第三十四話 従者さんのおもてなし
「あら? マシロさんはレティの従者でありながら、誇れる仕事は無いと。そう言うことなのかしら?」
言葉を返さない俺に、お母様の言及。
「聞けばレティが暴走して巣を破壊した時も、竜の従者の役割を捨てて逃げ出したらしいわね?」
痛い所である。暴走を止めるのは従者の役目なのだから。
微笑みを崩さないお母様の目に冷徹を感じた。俺を見定めようとしている。
自然と唾が喉を通り、頭の中で言葉を選ぶ。
「……あの時は召喚されたばかりで、俺はまだ役割を把握できていませんでしたので」
「あらぁ。そんな言い訳が通じるとでも?」
うふふ。と笑みを溢すお母様。しかし、その眼は俺を見据えたまま。
いつ、この瞳に縦長の瞳孔が映るかと思うと生きた心地がしない。
「やはり、貴方はレティの従者に相応しく無いのかもしれないわね」
やはり。とは何であろうか。相応しく無ければどうなると言うのか。
ゴシュジンと引き離されるか?
いや、眼の前のいるのはドラゴン様だ。そんな事をしなくても俺如き、消せば良いと思っているかもしれない。
「待ってください」
俺の思考を遮って、フェイランが横から声を挟む。
「マシロさんはボクを助けてくれました。それに、ここでラティーシャ様の巣を興そうと言ってくれたのもマシロさんです」
箇条書きの原稿を読むように言ったそれは、俺と同じく口下手で、何処と無く言葉足らず。
俺を助けたい。ただ、その心だけを開けっ広げにして。
そのフェイランの言葉に、狐娘が追い掛けるように口を開いた。
「マシロ様には確かに足りない部分を感じる時が御座います」
ううぉい。
お前は敵か? フォローしろよ。
人を頭悪いみたいに言いやがって。
「しかし、欠点の無い者などおりましょうか? この場所はとても居心地が良う御座います。口に出すのは難しいのですが……それがきっとマシロ様の役割なので御座いましょう」
なんとも嬉しい言葉だな。
コイツは何を考えているかイマイチわからないが、そんな風に俺を見ていてくれたのか。
眼の前にドラゴン様がいなけりゃ、ハグしてやるところだ。
「ましろ。さいきんあそんでくれないのー」
少し拗ねたような口調。
うん。エリザベス。ここは別に俺に言いたい事を伝える場では無いぞ。
お母様はうふふと笑いながら腰の下のエリザベスを撫でながら言葉を紡いだ。
「部下の管理も従者の仕事。その点で言えばマシロさんは仕事をこなしているようね。もし、本当に何も出来ないようならどうしてやろうかと思っていたけれど……」
どうしてやろうと思っていたんだろうか。聞きたいけど聞きたくない。
お母様はエリザベスに落としていた優しげな視線を上げて、再び冷徹を帯びた瞳で俺を見据える。
「まだ救う所はあるようだから、チャンスを与えましょう」
「チャンス……ですか?」
「そうね。この巣には客の対応がまだまだだわ。このままでは、外敵の前にお客様に巣を壊されてしまうかもしれないほどに。だから、マシロさん。今日中に私を満足させるもてなしを考えて下さらない? そうすれば、蛇穴には落とさないであげるわよ」
聞きたくないのに言われた。蛇穴とやらに落とされるらしい。
なんぞそれ? そこに落ちるとどうなるのだろうか?
得体の知れない恐怖に、背筋が震えると同時。
「やります」
本能的に俺は、承諾の意を口にしていた。
しかし、安請け合いでは無い。俺の頭には一案が浮かんでいる。この世界に無い、ジャパニーズおもてなし。
満足して頂けるかは、半ば賭けであるが。
◇◇◇◇◇
おもてなしとは、相手を喜ばせる事である。
では、お母様が喜びそうな事とはなんであろうか。それも、一日で準備出来るもの。
俺はあの方の好みなどただ一つを除いては知らん。ならば、それに賭けるしかあるまい。
俺は手品師から木材石材を買い、リザードマン総動員であるものを作る事にした。
リザードマンは普段から工作をしている者もいて、思ったより器用で力もある為にその工程は驚くべき早さで進む。
一日と短い期限であった為、これは嬉しい誤算である。
突貫工事を終えた頃には夜になっていた。
決闘の間に戻るとゴシュジンとお母様。そして、未だに氷り漬けのお父上がテーブルを囲んでいる。丁度、食事を終えてお茶を楽しんでいたようである。
「おもてなしの用意が出来ました。どうかお越しください」
「あら、放ったらかしにされていたから逃げ出したかと思っていたわ。どんな趣向を凝らしてくれたのかしら?」
お母様が挑発的な笑みを浮かべる。
この件に関して全く話を通していなかったゴシュジンは「おもてなし?」と首を傾けていた。
ゴシュジンに話さなかったのは、これは、俺の問題だからだ。ゴシュジンの力に頼らず、俺だけの力でやり遂げたかったから。
それに、どうせならゴシュジンにも楽しんで欲しかったということもある。
氷り漬けのお父上を『聖棺人形』に抱えさせ、竜の一家を案内する先は湖の間。
そこに設置された十人ほどは足を広げて座れそうな湯を張った木枠。そして、その横に備えるカルラを始めとする女性リザードマン五名。
俺は木の枠に手の平で視線を促し、名前を告げる。
「用意したおもてなしは風呂です」
「フロ?」
ゴシュジンが反芻する。やはり解らない様子。
この世界には風呂が存在しない。
せいぜい水浴びをするくらいで、温めた湯に浸かる文化が存在しないのだ。
なればこそ、斬新且つ新鮮な体験となると読んだのである。
湖の間を選んだのは、ここが巣の中で唯一景色の楽しめる場所だからだ。
水の汲み直しが容易で、今後使う時も便利だからという理由もあるが。
「どうぞ。このお湯の中に裸で入ってみて下さい」
「それはどんな辱しめですか!?」
思いの外強い声で反発された。見ればその顔はお父上の髪のように真っ赤だ。どうにも誤解されたようである。
「いやいや、ゴシュジン。勿論、俺は出ていくぞ。その為にお世話役としてカルラ達に集まってもらったんだ」
「えっ……あ、あぁ、そうですよね」
途端に落ち着きを見せるゴシュジン。
「この風呂は体の内側から汚れと疲れを取り除き、裸の付き合いをする事でその親睦を深める場として、古くから親しまれているものです。折角ご家族が集まったのですから、どうか皆様で楽しんで頂ければと思い、このような物を設けさせて頂きました」
と、視線を向けると、お母様は何やら目線を下に俯いていた。
「マシロさん!」
かと思うとカッと眼を見開き、ツカツカと力強い歩調で俺へと迫る。
俺、何かやらかしたか? 蛇穴行きか?
「貴方の気持ちは伝わったわ!」
そう悩んでいると、がっしりと両手を掴まれぶんぶんと振り回される。
興奮しているのか、お母様ったら万力のような力で。
「あ……り……がとう……ございま……す?」
何やら感動してくれているようなので、機嫌を損ねないようなんとか笑顔をつくる。
骨がミリミリ鳴っている。ちょっとでは無くかなり痛い。もしかしてこれは、新たな体罰であろうか? 俺は何か無礼を働いてしまったのだろうか。
「母様? どうなされたのですか?」
ゴシュジンもお母様の意を介しあぐねていたようで、俺に代わって尋ねてくれた。主従の絆を感じてしまう。
お母様がなすがままにされていた俺の手を離し、娘へと振り返ると、第一声にこう放った。
「わからないのレティ!? マシロさんがこの『フロ』を用意した真意が!?」
わからないよ。
企画した俺でさえ。家族のゴシュジンでさえ。貴方の真意が。
あぁ、指が毒々しい色になってら。魔力で強化していなかったら、ひしゃげてたかもしれない。
「マシロさんは私へのもてなしと称して……ウェールズを許す場を設けてくれたのよ」
いえ、マシロさんはちょっとその考え解らないです。
「湯に入ったウェールズはどうなるかしら? その氷は徐々に溶け、意識の覚めた場には愛する家族との団欒。きっと、愛する伴侶を蔑ろにした彼は己の過ちを悔いるでしょう。けどね、レティ。私達はそれを許してあげるの。そうすれば、ウェールズは私達の愛を感じ、彼も深い愛で答えるでしょう。それが、マシロさんの狙いなのよ!」
いえ、マシロさんにそんな狙いはありません。
思考の方向が違いすぎて、ちょっと着いていけないです。
お母様は演説を終えて一呼吸置くと、そのまま自身の三倍はありそうなお父上の氷塊を軽やかに湯に落とした。
見た目に違い。なんともパワフルである。さすが竜。
風呂にプカプカ浮かぶお父上をぽかんと眺めていると、お母様は「ふ」と鼻を鳴らしてこう続けた。
「私をもてなすのでは無く、家族をもてなそうとするその心……貴方の愛。しかと見届けさせてもらったわ」
確かに、俺の狙いは一家団欒してもらう事なのだが、そこに至る過程が違い過ぎてなんとも言えない。ドラゴン様は、皆どこかズレている気がする。
まぁ、満足して頂けるなら良かったのだろう。
そう思っていると、不意に袖を引かれる。
「あの……マシロ。私は父上の前で裸になるのは抵抗があるのですが……」
ゴシュジンが申し訳なさそうにこちらを見上げていた。
「あぁ、一応、バスタオルってもんがあって……」
「何を言っているのレティ。家族に肌を見せる事に何を恥じらうと言うの。貴方は従者が真摯に捧げた真心を。この『裸の付き合い』の場を蔑ろにしてはいけないわ」
と、後ろから声が聞こえるのと一緒に、しゅるりと布が滑る音が聴こえた。
……まさかな。と思い振り返ろうとした時、ゴシュジンの両手が俺の頬を張り手の勢いで掴み、頭を固定される。
「マシロ。振り向いてはいけません」
俺の後ろを睨みながら決意めいたものを感じさせる、ゴシュジンの表情。振り向こうにも、両頬に感じる竜の力でピクリとも動かせないのだが。
その間にも、しゅるりしゅるりと音は続く。
まさか。である。
「脱いでるのか?」
首を頷かせるゴシュジン。
背後で水音が響いた。
「ふぅ……水には良く入るけど……お湯も良いものね」
入ってる。入浴してらっしゃる。
どうなってんだ。ドラゴン様の思考回路。
俺がいる事に何も思わないのか? 俺、ちゃんと出てくって言ったよな?
「マシロ。こちらへ」
俺の両頬を掴んだまま後退するゴシュジン。
それに引かれて、出口へと向かわされる。
「あら? レティ。それは何の遊び?」
背中に暢気な声が掛かるも、ゴシュジンは完全に無視を決め込んで俺を誘導する。
こんな事されなくても自分で出るのだが、ゴシュジンの顔が有無を許さず、従えと言うかのように真剣である。
覗くと思われているのだろうか? 俺って、信用無いのか?
「レティー? 何処へ行くのー?」
最後まで暢気な声を聞きながらその場を離れる。結局その夜、ゴシュジンが風呂に入る事は無かった。
その後、四時間ほど経ってから出てきたお母様と解凍の終わったお父上が、いたく上機嫌でとても肌が艶っぽかったのは風呂で血行が良くなったからだと思いたい。
双子の月 十七日目
収支報告
33,000G 元資産
- 20,000G 木材、石材購入
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資産 13,000G
借金 111,447,000G
経過報告
人員 4名
来客 2名
魔物
高階梯 2匹
戦闘員 30匹
非戦闘員 17匹
設備
決闘の間、待機小部屋、第二待機部屋、リザードマンの大部屋、湖の間、調理設備、上下水道、宝箱(×12)、風呂
クエスト 古竜語翻訳(38/100)




