第五十話 従者さんとしがない山賊
白み始めた空を眺めていると、僅かに冷気を孕んだ風に季節の変化を感じた。
この大陸には夏が無い。そして、ヴェルキアは春が長く、秋がとても短い。
この寒気はその短い秋の到来を知らせてくれているのだろう。
ゴシュジンも毛布の中で寝息をたてながらも、暖を求めて俺の腕にしがみついている。
婦人の母性本能を存分に擽るであろう純真無垢なその寝顔に、つい声が漏れた。
「何処だよここ」
酔っぱらいドラゴンになど、乗ってはいけなかったのだ。
壁にぶつかりそうになったり、ひょろ長い建物を壊したり。挙げ句、「喉が乾きました」と下ろされたのは見知らぬ山にある川のほとりである。
そして、眠り姫と化した。どこまで自由か。
俺自体は路上生活者であった前身もあり、外で寝る事に抵抗は無いのだが、周辺情報が皆無であることは頂けない。
どんな魔物が潜んでいるかもわからないのだ。
よって、俺は健気に寝ずの番である。
「今日は山の魔物が巣に移住してくる日だってのに……」
巣は大丈夫だろうか。
リザードとノールは折り合いが悪いと聞く。朝一番から来る事は無いと思うが、出来るだけ早く戻らねば。
そんな俺の心配をよそに穏やかにすやすやと眠る我が主。
ちょっと出来心で頬肉をつついてみると、「んむぅー」と不機嫌ながら偉そうな声が漏れた。
摘まんでみると、「エレナ姉様御免なさい……」。
指の腹で軽く叩いてみるとニヤニヤと笑う。
ふむ。面白いじゃないか。
「た、楽しそうだな」
「……」
見られていたらしい。
咳払いしながら振り向くと、思いの外多い――十人近くの見知らぬ顔がこちらを凝視していた。
思わず肩が痙攣して噎せてしまう。
大勢で見てんなよ。趣味の悪い。
「見世物じゃ無いぞ」
「そ、それなら屋根のあるトコでやんな。お天道様の下でいちゃついてるヤツが悪い」
ごもっとも。いちゃついてはいないが。
「ア、アンタら。へへへ。わかるぜ。その服は金を持ってるヤツの格好だ」
そう言う彼らは、言っちゃなんだが随分とみすぼらしい。
艶は悪く、服は揃いも揃って服の形をしたボロ布。手には何故か棒きれを持っている。
そして、形は様々であるが、いずれの頭の上にも大きな獣の耳。首には当たり前のように首輪である。どうみても亜人奴隷。
そんな彼らが、何故このような山中に群れているのか。
鑑みるに、彼が先ほどからしている棒きれで手の平を叩く行為が示威であるならば、そろそろあの常套句が聞こえてきそうである。
「へへへ。お、俺達に会ったのが運の尽きだ。な、なに、大人しく身ぐるみ渡せば、命までは取らねぇよ」
ほら出た。やはり追い剥ぎの類であったが。
「奴隷が山賊の真似事か? それとも、主人に山賊をやれと命令されているのか?」
奴隷は首輪の効果で魔法も使えなければ、魔力を体外に発する事も出来ない。
それが賊などと荒事を生業にするとは、まともな事情ではあり得ないだろう。
「う、うるせぇっ! お前は出すもん出せば良いんだ!」
眼は血走り、呼吸はふぅふぅと獣のように荒い。
さて、一見興奮状態の獣のように獰猛に見えるが、どうであろう。
毛布に隠して展開していた『繰糸』を素早く取り出し、魔力の糸を彼らに放ってみる。
「な、何だそれ!? うわあぁぁぁ!」
「ひぃ! 何をする気だ!?」
突如飛び出したウネウネとした糸に怯んで一目散に散る奴隷山賊達。
何だと言われても困る。驚かせたかっただけだ。
やはり、コイツらは真っ当な山賊では無い。
本職なら声など掛けずに襲い掛かる筈であるし、獰猛さも裏返せば緊張の現れ。行為に不馴れな証拠である。
なにより、荒事稼業の得物が、そこらで拾ったような棒きれという事もあるまい。
「さ、逆らう気か! この人数をどうにか出来ると思ってるのか」
先ほどから喋っているリーダー格らしき男が、ちょっと離れた所から叫んだ。
「俺達に手を出そうと思っているなら辞めた方が良い。骨も残らずこの世から消える事になるぞ」
更に脅してみる。魔力の糸を孔雀のように広げながら。
実際、ドラゴン様の休眠を邪魔したとあれば、十分に起こり得る事態である。俺を含めて。
「それでもやると言うなら相手になるが?」
『聖棺人形』を展開。
片腕がゴシュジンにガッツリホールドされていて操れないので、こちらも特に意味は無い。
「ゴ、ゴーレムか? アンタ機巧士か!?」
「む。私をゴーレムなどと低俗な輩と一緒にしてもらっては困る」
「しゃ、喋ったぁ!」
うむ。驚くよな。俺も最初は驚いた。
「さて、やるのか? やらんのか?」
出来るだけドスを効かせて言ってやると、疎らに散った奴隷山賊達はビクリと仰け反る。
互いに顔を見合わせる者。緊張からか、まったく動かない者。
その中で、一人の男が膝から崩れ落ちた。
「うわあぁぁぁ。もう嫌だ。何で俺達がこんな目に合わなきゃいけないんだ」
思わぬ慟哭に今度はこっちが驚いてしまう。
大人の本気の涙なんて久し振りに見た。
「うぅ、山賊も出来ねぇのか俺達は」
「俺達に行く場所なんてねぇんだ!」
「もう……疲れた……助けてくれよぉ!」
それが引き金となってか、回りの者も堰をきったように声を溢れさせる。
えぇと、襲われてたの俺だったよな。
◇◇◇◇◇
「いやぁ、あんた人族なのに良い奴だなぁ」
「酒なんて十歳の時につまみ飲みして以来だぜ」
昨日の余りの酒を渡してやった彼らは、それを回し飲みしながら上機嫌に俺の肩を叩く。
「あの豚はよぉ。そりゃひでぇ奴だったんだ」
「飯は少ねぇ。殴る蹴るは当たり前」
「最悪なのはあの豚が奴隷を好きなだけ融通出来るほど、金を持ってた事だ」
「アイツは俺達を農耕具程度にしか思ってなかった。信じられるか?」
「前なんて壁に両手付けさせられてな、そんでガキに鞭持たせて……「ほら、こうやるんだよ」ってよ。あぁ、思い出しただけで背中が痛ぇ」
何故こうなってしまったのか。
延々と続く彼らの不満は、時を追うごとに熱を帯び、俺へとぶつけられていた。
俺は軽く慰めの言葉を掛けてやっただけであるのに、それも本当に軽く、「泣くなよ」程度の。
そうしたら、出るわ出るわ苦労話。
ゴシュジンがまだ寝ているから喋り相手になるのは良いのだが、その内容は暇潰しに聞くにはなんとも重い。
「それが五日前だ。あの豚が俺達を狩りに連れてきて……ひひ。今でも笑えるぜ」
「あぁ。あれは本当に良い死に様だった。くくく」
「何があったんだ?」
「俺達は豚の狩りに付き合わされてこの山の麓に来てたんだがな……あの豚食われちまったんだ」
「肥え太ってるから狙われたんだ。魔物も食うなら肉がある方が良かったんだろうよ」
「まったく。魔物様様だぜ」
彼らはそうして豚……いや、見も知らぬ故人を蔑むまい。『主人』が死んだ後、そのまま山に逃げ込んだらしい。
人に見つかれば、主人の資産として再び家に連れ戻される。それならば、山で自由に生きてやろうということらしい。
だが、何分生まれた時より奴隷だった者が多く、山での生活は困難を極めたそうだ。
そこに現れたのが見た目だけならば裕福に見える俺達である。
落ちる所まで落ちたなら、いっそ山賊になってやれと。だが、それすらも上手くいかなくて、ついに心が折れてしまったのだ。
と、ここまで聞いて、疑問が一つ。
「その、人食いの魔物ってのはまだこの山を彷徨いてるって事か?」
「そりゃそうだろ。俺達が出会ったのは一回こっきりだが、あんな魔物倒せるヤツはそうそういねぇよ」
そりゃそうですか。
うむ。出来る限り早くここを離れなければ。
「……んん」
密かに決意を胸に抱いていると、むさ苦しい声の中に女性の声が混じる。目をやると、眠り姫が薄く瞼を開いていた。
そう言えば、そろそろゴシュジンの起きる時間であった。希望が見えてきた。さっさとここを離れよう。
「よう。起きたか。起きたな。起きろ」
下手をすれば再び閉じてしまいそうな瞼に少々語気を荒げてやると、ゴシュジンはぼうっと俺の顔を見つけ、縄を登るようにして俺の腕を這い上がる。
「悪いお前ら。主人も起きたみたいだし、俺もそろそろ行こうと思……痛い痛いゴシュジン。力の差考えろ」
「何だ。もう行っちまうのか」
「良し。酒の礼だ。麓には近づけねぇが、途中まで送ってやろう」
「もっとゆっくりしてけよ兄弟」
誰が兄弟か。凶悪な魔物がいるとあれば、ゆっくりなどする筈が無かろう。
のそりのそり上半身を起こしたゴシュジンは、辺りの見知らぬ顔に二度三度視線を彷徨わせると、俺の顔に視線を戻してにこりと笑みをつくった。
「おふぁひょうごまいわふまひろ」
祖母を思い出した。
「ほひゃしゅみ」
謎言語を残して、熟れた果実が落ちるように俺のあぐらに頭を落とす我が主。
奴隷山賊共がピュウピュウと口笛を鳴らす。どういう意味だそれは。
しかし、はて、この娘。こんなにも寝起きが悪かったであろうか。
「おい起きろゴシュ……」
と、言いかけて鼻をかすめる匂いに気付く。
酒の匂いである。昨日嗅いだ、そのままの匂い。
おいおい。もしかして、まだ酔ってらっしゃる?




