第四十二話 ドラゴン様の一撃必滅
「アタシのご主人様……元ご主人様っすね。そいつが言うには、ここのドラゴン様が亜人奴隷を重宝してるっ噂が流れてたからアタシ達を貢ぎ物にしたみたいっすよ」
「ふむ」
狐娘を竜の巫女ポジションに据えた影響か。
これは早目に手を打つ必要があるな。どこもかしこもが奴隷を送りつけてきては敵わん。
「で、お前らはヴェルキアからの貢ぎ物だと?」
「そっすね」
これが不可解である。
ゴシュジンはヴェルキア城下都市にまで翼を伸ばしていない。
それなのに、竜討伐計画の真っ最中のヴェルキア政府が、わざわざご機嫌を伺うように貢ぎ物を送るというのが腑に落ちない。
余裕の顕れ? 油断させる策? 俺達が計画を知らないと思っているのだろうか?
「何一人で難しい顔してるんすか? アタシにも教えて下さいよ」
「服を引っ張るな」
この垂れ耳娘には奴隷達のまとめ役、及び意思伝達役になってもらったのだが、コイツの距離感はなんともやり辛いものがある。
出来れば他の者から話を聞きたいのだが………。
「りゅ、りゅりゅりゅ竜の従者様! お部屋に入ってもよ、よよろしいでしょうか?」
こんな感じなので、話が進まんのである。
壮年の奴隷は部屋に入るなり直立した。敬礼を交えれば最早軍隊に見えてしまう。
「何だ?」
「ドドドラゴン様が! そ、そそその娘を呼べと!」
「ほれ、お前の番だとよ」
「あぁ、名付けっすか」
現在、十三人中八人の名前を持たない奴隷に、ゴシュジンが命名式を行っているところである。
ゴシュジンの顔は心なし嬉しそうだった気がする。
「おっちゃんは何て名前になったんすか?」
「グレゴワールだ」
「うへぇ」
ゴシュジンのネーミングセンスに辟易とした顔を浮かべた垂れ耳娘は、下唇を突き出してこちらに視線を向けてきた。
何だその顔。面白いな。
「因みにお兄さんの予想ではアタシの名前どんなのになると思います?」
「……ヴィクトリアとかジョセフィーネとかだろうな。前に女性名を付けられた魔物はエリザベスだった」
「うへぇ。そんな豪勢なの嫌っすよ。もっと普通なのが良いっす」
「まぁ、そう言うな。さっさと行ってこいヴィクトリア」
「ヴィクトリアっすかぁ……うへぇ」
垂れ耳娘は気怠そうにゆっくり立ち上がると「あ、そうだ」と再びペタンと座り込んだ。
「お兄さんが先に名前付けてくれりゃ良いんすよ」
「人を指で差すな。お断りだ」
「良いじゃ無いっすか。お兄さんは今までどんな名前付けた事あります?」
勝手に話を進めるものだから、諦めさせる方向に持っていく為、意地悪い顔を心掛けて言ってやる。
「ポチ神」
「うは。良いっすね。良い感じに卑屈さが滲み出てるっすよ」
気に入られてしまった。
「ねぇお兄さん。頼みますよぉ。何でも良いっすから付けて下さいよぉ」
ねぇねぇねぇ。と、妙に様になった四足歩行に退化してじわじわ距離を詰めてくる垂れ耳娘に恐怖を感じ、つい俺も「わかったから寄るな」と折れてしまう。
「その反応もそれはそれで傷付くんすけど」
唇を尖らせ不満を表現する垂れ耳娘。どうしたいんだお前は。
困ったような顔で立ち竦んでいるグレゴワールに、垂れ耳娘の名前は俺が付けるとゴシュジンに伝えるよう頼み、「さて」とこの娘の顔を見てみる。
垂れ耳娘は考えの読めない顔でこちらをじっと見つめ返していた。
その顔を見て、インスピレーション? 天啓? とにかく、頭に三文字が降ってきた。
「チャコ」
「チャコ? それが名前っすか?」
「あぁ。何でも良いんだろ」
「まぁ良いんすけどね。一応何でなのか聞いて良いっすか?」
「昔、隣家で飼ってたペットの名前だ」
あの垂れ耳犬も、俺が通るとじっと見てきたっけ。
目の前の垂れ耳娘はと言うと、眼をぱちくりさせた後口内を膨らませて、やがて堪えきれないといった風に笑い始めた。
「うひゃひゃ。ご近所のペットってお兄さん。それ名前の意味とかわかってるんすか?」
「呼びやすいから。と、言ってたな」
「うは。無意味」
なにがツボに入ったのか涙を滲ませながら笑う垂れ耳娘は、目尻に溜まった水分を手の甲で拭って満足げに口を開いた。
「最高っすおにーさん。アタシは今日からチャコでよろしくっすよ」
◇◇◇◇◇
奴隷っつったら、人の嫌がる仕事押し付けられるもんなんすよ。
やれあの林を平地にしろだの、やれ隣街まで走って物を届けろだの。
中でも下水掃除は最悪っすね。あの悪臭もそうなんすけど、それに慣れていく感覚が最悪っす。
まぁ、このドラゴンの巣への派遣もそうなんすけどね。
狂った信者以外、誰だって行きたい訳無いんすよ。こんなトコ。
んで、そのドラゴンの巣に貢がれたアタシ達がどんな仕事やらされるかってーと、おにーさんは言いました。
「お前ら、畑仕事は出来るか?」
「当たり前っす。奴隷なめんなっすよ」
グレなんたらって命名されたおっちゃんに襟引っ張られました。
だから、それ止めろっす。伸びるっす。
「良し。垂れ耳娘以外着いてこい」
「へ? 垂れ耳娘ってアタシっすか?」
「他に誰がいる? お前は第二待機室にいる狐娘の手伝いだ」
お兄さんはそれこそ当たり前だと言わんばかりの視線を返してくれました。
いや、名付け親なんだからちゃんと呼べっす。減点っすね。
クゥ姉さんの手伝いってことは、料理の手伝いって事ですかね。
女だから家事って訳っすか、お兄さんのセンスを疑います。
「ちーす。お兄さんから奴隷の派遣っすよー」
「チャコ様……で御座いますね。マシロ様より話はうかがっております」
クゥ姉さんは一人でこの大所帯の食事を賄ってます。
量だけならまだしも、味も今まで食べた事無いくらい美味かったんだから驚きっすよ。奴隷の鏡っすね。
アタシにゃ真似出来ないし、正直絶対したくないっす。
「では、そちらの野菜の皮を剥いて頂けますか?」
指差された篭はアタシよりでっけぇっす。
中には芋、芋、芋、芋、芋。マジっすか。
「うへぇ」
込み上げる気持ちをそのまま声にすると、クゥ姉さんが花のような笑顔を浮かべました。
「食べて下さる方の喜ぶ顔を想像すると、自然と頑張ろうという気持ちになるので御座いますよ」
クゥ姉さんが眩しい。目が痛い。焼かれるっす。
「嫁力高いっすね。アタシには無い発想っす」
それからひたすら芋の皮を剥いてると、綺麗な鼻唄を鳴らしていたクゥ姉さんが、突然笑いを溢しました。
「そう言いながら、チャコさんも手を止めないのですね」
「んー。これはそんなんじゃ無くて奴隷根性っすよ。嫌いなんすよね。鞭。前の主人が加虐趣味で何人が殺られたんすよ」
テキパキ動いていたクゥ姉さんが突然ピタっと止まりました。
「どうかしました?」
「……安心して下さい。鞭を打つような方はここにはおられません」
「そっすか? けどもう条件反射っすね。与えられた仕事はやらなきゃって。知ってます? 鞭で打たれた時の死因って、痛過ぎて死ぬんすよ。確かに死ぬほど痛いっすもんねアレ」
アタシのジョークにクゥ姉さんは困ったみたいな顔をしました。
なるほど。顔歪める経験も無いんじゃ綺麗に笑える訳っすよ。
おんなじ日陰者かと思ってたけど、立派に日向歩いてる人だったんすねぇ。
◇◇◇◇◇
決闘の間ってトコには、三角形の変な岩があるんすよね。
蹴ってみたり、叩いてみたり、耳を当ててみたりしてみますが反応無し。けど、こいつはどうも怪しいとアタシは睨んでるんす。
「何やってんだお前」
いつの間に帰ってきたのか、お兄さんがいました。
「あれ? 他の奴隷共は一緒じゃ無いんすか?」
右のほっぺを岩に引っ付けたまま答えると、お兄さんは呆れた視線のまま答えてくれました。
「アイツらには外で畑耕してもらってる。これからは食料の消費が激しくなりそうなんでな」
「へぇ……ドラゴン様の巣って自給自足なんすね」
「そういう訳でも無いんだがな。食費を出来るだけケチりたいってだけだ」
世知辛いっすね。アタシの抱いてたドラゴン像は、この巣に来てから砕けっぱなしっす。
「その畑って山の中っすか?」
「あぁ、昔ゾンビが大量発生した場所に良い感じの廃墟が転がっててな。そこを失敬した」
「それ、危なく無いっすか。アタシら戦えねぇっすよ」
親指で首輪を指して見せます。
奴隷ってのは反逆防止の為に、この首輪で外界への魔力発露……魔法を封印されてんすよね。
次いでに内界の魔力操作も乱されてますから、戦力としては無価値っす。
良くて囮。悪くて肉壁くらいにしか役立たねぇっす。
「安心しろ。山の魔物には襲わないように話を通してあるし、リザードの護衛も付けてる」
安心も何も、心配してねっすけど。
「で、何やってんだ。お前?」
「いや、アタシ今休憩時間なんすけどね。こんな変な岩、気になるじゃ無いっすか。この岩には絶対重大な秘密があるっすよ」
「あんまり弄くるなよ。それを壊したらこの辺り一帯が地図から消えかねん」
「ははは。またまた……」
お兄さんの目が笑ってないっす。
「え? マジっすか?」
「地図から町や山が消えるなんて良くある事だろ?」
お兄さんの言葉に確証を得られないでいると、ドラゴンのイメージを壊しっぱなしなドラゴンがトテトテと走ってきました。
「マシロ。帰ったのですね」
おうおう。にっこにこの嬉しそうな顔してますね。
本当にドラゴンなんすかね。この人。
「あぁ。始めるか?」
「私はいつでも準備万端ですよ」
「何を始めるんすか?」
お兄さんはアタシに視線を落として不適に笑って「見てればわかる」と意味深な事を言いました。
なんすか。仲間外れっすか。
そんな事を考えてると、ドラゴンから光の粒が溢れ出したっす。
前の魔宝とか言うのともちょっと違うっすね。
その光はどんどん大きくなって、黄金色に輝いて――ドクドクってアタシの心臓が早鐘を打ちました。
「二日目で見れるとは運が良かったな。これが我が巣の主の本当の姿だ」
目の前に広がる、黄金より綺麗な黄金に。
胸に沸き上がってくる本能的な恐怖。憧憬。羨望。嫉妬すら遠い存在。
働き過ぎの心臓から過剰に送られた血液に、体温が上がって血の気が引いて。時間が加速したような止まったような。
「麓でゴシュジンが弱竜だなんて噂が広まっててな。それがあんまりよろしくないんで、ここらでゴシュジンの力を世に知らしめる為に――」
お兄さんが何か言ってますけど、何を言っているのかわかんねぇっす。
ただ、その姿が眩しくて。
「この国の地図から一ヶ所ばかり消し去る事にした」
その日アタシは、空の覇者から放たれる光の柱を目にしたっす。
―To be continued―




