第四十一話 ドラゴン様と奴隷達
説得失敗をどう報告しようかと頭を悩ませながら帰路についていると、巣の前に四角い何かが置かれているのが目に入る。
檻……である。
馬の一頭では動かすに難そうなほどの、大きな木製の檻のように見える。
思わずそれに歩を止めて、ミーアと目を合わせる。
「何だありゃ?」
「にゃあ?」
何となく「さあ?」のイントネーションであったように思えた。
意思疏通の曖昧な相棒は置いておいて、はて、何故あのような物があるのかと頭を悩ませると、ニュースでたまに見る害獣用の罠が思い当たる。
檻の中に吊るされた餌を食べた途端に中に閉じ込められてしまう、あの罠である。
それがドラゴン様の巣の前にあるという事は、あれでウチのゴシュジンを捕まえてやろうという事であろうか。
「アホか」
「にゃ?」
だとすれば、馬鹿にしている。
いや、中に美女でも入れておけば何処ぞの雄竜の一匹くらいは釣れるかもしれんが。
まぁ、現実的に考えればルーク達の言っていた貢ぎ物であろう。檻という点を鑑みれば、食肉用の家畜か。
一応の警戒心を抱きながら歩を進めると、中で何かがモゾリと動いた。
こちらに向いた目に心臓が揺れ、再び足が止まる。
だが、秒を置かずして俺の足は常よりも早い歩みを始めていた。
「おいおい。ふざけんな」
息があがる。
だが、檻の柵を掴める位置にまで来れば、それは否応なしに現実を突き付けた。
「何考えてやがる……」
自称勇者様の少年が憤慨していた訳に合点がいった。
そこには、衣服と呼ぶにはあまりに薄いボロ布に身を包んだ亜人が、俺の掴んだ鉄柵の反対側で身を縮めていた。
首に掛けられた華奢な輪っかが物語る。
奴隷。生け贄。またこれか。
「えぇと、ドラゴン様ですか?」
耳を垂らした亜麻色の髪の、多分犬系統であろう亜人女がおどろおどろしく言った。
怒りに似た黒い感情をため息で落ち着かせ、一言だけを返す。
「『聖棺人形』」
◇◇◇◇◇
どいつもこいつもつまんねぇ人生歩んで来た癖に、いざってなったら肩震わせてます。
自分の運命を呪ってんですかね。もし、神様なんて他人様にそれをぶつけてるなら救いようがねっす。
「おい、誰か来たぞ」
隣のおっちゃんの震えた声に柵の向こうに目を向けてみると、確かに男の人が歩いてました。
ちょい強面のお兄さんっすね。変な格好っす。奴隷じゃない使用人が着てるような服。確か、タキシードとか言うヤツ。
冒険者には見えないけど、あれ着て山登りなんてまともじゃ無いっす。
「何考えてやがる……」
アタシの言いたい言葉を奪ったお兄さんは、アタシ達を囲む柵を掴んで怒ったみたいな顔を浮かべたっす。
「えぇと、ドラゴン様ですか?」
右のおっさんが脇を小突いてきて、ちょっとイラッとします。
んな事すんなら自分で喋ればいいのに。
勝手に喋り役押し付けられただけで、まともに教育受けてないアタシがまともな敬語喋れる訳ねっしょ。
「『聖棺人形』」
光の粒が集まって男の人の手に十字の板。そのすぐ横にでっかい騎士が現れました。
あちゃあ、やっちゃいました?
逆鱗ってヤツ撫でちゃったんすかね?
かと思ったけど、でっかい騎士のでっかい拳が柵をぶん殴りました。
「出ろ」
木が紙屑みたいにぶっ飛んで、お兄さんが短く言います。
ちょっと偉そうっすね。減点っす。恋人にはしたくないタイプ。
這って出ると、お兄さんは不機嫌そうな顔でアタシ達をじろじろ見て、ため息を漏らました。
品定めっすか? ご期待に添えなかった感じっすかね?
「主殿。この者達は何だ? 何故このような檻の中にいる?」
「さぁな」
喋ったっす。騎士の方が。驚き戦きっす。
奴隷知らないんすか? そもそも人間じゃ無さそうだからそのせいすかね。
召喚魔法? 精霊術? どっちとも違う感じっすけど……何者なんすかねこの方。
お兄さんが魔力の糸で操ってるのは間違い無さそうっすけど。
良く考えてみたら、このお兄さんがドラゴンってのは無いっすね。ドラゴンは雌竜だとか偉い人が言ってたし。
もしかしてこの人、全然関係無い人じゃねぇっすかね。
「あの、ドラゴン様はどこっすか? アタシ達はヴェルキアからの貢ぎ物として来たんすけど」
「違う」
は? 違うって……本人が言ってんだから違う筈ねぇっすよ。
「そもそもアンタ何者っすか?」
「俺はドラゴン様の従者をしている者だ」
メチャクチャ関係者でした。
確か竜の従者って巣で二、三番目くらいに偉い筈っす。今からでも言葉遣い戻すべきっすかね?
「お前らはたまたまここを通り掛かって悪質な罠に捕まっただけだ。ドラゴン様の巣に入るも出るも気分次第。好きにしろ」
おお、初めて長い言葉喋ったと思ったら、ちょっと格好良い事言ってますね。ちょい加点っす。
けど、ここで追い返されるのは困るっすね。
「アタシ達に行くとこなんて無い……ですよ。アタシ達の事は好きにして良いから受け入れて下さい」
難しいっす。敬語。
お兄さんはアタシの方をじっと見ました。
えろい事考えてる感じでは無いっす。
「……全員そうなのか?」
お兄さんが周りのやつらに視線を向けました。
このお兄さんの眼。良く見たらアタシ達寄りの眼っすね。ドロドロどんより底無し沼っす。
てか、後ろのバカ共。何故だんまり?
皆アタシを見てるっすね。
視線が喋れって言ってます。
そのくらい答えりゃ良いのに。完全に芋ってるっす。
「元いた場所に戻るくらいなら、舌噛んでアタシ達の魂をドラゴン様に捧げる……ます。これは全員の意思っす……です」
あぁ、普通に喋りたいっすよ。なんかモヤモヤするっす。
お兄さんは顎に手を当てて暫く考えてた風っすけど、また溜め息吐いたっす。癖なんすかね?
「仕方無いな。着いてこい」
おお。交渉成立。
お兄さんがカンテラで灯した薄暗い洞穴の中は、ドラゴンの巣って割りにスッキリしてます。
もっとごちゃごちゃしてるもんだと思ってました。
「そのネコはお兄さんのネコっすか?」
「あぁ、こっちでは珍しいらしいな」
「珍しいっていうか、図鑑くらいでしか見る機会無いっすね」
「そうなのか……って、あんまりウロチョロするな。はぐれて植物巨人やら巨大スライムに食われても知らんぞ」
怒られました。
ドラゴンの巣だけあって、思ったより物騒な場所みたいっすね。
「おっけ。はぐれないようにするっすよ」
「……っ! なにすんだ!?」
腕にしがみついたら一瞬で振り払われました。
脊髄反射の領域でした。
「はぐれないようにと思いまして」
「……普通に着いてくれば良いだろうが」
声が一音下がってますね。
見た目通り気難しいお兄さんみたいっす。
「おい、なにしてんだお前」
結構な勢いで襟を引かれて、おっちゃんにも小声で怒られました。
危ないじゃないっすか。この服ボロなんすからポロリもあるっす。
「色仕掛けっす。メロメロにしてやろうか思ったけど失敗したっすね」
「余計な事するな。お前にそんな事は期待していない」
失礼な。これでも奴隷の中では肉ついてる方なんすよ。
おっちゃんに腕を掴まれながら暫く歩くと、洞穴の中なのに外の光が見えてきました。
「あっ、おかえりなさいマシロさん」
でっかい空が見える場所で、お兄さんの足に小っちゃい子が飛び付いたっす。
「おおっ? 何すか!? 何すかこの子!? かわええっす! 髪ほっそい!」
「えっ、うあぁ!? 誰ですか?」
頭わしゃわしゃしたら怯えられたっす。
お兄さんを挟んで反対側に逃げられました。
「おいフェイラン。何でこんなに集まってるんだ?」
お兄さんはと言えば、目の前の景色に釘付けになってますね。
うーんと……リザードマンにオークにインプにワームにキャタピラにグレムリン。
何すかこの多彩な魔物達。多分この山の生態系の殆どが揃ってんじゃ無いっすかね?
皆の顔が凍えてるっす。
もしかしてこれは罠で、アタシ達は今からこの魔物達に食べられちゃうのかも……とでも思ってるんすかね。
んな訳ねーっす。お兄さんの顔見たら一目瞭然っすよ。
「受け入れの話をしたら、皆さんが巣を見学したいと言ったらしくて。今、その見学会が終わった所なんです」
竜の巣って見学会なんかやってんすか。
この情報売ったら金貨くらいもらえそうっすね。
「そちらの方達は……少し前に巣の前に置かれていった……」
「ども。ヴェルキアから恵まれない奴隷の速達っす。あっ、生物なんで放置はダメっすよ」
「どんなジョークだ。笑えんぞ」
そりゃ残念っす。
「ドラゴン様に紹介するから、ちょっと待ってろ」
お兄さんはそう言うと、奥にある豪華な扉の方へ歩いていきました。
オークがチラチラこっち見てるのが凄ぇ気分悪いっす。雌ならなんでも襲うって噂は本当みたいっすね。
あれの相手しろって言われたらどうしますかね。さすがに死んだ方がマシなんすけど。
暫く待ってると、お兄さんが女の子を二人連れてきました。
片方は亜人っす。あれが噂の竜の巫女様でしょうか。ってことは、あの金色がドラゴンっすか。
「お待たせしました」
「初めまして皆様方。クゥと申します」
……おう。挨拶で品格ってのは伝わるもんっすね。
この二人の言葉と笑顔とお辞儀を見ただけで、恐縮な気持ちになってきます。
あの巫女様の方は同じ奴隷っすよね。首輪ついてるし。
奴隷の中じゃマシってアイデンティティーが恥ずかしくなってくるっす。
アタシとこの人の差はなんなんすかね?
「そして私がこの巣の主。ラティーシャ・イグニアス・フォン・プラハ=グリム・ヴァイカウントです」
名前長ぇっす。
しかし、ドラゴンの人形態なんてどんな醜悪な顔してるのかと思ってたんすけど……何すかこの美人度。
ズルいっす。人間じゃねぇっす。人間じゃねぇっすけど。
「良く来ましたね。貴方達を新たな仲間として歓迎しましょう」
仲間……っすか。
奴隷なんすけどね。アタシ達。
「お前ら。働かざるもの食うべからずという言葉を知っているか? 知らなけりゃ教えてやる。お前達を養う金は無い。俺達の仲間になったからには、飯を食う分くらいは働いてもらうぞ」
金は無いって、世知辛い事言うんすね。
ホントにドラゴンの巣っすか? ここ。
「言った通り何でもするっすよ。オークの相手とか言われたら流石に心の準備が必要っすけど」
「……んな事させる訳ないだろうが」
「あれ? そうなんすか? あっ、お兄さんならオッケーす。経験無いけど頑張るっすよ。こう見えてもアタシはがんばり屋さんで通って」
「お前ちょっと黙ってろ」
また怒られたっす。怒りんぼうさんっす。
男は皆好色の筈なんすけど……あぁ、横のドラゴンが睨んでるからビビってるんすね。
何処も男と女が居れば人間関係……人竜関係? まぁ、ややこしいっすもんね。
何はともあれ。ドラゴン様の巣にトントン拍子で潜入出来て良かったっす。
奴隷を信じるなんて、ドラゴンも案外抜けてるっすねぇ。でっかい減点っす。
―To be continued―
双子の月 二十四日目
収支報告
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資産 31,000G
借金 111,321,000G
経過報告
人員 4名
来客 0名
奴隷 13名(+13)
魔物
高階梯 3匹
戦闘員 30匹
非戦闘員 17匹
設備
決闘の間、待機小部屋、第二待機部屋、リザードマンの大部屋、湖の間、調理設備、上下水道、宝箱(×12)、風呂、ランランの間
クエスト 魔女文字翻訳(7/50)




