マシロの魔宝と侵入者・中
フランツ・クラウス・フォン・コルドコールは、ドラゴンを討つ絶好の機会に胸を高鳴らせていた。
伯爵家の次男坊として生まれたフランツは、家の威光を継ぐのが兄だと知った時から、自分こそが主役となれる機会を求めていた。
そんな彼に届いた噂。近郊の山砦に竜が住み着いたと。
そして、その巣には罠も魔物の姿も無いとの噂が。
新しく巣をつくるドラゴンは十中八九幼竜。幼竜は力を制御仕切れぬと彼は知っていた。
機能していない巣に、未成熟の竜。好機。これ以上無いほどの。
竜退治は魔王討伐に比する名誉。未来永劫名を残す英雄となる。
フランツはすぐに優秀な冒険者を集め、ドラゴンの討伐に乗り出した。
巣の中は噂通り罠も魔物の姿も無く、何の障害も無く進んだ。
「むっ、敵発見!」
先頭を切る冒険者の声に、ドキリとする。瞬時に凶悪な魔物が頭に浮かぶ。
フランツは冒険者の背からそうっと視線の先を覗き込んだ。
そして、その姿にホッと胸を撫で下ろす。
大きな騎士のオブジェの置かれた広間に、たった二匹。
それも想像していた魔物と違い、クラウス家の召し使いと変わらない格好だ。
「人型か……何故コイツらペアでタキシードを着てるんだ?」
「兄妹なんじゃないのか」
冒険者達の余裕の声に完全に冷静さを取り戻すと、フランツは前へ躍り出る。心掛けるは優雅。英雄譚となるからには、一瞬足りとも無様を晒す訳にはいかない。
「よくぞ現れてくれたドラゴンの防人達。正義の剣を振り下ろす場が無く、持て余していた所だ」
ハットを被った女が冷えた視線を送る。
その視線を恐怖に打ち震えた目だと解釈して、哀れみを込めた冷笑で返すフランツ。
冒険者達が態勢を整える。
前衛五人。中衛四人、そして、後衛にフランツ。鉄壁の布陣。言葉の頭に『フランツにとっては』が付くのだが。
それを見て、姿を消す女。
己の考案したあまりに完璧な布陣に恐れをなしたのかと鼻で笑う。
残った長身痩躯の男が構えるは木板の十字架。
貧相な男の貧相な得物が敵では英雄譚も盛り上がりに欠けると、フランツが声を放つ。
「そこなる魔物は民の安寧を脅かす悪竜の側近に違いあるまい! 恐れるな皆の者! このクラウス家が次子フランツ・クラウス・フォン・コルドコールが必ずや正義の剣の元に勝利へと導こうぞッ!」
芝居のように大仰に言うフランツ。
タキシードの男は死んだ魚のような覇気の無い目を三度瞬きさせる間を挟み。
「やっぱりドラゴン様ってのは悪者なのかね? まぁ好きに言えば良いが、勝手に俺を中ボスにすんな」
微妙な顔で吐き捨てた。
「中衛、中位火炎魔法! 直列詠唱を行いたまえ!」
直列詠唱とは、複数の術者で同系統の詠唱をすることで破壊力を加増させる技術。
中衛の四人は魔導書を発現させると、詠唱を始めた。
魔法陣が浮かび上がる。
「目標! 前方! タキシードの魔物」
『大地に眠りし命の炎。我らの名の元にその加護をもたらさん』
「放てっ!」
『“中位火炎魔法”』
中位魔法は一般的な魔法兵ならば皆が扱えるレベルの魔法。それに四を倍した炎が、業火と化して放たれる。
対するタキシードの男はまともな魔法を見るのはこれが初めてだった。だが、だからこそ押し迫る業火にも冷静を撤し、僅かに息を吸い込む。
「『狂愛者の繰糸』」
タキシードの男が十字板を振ると、そこから魔力で繕われた紅い糸が伸び、それは隣にある巨大な騎士鎧へと吸い込まれていった。
「止めろ。『聖棺人形』」
すると、騎士の手が一振り。
潰すかの如く業火に手を叩き付けると、重い音を響かせてその炎を消し去った
「なっ!?」
冒険者達の顔が驚愕に染まる。
それはそうだろう。オブジェだと思っていた巨大な鎧が、敵へ放った四人掛かりの魔法を防いだのだから。
タキシードの男は、肩を動かすほど大きく息を落としていた。それは、安堵から来るもの。
命無き物を命在るかの如く振る舞わせる魔法の糸を紡ぐ『狂愛者の繰糸』。
偉大な魂が封じられた人形。『聖棺人形』。
攻撃を防いだこの二つの魔宝は、彼がつい先ほど手にしたばかりの力であり、不安材料など幾らでもあるのだから。
そんな事も知らず、警戒の色を見せる冒険者達。
タキシードの男が再び十字板を動かすと、騎士はギィギィと鋼を擦らせ、ゆっくりゆっくりと足を持ち上げ――ダンっと、一歩地を叩く。
「何だ今の動き……?」
冒険者達が訝し気に注視する中、騎士はまたもやギィギィと不細工な動きで腕を持ち上げている。
「なぁ、あれってあんまり速く動けないんじゃないか?」
「あぁ、動きがおかしいな」
冒険者の呟きは男の核心を射止め、早くも解りやすく晒している弱点を露見させた。
その言葉にタキシードの男がビクリと肩をすくませたのを知ってか知らずか、フランツが号令を放つ。
「良しっ! 中衛個別にタキシードの魔物を狙え! 前衛! 騎士を押さえるんだ!」