第三十五話 従者さんへの予言
地に座り瞼を閉じて、体を楽に。
外より魔素を取り入れ、内に魔力を巡らせる。
俺はこのゼンコ族の魔力操作法を日課に取り入れた。
先日はフェイランや狐娘が庇ってくれたことによりうやむやになったが、お母様に先日言われた『竜の従者の役割』。
確かに俺がそれをこなせているかと言われれば、耳が痛い。
未だ財政は困窮を極め、防衛力は貧弱。
その上、先日はゴシュジンと喧嘩して主の心さえ乱してしまった。何一つ至らない。勿論手を抜いた覚えなど無く、俺なりに精一杯やってきた。
だが、所詮『俺なりに』なのだ。
凡人が凡人らしく振る舞えば凡庸な結果に辿り着くのは必然。
誤っていた。俺が目指すべきは『俺以上』。
それを目指さずして、人間は成長しない。
お父上は俺を無欲と言った。その通りだ。俺に足りないのは貪欲。
だから、やれる事は全てやる。俺自身の鍛練も。巣の能力向上も。新しい仲間集めも。貪欲に全てを手に入れる。
そんな決意を新たにした朝。
「頼まれていたマシロ様の部下候補をお連れしました」
朝食の席に現れた手品師が、顔を見せるなりそんな事を言った。
「おお! 私の頼んだ通り、可愛い女の子を連れてきてくれたかい!?」
「あら。ウェールズったら」
一番に反応を示したのはお父上。
二番目にお母様がお父上の手にフォークを突き刺した。
「ギャアァァアッ! 違う! 違うよルーシア!」
「うふふふふふ」
手首をスナップさせるお母様を傍目に、俺は先人の残した『君子危うきに近寄らず』に従って、竜夫婦が見えない態で話を進める。
「連れて来たって……前はリストを持ってくるとか言ってなかったか?」
「マシロ様専属と聞いて、本人が是非にと希望したので直接お連れしたのデスよ。もし、気に入らないようでしたら連れて帰りますデス」
「ルーシア止すんだ! バターナイフはそんな事に使う物じゃ無い! 爪が! 爪がぁ!」
「うふふふ」
「俺専属と聞いてって事は、俺を知ってるヤツか?」
「イエス。どうぞ、顔合わせタイムデス」
そう言って手品師が杖を振ると、紫色の煙が沸き立つ。
俺の下に付きたいとは変な魔物である。竜の従者という肩書きに惹かれたのだろうか。
そんな事を考えていると、煙の中で小さな黒い影が蠢き、影はしなやかな速さで俺の足元に迫った。
「にゃー!」
ネコである。見覚えのある黒猫。
そうだ。俺がこの世界に来る時に一緒に居たネコだ。
「気紛れなる魔女の使い魔。黒猫のミーアデス」
「にゃ」
ご紹介に預かったミーアは、俺の足首に一生懸命耳を擦り付けている。
そう言えば懐かれていたな。だが、コイツをどうしろと?
「にゃ?」
脇の下に手を入れて、その体を持ち上げてみる。
ふむ。思ったより伸びる。
俺の指を嗅いでいる。ネコの癖に尻尾を振っている。
それだけである。ネコである。
「おい手品師。俺はお父上から部下になる魔物を頂けると聞いていたのだが」
「イエス」
「イエスじゃ無かろう。こりゃ、どうみてもただのネコだろうが。巣のマスコットにでもしろってか?」
「マスコット!?」
フェイランが反射に近い速度で過敏に振り向いた。ライバル心を刺激されたのだろうか。
手品師は俺の問いにわかってねぇなぁお前さんとでも言いたげに、人差し指を立てて「チッチッチ」と舌を鳴らす。
「魔界の黒猫はとても優秀な使い魔として知られているのデスよ。その中でもミーアはエリートデス」
「そうなのか?」
「にゃー」
そうは思えんが。
「それに言い辛いのデスが、目ぼしい魔物は借金まみれのドラゴンに仕える人族の従者などの所に行っても未来は無い。いつ売り払われるかわかったものでは無い。と断固拒否の姿勢デス。残っている魔物と言えば、あまりお薦めは出来ない者達デスね」
痛い言葉だな。さりげなく傷付いたであろうゴシュジンが肩を震わせている。
事実、魔物の買い受けともなればその面倒は一生俺が見る事になる。そんな先行き不安な所に買われるのは、そりゃ嫌だろう。
「ふむ。俺はネコよりイヌ派なのだが」
「にゃ!?」
「良しっ!」
フェイランがガッツポーズを決めていた。
いや、お前は別にイヌじゃ無いだろ。
ミーアが悲し気な瞳をこちらに向けている。なんとも表情豊かな人間味溢れたネコである。
魔界生まれだと、皆こうなのだろうか。
手品師曰く、ミーアはこう見えて五階梯の幻獣種で戦闘能力も十分。不幸の象徴である黒猫の特性として、不幸を多少操る事も可能であると。
不幸を操るとは些か理解しがたい表現であるが、それにより俺の降り掛かる筈の不幸も緩衝してくれるらしい。
どんな魔物が来るのかと想像していた俺にとっては多少……いや、大分肩透かしを喰らった気分ではあるが、取引に関して手品師が嘘を吐く事もあるまい。
このネコは有能なのであろう。
腕の中でびょーんと伸びきったミーアと視線を合わせて尋ねてみる。
「お前、キャットフードで良いのか?」
「にゃ?」
首を傾げるミーア。
まぁ、大喰らいでは無かろう。
こうして、我が巣に新しく魔界産黒猫が配属されたのであった。
◇◇◇◇◇
俺達のいる大陸には、大きく分けて二つの勢力が割拠している。
剣の国と呼ばれる東域の殆どを征服した一大国家ガンズ帝国。
人族至上主義であり、亜人排斥政策の盛んなお国だ。
そして、そのガンズ帝国と真っ向から対立する、亜人中心の四ヶ国が連なったビスト連合国。別名、牙の国。
そして、俺達の住むヴェルキア王国は丁度その二つの大勢力に挟まれて、ガンズ帝国に媚を売りながら何とか存続しているような小国家だ。
猫の額ほどの領土ではあるが、大陸を二分する大河と隣接しているおかげで土地は肥え、漁業も盛ん。食い物だけは揃っている。
一応ヴェルキアは騎士の国と公言しているが、実際は他国どころかヴェルキア民も自国を食の国と呼んではばからない。
食の国だけあって、貢ぎ物の中身の大半は食材が占める。
本日はその上質な食材をいつも以上に豪勢に仕上げ、ご両親に振る舞った。
「レティ。立派な巣を興すんだよ! マシロ君。レティを支えてやってくれ!」
涙混じりに言いながらゴシュジンに熱い抱擁を交わすお父上。ゴシュジンが困った顔をしている。
お父上が来られてから八日。お母様が来られてから五日目の本日。お二人は帰られる事となったのである。
実際、結構な長居であったと思う。
密かに俺は安堵していたりする。三匹のドラゴン様の膨大な食事量によって、食材が底をつきかねなかったのだ。
この巣は外敵では無く、エンゲル係数に滅ぼされるかもしれないと密かに危惧していたほどだ。
「マシロさん。ちょっと宜しいかしら?」
むせび泣く父と迷惑そうな娘。そんな中、穏やかな声に呼び寄せられる。
俺は最後までこの方に慣れる事が無かった。
どうにも、この眼が苦手なのである。
「竜の眼に特殊な力が宿る事は知っているわね?」
考えを読まれたかのように眼の話になり、思わず肩に力が入る。
お母様はそんな俺の思惑など何処吹く風と距離を詰め、俺の左手を掴んで自身の顔の前に持ち上げた。
「私の眼は絆を見る力が宿っているわ。貴方には巣の者達からのとても太く、濃い赤の絆が絡み付いている」
太く赤い絆。
お母様の眼にそれがどのように映っているのかはわからないが、それは信頼されている証なのだろう。
次にお母様は俺の右手を持ち上げ、僅かに表情の色を落とした。
「反対に貴方から伸びている絆はとても脆く、薄い。だから、ごめんなさい。私は貴方を信じる事が出来なかった」
それは、どういう意味なのか。
まさか俺が皆を信じていないとでも言うのか。馬鹿な。
「俺はこの世界で手に入れた仲間の誰一人だって裏切るつもりはありません」
「ええ。わかっているわ。貴方が皆に接している姿を見て。私に認められようと頑張っている姿を見て。私も貴方の事を見直したのよ」
そう言ってお母様は俺の左手から小指以外を畳ませた。
「貴方には、幾つもの絆が結ばれている。レティ。フェイランさん。クゥさん。ウェールズ」
その小指に自身の小指を絡ませ、いつものぽんやりとした笑みでもって。
「だから、私も信じるわ。愛する皆が信じている方なのですもの」
なんとも無害そうな微笑みをくれた。
そんな顔をされては、俺も頬が緩むのを押さえられない。
俺がこの方を最後まで苦手だというのは、取り消さねばなるまい。
お母様はなんともゴシュジンのお母様だ。
そのまま数秒の間。お父上の泣き声のみを挟み、お母様は冷徹な瞳に戻して口を開いた。
「マシロさん。信じたからこそ教えてあげる。貴方が自ら断ち切ろうとしている絆。この世界の外へと伸びた絆。その相手は、貴方にとてもとても濃い絆を結びつけているわ。余程想われているのね」
「世界の外……」
俺の居た世界か。そう巡った瞬間に、俺は頭からその思いを叩き出した。
もう、関係ない話だ。忘れるべき話。
「絆はお互いを引き寄せる力がある。予言するわマシロさん。その絆の持ち主は、いずれ貴方の前に現れるでしょう」
「……え?」
ドン。と心臓が殴られたみたいに、全身の血液が揺れた気がした。
あの世界の……俺が捨てた世界の人間が……俺を探しに来る?
―To be continued―




