マシロの魔宝と侵入者・上
「良いデスか。重要なのはイメージ。そして、イマジンデス」
「意味一緒だろうが。“開け"」
何処からともなく白で外装を施された本が現れると、己を見ろと言わんばかりに独りでに開かれる。
「オヤ、一度目で成功デスか。機械文明に頼った世界の方は、無意識に魔法を否定する方が多いのデスが」
「文明的とは言えない生活だったからな」
なにせ、コンクリートジャングルでのサバイバルが彼の日常だ。
「四苦八苦してもらわなければ面白く無いのデス」
「お前を楽しませる為にやってる訳じゃ無い。時間が無いんだから真面目にやれ」
不満気なメフィストに焦りを含んで急かすマシロ。
それもその筈。いつ侵入者が扉を開き凶刃を振るうかわからない状況なのだ。
今行っているのは、先にラティーシャがした『魔導書』を発現させる魔法。
『魔導書』とは、持ち主の経験で記載内容を変える自動書記という機能を持った本で、その発現は万人が扱える初歩の初歩に位置する魔法である。
これはマシロの力を引き出す前段階として必要な工程だとメフィストは語った。
「では、ご要望にお応えして手早くいきましょう。今開かれている貢の一番下には何が書いてあるデスか?」
そこには『ステータス』と題されており、様々な英字が羅列されていた。
ゴブリン以下と評されたその憎々しい英字列を視界から弾き、一番下に目をやる。
「『UNKNOWN』って文字が二つ並んでいる」
「二つデスか。中々優秀デス」
言うや否やマシロの胸にトンと杖を突くメフィスト。
突き立てた杖は、まるでマシロの体が水であったかのようにずぶずぶと身を沈ませていく。
「──なっ!?」
驚愕に染まるマシロを意に介さず、メフィストは言葉を紡いだ。
『千錠を以て森羅に秘する万象。深淵より顕れその輝きを示せ。開け放て鍵人。解き放て守人。宝よ。御手に集いて力を捧げよ』
それは詠唱。連続する言霊。
マシロの足元に魔法陣が現れ光を放つ。
「何をした?」
「マシロ様の中に眠る、二つの魔宝に力を貸せと呼び掛けたのデス。ホラ、どうやら応えてくれたようデスよ」
光が粒となってマシロの両手に集まり、実像となって形を創る。
掴み取れば確かに力を感じた。他の何にも代え難い、唯一と確信出来る力を。
そして、もう一つ。光の粒はマシロの目の前で巨人の如く大きな光の集合体となり、やがて、その姿を晒した。
「これが、俺の隠された力……? 何だこりゃ?」
マシロが大きく頭を傾けた。想像の斜め上だったのだ。
目の前にあったのは、力強く銀色に輝く西洋の全身鎧。
頭から足先まで覆い尽くすその姿は、まるでそこに騎士が立っているかのようで、滑らかな輪郭は洗練された美しさを放っている。が、そのサイズ。
巨人用にあしらえたと言わんばかりの大きさで、二メートルと半ほどはあるだろうか。とてもマシロに纏えるとは思えない。
一先ず鎧から思考を離し、手に握っている物を眺めてみて、再び頭を傾けるマシロ。
その両手にある物は、各々片手で握れる大きさの十字の板。その中心部分に魔法陣があるものの、何の変哲も無い木の板だった。
「馬鹿デカイ鎧と十字架……。これでどうやって戦えってんだ?」
頭の中でファンタジーの王道、煌めく聖剣のような物を想像していたマシロがガクリと肩を落とし、恨めしそうにメフィストを見やる。
睨まれたメフィストは、そんな視線など上の空で、何故か楽しそうに語る。
「魔宝は心象を具現させた宝デスから、戦闘用とは限らないのデス。マジックアイテムとでも思って頂ければ良いデスよ」
宝の価値観など個人の裁量なので、その姿に統一性など無く千差万別。で、あるからして、つい先に剣が良いなどと思った程度のマシロの心に、その像が宿る訳も無い。
「今更何を言いやがる。敵が迫ってるんだぞ。戦えなけりゃ困る」
「戦闘用に越した事は無いデスが、別にそうでなくても構わないのデス。例えばマッチと油は武器ではありませんが、組み合わせれば敵を焼く事が出来ますデス。何でも使い方次第デスよ」
「マッチと油なら俺も火を放つさ。だが、こいつらでどう戦えと?」
不貞腐れ気味のマシロが両手の十字架をひらひらさせてそう言うと、メフィストは出しっ放しのマシロの魔導書を杖で指した。
「魔宝に関する情報が更新されている筈デス」
言われた通りにマシロが視線を落とすと、メフィストも横から魔導書を覗き込む。
メフィストの言う通り『UNKNOWN』と記されていた所が、魔宝の名前と説明文に変化していた。
「なるほど、一つ一つが独立していながら、二つで一対の力。ちゃんと戦闘用にも使えるようデス。これは面白い魔宝デスね」
「そうか? こんなモンで戦いを挑んで来る奴がいたら、悪ふざけしてんのかと思うぞ」
目を輝かせるメフィストと対照的に不機嫌の収まらないマシロ。
丁度その時。
「むっ、敵発見!」
侵入者とおぼしき集団が広間に舞い込んで来た。
「人型か……何故コイツらペアでタキシードを着てるんだ?」
「兄妹なんじゃないのか」
ヒソヒソと呟く声に、マシロは嫌悪感丸出しに顔を歪める。
「私達はキョウダイに見えるようデスよ」
「俺はお前みたいな妹はいらん……」
「イエ、姉のつもりデスが?」
「姉も……って、待て。お前歳幾つだ?」
くくくと喉を鳴らすメフィスト。
侵入者の一人、装備にえらく華美な装飾を施した男が、整えた前髪を撫でながら口を開く。
「よくぞ現れてくれたドラゴンの防人達よ。正義の剣を振り下ろす場が無く、持て余していた所だ」
その態度には余裕が見て取れる。
だが、メフィストが言うには、「あぁ、両方デスね。余程のバカで自信家デス」らしい。
彼らはマシロ達を見付けるや否や素早く隊列を取り始めた。
一列目に、重厚な鎧を着た者が五人。
二列目に、修道士のような格好の者が四人。
そして、その後ろに華美な装飾の男。
「気を付けて下さい。あのキザ男はともかく、他の侵入者は場馴れしているようデス」
気を付けるも何も、戦闘などしたことも無いマシロにはどう気を付ければ良いのかもわからない。
内心刃物を持った男と戦うと思うと、ビクビクしている。だが。
「わかった。ところで、お前ここにいても良いのか? 戦闘は規律違反なんだろ」
出来るだけ平坦な声で冷静を装って口にする。
隠して、強がって見せてしまうのが男というものである。
「そうデスね。では、私はラティーシャ様を起こしてみマス。それくらいなら社も咎めない筈デスし」
そう言うと最後に「御武運を」とハットの天辺が見えるほどに頭を下げて背中を向けた。
と、思うと「あっ」と声を漏らしてすぐに振り返り。
「ガンバって。オニイサマ」
「アホ。真面目にやれ」
ケラケラ笑う悪魔は煙と消えた。
「むっ、一匹消えたぞ!」
それを見計らい戦闘態勢に入る侵入者達。
「……ホームレス狩りの次はドラゴン狩りか……我ながら散々な一日だ……」
マシロはため息の混ざる声で呟いて、十字板を構えるのであった。




