第五十五話 戦乙女の槍
槍を弾いた不可視の壁の正体は『莫大な魔力で編み込まれた障壁』『物理的な破壊には、魔法換算にして百七人以上での高位魔法直列詠唱程度の火力が必要』
観測した事象を解析する戦乙女のスキル。“戦術眼"に明示されたのは、そんな馬鹿げた情報だった。
魔力操作の極めたる技術の一つ。魔力障壁。
術式を用いない為に解呪は不可。構成する魔力の量のみが、その硬度に依存する。
だが、古の賢者か魔女であろうとも、私の必殺足る一撃を、術式も無い編み込んだけの魔力で防ぐことなど難しいだろう。
それを一瞥の間に行う生物。正しく最強種の名に相応しい。
そして、どうやら私は最強種に相応しい相手とは思われていないようだ。
「戻れ! ブリューナク!」
槍が宙を突き進み、手の中へと戻る。
眼下の竜は、未だ破壊の中。その対象は、残念ながら私ではない。
だが、その魔力の盾を打ち破り、必ずや振り向かせる。
盾を持つ者への対処は、その防御を上回ることだ。
即ち、防御の間に合わない連続攻撃。防御の行き届かない広範囲への攻撃。
その為には、敵の力を知らねばならない。
ドラゴンが無秩序に振るっている力。
爪が、尾が大地を抉り取り、雷が、光が空を裂き、翻る翼が暴風を巻き起こす。
それらを見極める。“戦術眼"。
『竜の喉はそれ自体が魔法器官。魔力の超々圧縮による魔素の反発エネルギーに指向性を持たせ、固定放出を行う』
『竜の尾はそれ自体が魔法器官。保持属性を付与する』
『竜の角はそれ自体が魔法器官。保持属性を具現化する』
『竜の爪はそれ自体が魔法器官。如何なる障壁術式も無効化する』
『竜の牙はそれ自体が魔法器官。アンデッドに対し即死の特性を持つ』
「……出鱈目な」
侮っていたつもりは無いが、流石は神代より生き抜いた異界の種。
全身が魔法そのものであり、その体の何処を見ても神秘そのもの。
正面から挑むのは危険過ぎる。狙うなら背。
「“極限突破"」
全身から立ち昇る聖銀色。私の魔力色が具現化する。
魔力が空になるまで、魔力放出量の限界点を越えるスキル。
その力を全て翼へ。速度へと変える。
私の翼は風の力に依存しない。魔力の放出量がイコールで速さへと繋がる。
成すべきは一つ。全力を以て。推進。暴力の嵐への中心。竜の身へと。
尾が大地を叩けば岩が跳び跳ね、翼が起こす暴風は木々を濁流の如く吹き飛ばす。
雷は四方へ迸り、竜が咆哮を鳴らすと無数の光の玉が発現。私の行く手を阻むように縦横無尽に飛び交い始めた。
そこに吹き荒れる全てが必殺必至の一撃。その姿は山に降りた天災そのもの。
臆するな。
心で一つ呟き、翼にありったけの魔力を注ぎ込む。
滑空。飛昇。転回。回転を繰り返し、瞬きの間に変わり行く景色の中で竜へと接近する。
秒の間に死を掠める暴力の嵐を躱し、逃れ、掻い潜り。前へ。
光弾を避けた先、勝ち取るは竜の頭上。
「はあああぁぁぁぁッ!」
投じるは全力。
“梟爪"。空襲。
“鳶落とし“。脳天へ。
“雨燕"。連突。
“鳳仙火"。爆槍。
“地這い鴉"。衝撃波。
“雷鳥一閃"。閃撃。
“乱れ朱雀"。突進連撃。
数度の交錯の内、その五体に疾風怒濤を叩き込む。
手に感じる痺れは手応えの表れ。
だが、それは空虚でしかない。
広範囲に渡り猛攻を続けた私の槍は、そのどれもが障壁に阻まれていた。
「まさか、盾では無く鎧だというのか?」
一ヶ所では無く、全身に纏う防御膜。
ならば、それを振りきることは出来ない。
呆然に暮れようとする頭を振りほどき、一先ずの撤退を行おうとした時、竜の翼が一度はためいた。
襲い来る風の濁流。その中で。
「なっ!? 何故止まる!?」
私の翼が力を弱め、渦中にて停止した。
当惑を覚えながら、竜の背に足を着ける。そして、“戦術眼"に示されたものはあまりに想定外。
『竜の翼はそれ自体が魔法器官。魔素に干渉することで浮遊。同時に魔力放出を行い、推進力を得る』
「戦乙女の翼と……全く同じ特性ではないか」
形態こそ違うものの、その機能は私の背に生える二翼と同一。
そういうことか。何故私の翼が機能を止めたのか、合点がいった
太陽の前では光が見えないように。
大海に流れた水が飲まれるように。
戦乙女の翼の百倍上の大きさを誇る竜の翼。
その干渉力に、私の飛行力が阻害されているのか。
「覇者の前では、飛ぶことさえ許されない……」
じわじわとした絶望が胸に広がる中、不意に竜の体が反転した。
宙に投げ出され、勝ち取った背後が正面へと変わる。
逃げろ。逃げる? どうやって?
初めて味わう空の中での無力感。
その巨体に似合わない機敏さで無造作に払った竜の手が、身動き出来ない私を叩いた。
「がぁッ!?」
全身への衝撃。弾かれ、宙を舞う。
流れる景色の中、力を取り戻した翼で速度に抗うが、その勢いは凄まじく、気付けば土に埋もれていた。
死んだか?
冷静に告げるもう一人の自分とは別に、体は鈍い痛みを代償に現実だと示してくれた。
「起き……ろ」
言い聞かせて無理矢理に動かした体は、左腕が動かなかった。
竜に叩かれた時か、地面と衝突した時か。
利き腕一本でなんとか上半身を起こせば、視界一杯であったドラゴンが手の平ほどに見える。
どうやら、かなりの距離を飛ばされたらしい。
しかし、そんなことよりも、私には勢い良く振りかぶった頭を岩肌にぶつけているドラゴンの光景が衝撃的だった。
「蝿か……私は……」
呆然に暮れようとする頭は現実を朧気に映し、思わず笑みが漏れた。
払えば用無し。興味も無し。
安全とわかるや力が抜け、そのまま地に背を預ける。
あぁ、虫けらだろうよ。周りをぶんぶんと飛び回る無力な虫けら。
だが、先の一瞬。私は確かに竜と戦った。あの黄金色の瞳に私が映っていたのだ。
「振り向かせたいな……もう一度」
因子不明の炎が胸を焦がす。
眺める空に光の玉が駆け、辺りに爆音が鳴り響いた。
首だけで視線をやると、竜の周囲を飛び交っていた光の玉が消えている。
私の切り開いた道は、嵐を弱めて自ら道を開いた。
私は気が狂ってしまったのだろうか? その光景に、招かれているように感じてしまう。
「窮鼠は猫を噛むと言うが、知っているか? 蝿にも怒りはある。そして、牙を立てるのだ」
気付けば、立ち上がっていた。
腕は槍を構えていた。
脚は地を蹴っていた。
翼は風を切り、この身は竜へ迫っていた。
問題は魔力障壁。
持てる技のどれもが貫くに至らず、その壁に穴もない。
成す術は一つ。
もう一度あの技を。
雷を従えて、竜が飛翔する。
風が暴れ、魔素が荒れ。翼の舵が効かない。
翼を加速装置としてのみ使い、地を駆ける。
竜の影を踏み抜いた時、仰げばそこに竜の姿があった。
天を睨む竜が口を開き、太陽を呑み込むかのように光が集束する。
ブレス。黄金竜の光のブレス。
貴方は一つだけ嘘を吐いたな。
雄大な翼に日輪を背負うその姿は、どこをどう見ようと空の覇者ではないか。
私はその高みに手を伸ばす者。
例え、翼が飛ぶことを拒んでも。
竜の口が大地を向き、光が最も強まるその時、槍へと告げる。
「ブリューナク!」
閃光と化した槍が、空から降り落ちる光と交錯する。
だが、いや、やはりと言うべきか。
閃光は障壁に阻まれ、甲高い音を鳴らした。
キラキラと輝く光が舞う中、槍が力を失い姿を戻す。
再現。同じだ。私の最強では、最強に届かない。
しかし、気付いているか竜よ。
「いつまで私を見ないつもりだ?」
たった一つ違う。
私のこの手は槍を握り締めている。
例え翼をもがれようと、貴方の身に槍を突き立てるその為に。
「私はここにいるぞッ!」
この槍は投擲では無く突撃。
この身を合わせた一本の突撃槍。
疑うな。己の最強を。
ここだ。
もう一度だ。
力を失った柄を強く握り、告げる。
「その力をありのまま示せッッ! ブリューナクッ!」
制御しきれない力が再び体を焼き焦がす閃光となる。
距離は零。外す訳など無く、竜の腹に穴を穿たんと突き刺さった。
しかし、再び竜は想定を越える。
魔力障壁のみならず、二重の鎧が道を阻む。
強剛なる竜の鱗に、刃が立たない。
放たれた力はなだらかな竜の腹に沿って軌道を逸らし、鱗を剥がしながら翼の付け根に突き刺さる。
残弾一。蝿の一噛み。
鱗の隙間に食い込む穂先をそのままに放つ。
「喰らうぞ最強ッ! ブリューナクッッ!」
拮抗は一瞬。
鎧の剥がれた竜の肉を、閃光となって貫いた。
「ガァアアァァァァォアァッ!」
槍が力を失った頃。
空に投げ出された身にも伝わる、大気の震え。
人一人が通れる穴を穿たれた竜の咆哮が響き渡った。
「初めてか? それが痛みだ」
貴方の叫びは、私の体を染めるこの赤への怒りだろう?
体は動かないが……叶うならどうか貴方の瞳が私を映していて欲しい。
「血の色は変わらないのだな……」
残弾は零。魔力も空。これにて投了。
背の翼が力を失い空を落ちる中、地を叩く轟音が聞こえた。
竜も落ちたか。私が落としたのか。
あぁ。これ以上を望むべくも無い結果だな。
だが……許されるならば、もう一度……。
◇◇◇◇◇
「ホ、ホントにもう大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。ゴシュジンも寝ちまったし」
「し、信じるぞ旦那様」
「誰が旦那様か。にしても、とんでもねぇな」
「あぁ、地形が変わっちまってる」
「いや、そっちじゃ無くて……この女だよ」
くぅくぅと寝息を立てる金と青。二人の少女を見下ろす。
竜の凶暴化は、魔力が尽きるまで行われる。
それをどうにかするのが竜の従者の仕事であって、詰まる所、癇癪が収まるまで付き合えってことなんだが……。
この青の少女。俺達は隠れてたからどうやったのか知らんが、ゴシュジンの相手を務めきりやがった。
いや、まぁ、元々がこの女の所為なのだから、責任を取るのは当たり前なのだが。
傍らに転がる槍を拾い上げると、血液が付着していた。
ドラゴン様の体は、どれも魔力の塊だ。
ダメージを通せば魔力を削り凶暴化の時間を抑えられるが、ゴシュジンの体を傷つけられる武器なんてあるのだろうか?
槍ビームはゴシュジンに弾かれていた筈なのだが。
どれ。“鑑定眼"。
名称……UNKNOWN
分類……神器。
品質……UNKNOWN
説明……UNKNOWN
んん? なんだこりゃ。
神器ってのは俺の認識じゃ鏡とか玉とか剣とか、テレビとか冷蔵庫の筈なんだが、こっちではドラゴン様の体を傷付ける兵器なのか?
厄介な。
こんなモンが出回られては敵わん。不思議空間に収納しておこう。
「山がこんなになっちまったら……俺達はどうすりゃいいんだぁ!」
振り向けばお通夜が始まっていた。
少女達の寝顔と比べ、彼らのなんと暑苦しいことか。
しかし、そうか。
コイツらはこの山に住んでたんだっけか。
すっかり緑の消えてしまったここでの生活は厳しかろう。それに、ドラゴン様の出現場所だ。きっと兵隊や冒険者が山をくまなく調査することだろう。
放っておくのも、寝覚めが悪いか。
「なぁ、お前ら」
「うぅ……なんだよ旦那様ぁ」
旦那様はやめろ。
「農作業は得意か?」
―To be continued―
と、いうわけで、アリアの戦闘にかこつけたドラゴンの戦力紹介回でした。




