達は人間と戦うのは初めてだ。どこで足元を掬われるかわからん」
「大丈夫です。すべての戦闘に対してリザードマン隊がサポートに回れるように取り計らっています」
そうですか。
フェイランが巣の地図の上に、敵味方に見立てた駒をひょいひょいと動かす。
確かに地図上では、三隊に別れたリザード達が交戦中のどの隊にもすぐに駆け付けることの出来る場所にいる。
うむ。コイツ、確実に俺より上手い。
この時期に多勢の侵入者が来たことには驚いたが、騎士団との戦いの前に人間との戦闘経験を積ませることが出来るのは幸いと言えよう。
フェイランの口を介して入ってくる戦況を聞く限り、防衛も危なげ無いものとなりそうだ。
これは、フェイランの指揮のお陰ということもあるが、やはり戦闘員の増強の影響が大きい。
数の上では以前の三倍以上。
戦力が三倍かと言われれば怪しいが、侵入者が多少増えた程度では最早崩れる様子も無い程度には力は揃っている。
だが、これは良いことばかりでも無い。
「……はぁ」
「どうしたんですか?」
「いや、気にするな。季節の変わり目だからな」
ちょっとらしくないことを言ったら、フェイランが本当に心配そうな顔をした。
正直に言えば、人員が三倍にも増えたことは問題なのだ。
戦闘員が三倍になったからと言って、収入が増えた訳も無く。しかし、食費は倍以上になった。
ただでさえ騎士団迎撃の為に支出の嵩む時期に、生活費が上昇するのは辛いものがある。
「……えっ、あれ? マシロさん、侵入者です」
俺が防衛以外へと頭を悩ませていると、フェイランがどこか慌てた様子で言った。
「なに言ってんだ。さっきから侵入者と戦いっぱなしだろうが」
「いえ、そうでなくて、入り口から新たな侵入者です」
入り口から? 今ごろ?
「寝坊助野郎か? 保険料を取り損ねたな」
「野郎では無いような……あ、そんなことより、マシロさん、その、今日は上着、どうしたんですか?」
「上着? どうしたいきなり?」
「その女性が羽織っている上着が、マシロさんのものとそっくりなんですが……」
俺のタキシード……。
「もしかしてその女、真っ赤か?」
「はい。真っ赤っかです」
多分それはオークさんとこのお客人だ。
酔いから立ち直った頃にこちらから訪ねようと思っていたのだが、向こうから来たか。
しかし、なんとも間の悪いタイミングで来たものだな。
と、言うよりも本当に何をしに来たのだろうか? あちらから訪ねて来る用事は無かった筈だが……?




