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ドラゴン様の巣を興せ!  作者: 三流ろっく
第四章 ドラゴン様とヴェルキアの懐剣
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第四十九話 ドラゴン様の飲酒運転


 王家の墓とは、権力を示す為にある。

 大きさを競い。埋める財を競い。装飾を競い。中には、生き埋めにする奴隷の数を競う土地もある。

 そして、ヴェルキアに於いてのそれは、高さであった。

 空高く近付く塔を建て、その頂上にて火葬するという、一風変わった伝統である。

 それは神の住む天に近付く事で力と格を知らしめる行為であり、大陸で初めて王の身分を宣言した、初代ヴェルキア王――『宣王』の建てた墓は、とても立派なものであった。

 代々の王もそれに増築を重ね、今や、天を突かんばかりの塔が聳え立っている。いや、立っていた。つい、先刻までは。



 満月が真上から見下ろす刻。

 丁度、暦月が双子の月から蟹の月へと、移り変わるその時間。

 ヴェルキア王城に鳴り響く警鐘に、衛兵が慌ただしく動き始めていた。


 五連三拍の打ち鐘。その連続音は最近になって新しく加えられたものであり、兵に取っても記憶に新しい。

 それが告げる意味は、竜、グリム山より発

てり。

 つまり、ドラゴンが巣から出ましたよと、それだけの意味である。


 その程度の情報に何を慌てるのかと思うかもしれないが、これは決して大袈裟では無い。

 先日も思わぬ所で竜の怒りに触れ、砦が一つ消失したのだ。

 ならば、その息がいつ王都に向いても不思議では無い。

 その後の竜の要求に答え、指定ルート以外での山への立ち入りを禁止。

 竜の領土も認め、各町村にも奴隷を贈らぬように下知を下したが、人間とは価値観の違う竜である。

 何処に逆鱗があるかもわからないのだ。


 そして、五連三拍が三連一拍になった時、いよいよ城から逃げ出す者が現れ始めた。

 その打ち鐘が告げるは、ドラゴンの進路が王城方面らしいというもの。

 決して逃げろという意味では無いのだが、城門から飛び出す馬車の主達にとっては同じ事なのだろう。

 誰しもが振り返らぬこのような時。民衆の希望と期待を一身に受ける存在がある。

 人、これを英雄と呼ぶ。


 城下都市を囲む外壁の南側。

 ドラゴンの進路から鑑みて、襲撃を受けるならば最有力候補であるこの場所には悲壮感が漂っていた。


「おぅ。結構残っとるな。関心関心」


 逃げる者はあっても来る者などあるはずの無いそこに、ずしりずしりと重たい歩みをもって近付く影があった。

 満月のみが明かりを照らす宵闇の中であっても、輪郭一つで存在を主張する屈強な男。


「オルド様!?」

「済まんな。捕まえるのに時間が掛かって、ちと遅れたわ」


 その熊のような太い腕が、首根っこを捕まえている人影をずいと差し出す。

 オルドはその人影を本当に猫を扱っているかのようにぽんと放り投げると、その影は「ぎゃ」と悲鳴を上げて無様に石畳へと尻を着いた。


「どうじゃ? 腹の痛みはおさまったかの英雄殿?」


 その影が何者かと目を凝らして、周囲の兵士が一斉にぎょっと表情を変えた。


「聖騎士殿!?」

「や、やぁ。皆、ご苦労だね」


 ドラゴン撃退の英雄がそこにいた。


「クロエもじゃ。こっちは連れてくる気は無かったんじゃが……背中から剥がれんでな」

「……どうも」


 と、オルドの肩の上からひょっこりと顔を出すクロエ。

 良く良く見ればオルドの片手に背負われていた。

 国きっての猛者の出現にざわつく兵士達。その中から異議の声が挙がる。


「お控え下され! 貴方方は大事な任務を抱える身。このような危険な場所に来られてはなりませんぞ!」


 彼は南壁の守備兵長である。その声に周囲の兵はハッとなった。

 ドラゴンの来襲を前に彼らがここにいる事は、これ以上無いほどに心強い。

 しかし、立場が違うのだ。

 オルドも、フランツも、クロエも。こんな死地に来て良い身分では無い。

 それに一番に同調したのはフランツであった。


「うむ、そうだね。オルド殿。僕達はお呼びで無いらしいから……」

「あぁ。やかましいぞ貴様ら」


 その声を掻き消す低い声。兵士に言う態であるが、その実、フランツへと気を放つ。


「ドラゴンの相手は儂らの仕事じゃろうが。ぶは。こっちから出向く手間が省けたわ。貴様らこそ黙って任せておかんかい。のぅ。英雄殿よぉ」


 最後に、否定すれば殺すと言わんばかりの語気を乗せて。

 それは英雄をもってして「えっ、あの」と挙動不審な様を取らせた。


「違うかぃ英雄殿?」


 オルドが放つは殺気。六十と余年研ぎ澄ませた武人の気。

 オルドはこの英雄を疑っていた。

 とても竜との戦いを、死線を潜り抜けた豪傑だとは思えない、薄弱な気の持ち主を。

 国を騙し、偽りの栄誉を武器に国から財を吸うだけの寄生虫。国の膿となる人材なのでは無いかと見ているのだ。

 出来るならば、その化けの皮を剥がす機会を窺っていたのだ。この竜の来襲は、言葉に起こせば憚られるが、彼を図るには良い機会。

 竜にどう対するのか、オルドはこの英雄の様を見届けてやろうという心積もりなのであった。


「そう……ですね」


 防衛本能か単純に屈したか。

 ただならぬ気配を感じ取ったフランツは、首肯する事でその殺気から逃れる事となった。


「ああ、マキア。僕は今日英霊になるかもしれない」


 この男。明かりの下であれば、既に化けの皮は剥がれていた事であろう。

 それほど、今の彼は怯えきった顔を晒していた。

 しかし、英雄が折れても兵長は食い下がる。


「なりません! なりませんぞ! お三方を失うはヴェルキアの大事! 私の首が百あっても責任を負えませぬ!」

「じゃかぁしい! 誰が貴様に責任を取らせると言ったか! 責任は儂の首一つで十分じゃ! 儂を止めたけりゃこの首を落とさんかい! お前らこそ家帰って屁ぇこいとれや!」

「アンタ無茶苦茶だっ!」

「そんな事よりもじゃ、アリアが来ても絶対に通すなよ。儂らが来ておる事も語るな。絶対にじゃ」

「……もう……遅い」


 背中から挟まれた微かな声に、オルドが「あん?」と真意を探ると、クロエの指は空を指した。


「……アリア……やる気……満々」

「んなんじゃとぉ!?」


 その一声に、オルドのみならず兵士達もが一斉に空を見上げた。

 クロエの指す先に必死に目を凝らすと、満月の夜の闇の下、じわりと滲むように見えるシルエット。

 人の背に翼。その手に槍。身には鎧。


「おいおい……正真正銘アリアじゃわ。あのガキ、儂にも言わんととっくに臨戦態勢かい」

「……だね」

「だねじゃ無かろうが。あぁ、どいつもこいつも!」

「……隊長……大変」


 よしよし。と、頭を撫で始める背中の女に、オルドは余計に頭が痛くなった。

 連れて行こうとした者は便所に引きこもり、置いて行こうとした者は背中に引っ付き、姿の見えない者は誰よりも早く最前線にいた 。

 そして、攻める筈の敵はと言えば、時期到来を待たずして自ら迫っているのである。

 頭が痛い。


 その頭痛を表現せんとばかりに、警鐘が無拍――休み無く鳴り響き始める。

 ただ掻き鳴らすだけのその連打は、敵接近の意。

 その姿は、壁上に構える者達にも見る事が出来た。


「ほぅ……あれが、ドラゴンかい」


 遠目に見える、闇の中でも輝く巨体。


「……綺麗」


 クロエが溢した言葉は、そこにいる皆が浮かべた言葉であった。

 まるで、満月の映し身であるかのようなその姿に、美を尊ぶ事を知らないオルドまでもが、ため息を漏らす。

 だが、美しいだけでは無い。それは凶悪な力の顕現。

 今正に、その息がこの場所を呑み込んでもおかしくは無い。

 兵士達の誰もが、その肩を細かく震わせていた。


「アヒィィィ、アヒィ。来た……来た……金色の悪魔が来る……」


 ただ、一人だけは隠す気も無く、全身をガクガク揺らし、取り憑かれたようにぶつぶつと声を漏らしていたが。

 その姿を見たオルドは、この男、やはり寄生虫かと人知れず舌を鳴らした。


 ドラゴンに視線を奪われる一同。

 誰もが唾を飲む。が、オルドが訝しげに呟いた。


「なんじゃあ? ありゃ遊んどるのか?」


 それは、皆が疑問に思っていた事であった。

 ドラゴンの動き。それがおかしい。

 まっすぐ飛ぶ訳では無く、まるで振り子。

 左右に揺れながら時折縦横無尽に旋回し、地面に当たりそうになっては上昇を繰り返し、のらりくらりと近付いてくる。

 さながら遊泳である。人魚が海を楽しむように、ドラゴンが空を楽しんでいる。

 その様に、一同は奇妙なものを感じずにはいられなかった。


「……酔っぱらいみたい」


 その言葉を真摯に捉える者はいなかったが、誰が予想出来ようか。

 この時、グリム山の黄金竜が、竜生初の酔いどれであった事など。

 しかし、戦士達はそんな事を知る由も無く。

 しかし、敵は竜であるからして風を斬る程に速く、距離はあっと言う間に詰まり。

 しかし、竜は慌てたようにその身を翻す。


「ゴシュジン寝るな! ぶつかるぞ! 右、右に避けろ! 面舵一杯!」

「ふぁい……左ですねぇ……ふわぁ……」

「右だっつってんだ! 目ぇ覚ませ!」


 そんな声が響いたとか響かなかったとか。

 とにかく、城下都市を目前にドラゴンは突然軌道を変え、その衝撃波で一部の建物が壊れたものの、大した被害は起こらなかったそうな。


「待て! 私はヴェルキアより空を託された者! アリア・ヴィルヘルム・フォン・エスペリア! 竜ともあろう者が私と槍を交えずして――」


 戦乙女と呼ばれる少女が追いかけていったが、ドラゴンの方は歯牙にも掛けていないようで、その速度の差は歴然。

 オルドが気を患う事態などは、とても起こり得るとは思えず、密かに一人、息を落とした。

 が、ドラゴンの去っていった方向は不味かった。

 乗るなら飲むな。飲むなら乗るな。

 全世界共通の常識である。


 人間界ではあり得ないが、運転される側が泥酔状態だった為にその接触事故は起こったと言えよう。

 天高く聳え立った塔の横を通り際に、ドラゴンの尻尾がその根本を打ったのだ。

 ドラゴンからすれば、電信柱に触れたようなものだ。気にした様子も無く空へ消える。

 だが、山に似た質量が音速で飛びながら放つ一撃。受けた方はたまったものでは無かった。

 結果。轟音。

 塔がゆっくりと崩れ落ち、砂塵が巻き起こる。

 そこに、ドラゴンの姿は無かった。当て逃げである。


「ああ! 宣王の建てられたヴェルキア王家の墓が! 千年の統治の象徴が!」

「何故ドラゴンが墓を狙うのだ!」

「まさか……王家に纏わるただ一人として許さぬというのか!?」

「なんと恐ろしい!」


 兵士達が好き勝手に騒ぐ中、空に舞い上がる砂塵を眺めながらオルドは頬を掻く。


「こりゃあ、一本取られた……のか?」

「……ね」


 一月が終わり、蟹の月へと移り変わった夜。

 鐘が鳴らすは一打一拍。その意味は戦闘終了。

 ヴェルキア初のドラゴン遭遇戦は長い歴史に漏れず、人間側の敗北で終わったのであった。



―To be continued―

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